7. 次元安定の配列記号Ⅱ
コーヴィル先生が去った後、私達は睡魔に襲われてしまった。私達のエネルギーを使って無理やり現れていたからだろう。
気が付くと、もう朝になっていた。いつも通りの寮の布団だ。だが、三人増えている。そして、エスティーはいつも通りフォルスを淹れている。だが、律儀に私の他にもう三人分も淹れている。まあ、賑やかなのも悪くないよね……。うん。
ともかく、コーヴィル先生の言っていた魔術具を回収しに行く話だ。寝具は、エスティー、私、ベル、ヒュドリス、ブラークの順番で並んでいたので、私達は自然とベルの周りに集まってそのことについて話し合った。
「ヒュドリスの雲で学校のグラウンドに到達出来るんじゃない」
エスティーは提案した。しかし、ヒュドリスは「でも……」と躊躇った。雲は圧縮すると下の物体――主に気体なのだが――の素体から力を受ける。これを雲の圧縮特性といい、その圧縮特性の度合いが弱くあまり浮けないとのことだった。ここで、ブラークが口を開いた。
「私、魔法強化出来ます」
魔法強化とは文字通り魔法を強化するものだが、物質を構成する素体の魔力的な結合をも強化できる。だから、下部の気体の魔力的結合が強化でき、結果的に雲の圧縮特性を高めることが出来るというわけらしい。その案で行くことにした。
今の学園は、学園寮と学園本部が休講期間に現れる例の結界で閉じられているという感じだ。そして学園寮と学園本部はそんなに距離がなく障害物もないので、私は簡単に暸空魔法で『古の再生』のアジトに入れた。だから、ヒュドリスの雲を使って、ブラークの強化魔法で飛べる雲を作り、私が暸空魔法を解くというのはそこまで難しいことじゃない。
早速私達はグラウンドに行った。ヒュドリスは前と同じように手から螺旋を描くように白い綿というか雲を紡いでいった。ヒュドリスが雲を作り終わると、ブラークが手を翳し、すぐさま雲はうっすらと紅く光るようになった。私達がそこに同時に座ると、雲は段々と浮き上がった。
私は空を見上げた。見晴らしがいい……というのは確かにあるのだが、暸空魔法で隠されている部分を見つけるためだ。すると、コーヴィル値が気にならない程度だが、はっきりと変わっているところがあるのが分かった。斜め上の方向だ。私はその場所に指を指して、「そこに隠されてるっぽい」と言った。すると、エスティーが右手で雲に掴まり、左手で大量の矢を後ろ向きに撃った。確かに反作用で位置を合わせられるか。大量の矢は、ある程度まで進んだ後迂回し、エスティーの左手に戻っていった。そして、その作戦は奏功した。そこに近づくと、私達は雲ごと飲み込まれていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
気が付くと私は謎の部屋に居た。他に誰も居ないようだ。何処へ行っちゃったんだろう。床を見ると、九、七と光る文字がカーペットに書かれており、紙が落ちている。一般的にここでは十進数が用いられているので九十七は素数である。それにどういう意味があるのかはよくわからないが。また、紙にはこう書かれていた。
突然驚かせてすみません。私はコーヴィル先生が創った魔術具守護系符エンクプラトス・ロス・ヴィルです。そして、此処は試練の部屋と呼ばれるところです。此処での一日は、向こうでの一秒に相当しますので、急用があったとしても、すぐに現実世界に戻れるので安心してください。
さて、あなたは恐らくコーヴィル先生の魔術具を取りに来たのでしょう。ですが、その前にあなたをテストさせてください。あなたがコーヴィル先生の魔術具を手に出来るほどの天才かどうか。ここを脱出すれば最強の魔術具、位数最大の次元安定の配列記号・鵺体を授けましょう。
手紙の最後には五つの星と、その上に小さい方から五つの素数が書かれていた。
エスティー達、どこに行ったのか書いてないな……。まあ、お得意の勘で何とかなってるような気がする。多分。
そして、次元安定の配列記号、他にもあったのか。位数とは聞き慣れない概念だが、何だろうか。まあ、ともかくとして、脱出するのが最優先だね。
私はこの部屋の側面の壁を見た。八という数字に、円形の花の輪のような装飾が取り囲んでいる。いや、よく見たら、唯の装飾に一見見えるが、回転できそうに見える。目盛りが付いているのだ。
とりあえず私は装飾を左周りに一目盛り分に動かした。すると、すぐさまカーペットの下の数字が緩やかに二百七十四に変わり、花の輪の中心の文字が七に減った。そして、手紙の『二』の星が光った。二七四は二掛ける百三十七である。まだ法則性が分からない。私は紙に魔法でこの数字をメモした。
私は次に右周りに動かした。しかし、カーペットの数字は変わらずに花の輪の数字が六に減った。手紙の『五』『七』の星が光った。右は偶数だと反応しないということなのだろうか。
私は左回りに動かした。カーペットの数字は三九一に変わった。そして、手紙の『二』『十一』の星が光った。花の輪の数字が五に減った。数字は常に増えるのか。まるで法則性が掴めない。強いて言えることとしては、最初百七十七増えて、その次に百十七増えているから次は百十一だけ増えるのだろうか。
私は右回りに回した。すると、最初のこの部屋を脱出する一つのヒントが開示された。といっても、ヒントが文章でそのまま表示されたわけではない。ただ、カーペットの数字が丁度前の二倍の七百八十二となっていたのだ。これが二回前に同じ事が起こっていたとして、何らかの理由によって二百七十四が消えているとしたらどうだろうか。確か、『五』『七』の星が光っていた。私は何故かは分からないが、百五十五と百十九という数字を思い浮かべていた。他にも和が二百七十四になる五と七の倍数はあるが、この二つがとてもしっくり来た。と、すると、私がするべき行動は――。
千五百六十四、残り三手。
三千五百二十一、『二』の星が光る。残り二手。
二千三百四十七、『二』『七』の星が光る。残り一手。
そして――。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
私は雲の上に乗っていた。腕に円形の拳大の魔術具を付けながら。戻ってきたのか。その魔術具の中央にはこれ以上ないほどの輝きを持つ宝石が据えられていた。そして、紫色に光る今までに見たことない金属が全体に使われており、金で細かい紋様が刻まれていてきらきらと煌めいていた。後ろには、次元安定の配列記号・鵺体というのと、細かく約五〇桁の数字が下に彫られていた。八〇八から始まる数字だった。
「おかえり」
エスティーは言った。まあたぶん飲み込まれて一秒も経っていないけど、私が疲れているのが顔に現れていたのか、表情から数時間も悪戦苦闘をしていたことを悟ったのだろうか。
エスティーは、こちらの腕の魔術具を見てこういった。
「魔術具って言うのは、散在型の次元安定の配列記号なのね、それは伝承通りだと極めて強いはずだわ」
散在型なんていうのがあるのか。そして極めて強いのか。
「その魔術具ってどうやって使うの」
「散在型はね……、使い方が一般的に知られてないの。だから、研究してみないと……」
研究をしないといけない、極めて強い魔術具か。何やら凄そうだけど私に使えるのかな……。私が困った表情をしていると、エスティーがこう私に語りかけた。
「大丈夫、サヴィーなら行けるわ。だって貴女はあのコーヴィル先生に魔術具を託されたんだもの」
周りを見渡すと他の三人は頷いた。確かに、この魔術具は他でもない私に託されたのかもしれない。
そう思うと、「頑張るぞ」と叫びながら、結界に覆われてこそいるが、この広い空に拳を掲げた。
試練の部屋の謎解き、是非皆さんもやってみてください。