桃太郎・おじいさん・おばあさん
昔々あるところに、おじいさんとおばあさんがおりました。
おじいさんは山へ死馬狩りに、おばあさんは川へ洗濯へ行きました。
おばあさんが、重金属系工業排水により汚染された川で服を洗っていると、どんぶらこ、どんぶらこと、大きくて、水銀のようにテラテラ光る、桃状の物体が流れてきました。金属質な見た目に反して水面に浮いてることからも、尋常な物質ではなさそうです。
おばあさんはその桃を取り上げて、こう言いました。
「おやまあ、立派な桃だこと。持って帰って、おじいさんと一緒に食べましょう」
桃の重さからか、おばあさんの足が地面に二、三センチほどめりこんでいます。どうやらおばあさんは、全身に筋骨強化措置を施しているようです。
おばあさんが桃を抱えて帰ると、おじいさんが死馬を解体しているところでした。死馬の肉は常温保存でも腐らないので、自給自足の生活を強いられるダウナー層の人たちには大層重宝されています。
「おじいさん、川ですてきな桃を拾ってきたきたから、いっしょに食べましょう」
それはいい、とおじいさんが鉈を振り上げると、桃が突然ふたつに割れ、中から元気な赤ん坊が現れます。おぎゃあ、おぎゃあと鳴く赤子を見た二人は、私達への神様からの贈り物だ、とても喜びました。
その晩、二人は大きな破壊音で目を覚ましました。群生相の小鬼、通称赤鬼の大群がやってきたのです。安定した食料供給のために開発された死馬とは対照的に、仮想敵国に意図的な飢饉をもたらすために作られた生物兵器が野生化したものでした。
ぐっすりと寝ていた二人はあくびを抑えきれません。戦勢繊維防殻式布団にくるまったまま、二人は懐で大きめの団子の様な物を握ります。白兵用戦略級万能物理兵器、通称"吉備団子ver.3.01"です。圏下空間走査率の見直しにより、多次元に収納されている兵器の物質化平均速度を、ついに一秒以内に縮めることに成功しました。
おばあさんが物質化させた短機関銃で小鬼達を牽制しながら言います。
「こんな夜更けに、いやですねぇおじいさん」
「まったくだなばあさんや」
「ほんとですねぇおじいさん、おばあさん」
間近からの知らない声に、おじいさんとおばあさんは飛び上がるほど驚きました。二人が暗い中目を凝らすと、なんとそこには、全裸の青年が座っているではありませんか。
「なんだい、きみは。いったい、どこから来たんだい?」
「ぼくはさっきまで桃の中で眠っていた、桃太郎です」
しかし、先程拾った男の子はここまで成長していなかったはずです。あまりに唐突な展開に二人は顔を見合わせますが、赤鬼は待ってくれません。目につくもの全て喰らい尽くそうとするかのように、ありとあらゆるところから、ありとあらゆるところに殺到します。おじいさんとおばあさんは傘でも差すような気楽さで赤鬼達を屠っていきます。
その様子を真剣に見つめていた桃太郎ですが、突然、
「おばあさん、ぼくもそれをやってみていいですか?」
と言いました。
奇妙な静寂が訪れます。赤鬼は変わらず一定のリズムで屠られていますが、世界の呼吸が止まってしまったかのようです。
一瞬の逡巡の後、おばあさんは回答します。全搭載型試作機、吉備団子ver.0.03を彼に渡すことによって。
その性能は恐るべきもので、物質化平均速度は〇.二十一秒、物質化可能兵器数は一万を越え、今では実用不可とされている被服型兵器の実地での呼び出しさえも高速で行えます。しかしその性能を十全に発揮するには、量子最適化疑似生体コンピュータ十機分の演算性能と、強光電装迷彩浮動戦車が一週間フル稼働出来るだけの電力が必要なため、実戦での運用はとても現実的ではありませんでした。ですがある意味、その条件さえクリアすれば、一個人で一国の軍隊を相手取っても不足ない戦力にもなりえます。
桃太郎は握りしめたそれを、じっと見つめます。じっと見つめていたかと思うと、おもむろに立ち上がり、いつの間にか握りしめられた強電価華銃を両手に、その場で回り始めます。丁寧な酔っぱらいのように不安定に回りながら、弾丸を撒き散らしていきます。それらは一つ残らず小鬼の頭蓋骨を、心臓を、貫き、破裂させ、粉砕し尽くしました。
おじいさんとおばあさんはおおいに桃太郎の活躍を喜び、褒めちぎりますが、眠気も限界だったため、その夜は三人で川の字になって眠りにつきました。
日が登って少しして、桃太郎は強烈な殺気で覚醒します。
目を開ける前に全速で首を捻りながら、感覚を研ぎ澄まします。寝起きで曖昧な視覚情報に頼ることを嫌ったためです。
耳たぶを何かの刃物で削がれてしまったことを理解しながらも、反撃はせずに目を開きます。そこには予測した通りおばあさんがいましたが、その表情までは予想できていませんでした。つい今しがた桃太郎を殺そうとしたおばあさんは、優しく微笑んでいたのです。
「おはよう、桃太郎」
「おはようございます、おばあさん」
殺し殺されの場面でも、挨拶は実際大事です。古事記にもそう書かれている。
「おばあさん、ボクはなんで斬りかかられたの?」
「おまえにもきっと、いつかわかる日が来る」
優しい笑顔を崩さないおばあさんを桃太郎は混乱しながら見つめていましたが、枕に刺さっていたドスが抜かれた瞬間、言い知れぬ悪寒に襲われます。布団をおばあさんごと撥ね飛ばしながら出口へ駆けると、先ほどまで布団があった場所を、強烈な熱線が跡形もなく薙ぎ払います。遠くのおじいさんが吉備団子から物質化した、多段極射式レールガンです。
吉備団子から高速近接対生物用甲冑、通称「刃折り」を着装しながら桃太郎は叫びます。
「おばあさん、いったいぜんたいどういうことですか!」
「そんなこと、とうに知っている筈だよ」
「なんで、おじいさんとおばあさんは、ぼくを殺そうとするの!!」
「わたしは産まれた意味をとうに焼失してしまった。今度は桃太郎、おまえが見つけておくれ」
桃太郎は、お婆さんの笑顔が少しだけ、さみしそうなのに気づきましたが、また悪寒で思考を遮られます。遠くを見ると、おじいさんが大量の電々柳下式物式砲をこちらに発射したところです。同時にほぼ無意識の内に飛び退きながら、多層繊維複合式強化装甲を障壁として呼び出します。物質化の完了とほぼ同時に、おばあさんが猛烈な勢いでそれを貫通し、桃太郎を組み伏せました。
「最初で最後の親子の触れ合いだ、ぜひ楽しんでおくれ」
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おばあさんの初撃から約10時間が経ち、あたりは闇に飲まれはじめています。桃太郎は、小型パイルドライバーで人間ドーナツになったおじいさんと、白縛裂地雷で全身ウェルダンに焼き上がったおばあさんを、丁寧に埋葬しているところです。
自分の手で殺した家族にしばらく手を合わせ、桃太郎は歩き出します。確固たる足取りでした。
「鬼ヶ島.......」
桃太郎が呟きます。それは死んだ二人の脊椎インプラントされた電子素子に残されていた製造元であり、奇しくも死馬や小鬼等の生物兵器を作り出した企業でもありました。
データから位置情報を割り出した桃太郎は、着実に歩みを進めます。真実を求めて、あるいは、なにも求めずにいるために。獣が一匹、闇に消えていきました。