6. 次元安定の配列記号Ⅰ
まあゲルドスのあの魔法を使えば良いとはいってももう夜だったし、男子寮から呼ぶのも面倒だったので、代案を考えることにした。しかし、例の紫色の空間は私の魔力源と繋がっているので、外に出た魔力は直ちに吸収してしまうのだ。とすると、ゲルドスとジルバーンが使う撃っていた魔法は有形魔法と言って魔力を実は一時的に物質に変えている訳なのだが、エスティーの使う魔法は無形魔法と言って魔力をそのまま撃つタイプの魔法なので、エスティーの白黒の矢は不安定な空間を固定することはできない。
そのことをエスティーに伝えると、ちょっと待ってねと言いながら自身の机の中を探り始めた。魔術具を探しているのだろうか。魔術具とは、『古の再生』の『賢者の石』や、私の作った三帯魔法に変換するレンズのように、物質に魔力を通して、他の人に分配したり、魔力の種類や形態を変換したり物体にしたり出来る便利なものだ。しかし、魔術具でやるより、普通に魔術具なしで魔法を使った方が効率が良いのであまり使われていない。まあ、私のレンズは超高性能だと自負しているけど。
少しすると、あったあったと言いながらエスティーは机の中から手のひらに乗る位の、正六角形状で、光り輝く透明な石で縁取られ、中央には紅い色の石が据えつけられている魔術具を取り出した。すぐさま、継ぎ接ぎの不安定な空間にその魔術具を手で持って向けた。そして、白と黒の稲妻が魔術具の周囲を取り囲んだ。空間を切り裂くような雷鳴が聴こえる。魔力をチャージ中といったところか。そして、稲妻が止むと、その魔術具は溜め込んでいた魔力を全て吐き出し、それらは全て灰色のさらさらとした透明な液体のようになって空間の縁に纏わりつき固まった。不安定さの指標もフレンティスで測られるのだが、一点五六カイン・フレンティス――カイン・フレンティスは一万エーゲ・フレンティスだから、極めて高精度とまでは行かないが、超高精度である。
「これが我が家に伝わる魔術具、次元安定の配列記号よ」
この魔術具は、魔力を溜め特異な物質に変えると言う、所謂変換型と呼ばれている物である。一見地味だけれども実は放出される物質は魔力コーヴィル値を、ある程度までは望んだ一定の値に出来る。すなわち、大半の魔術を無効化したり魔術の効力を強めたりする事ができると言う事だ。これを気体にでもして撒いておけば魔術の戦闘で負けるような事はそうそうないだろう。まあ魔術の戦闘なんて周りへの被害を考えると望ましくないことではあるけれど。
ここで、私はある問題に気がついた。三人分の寝床がないのだ。何でこんなことを忘れていたんだろう。流石に私達二人だけベッドで、三人を床で寝かせるなんて言うわけには行かない。とはいえ、私とエスティーが魔力で作ることのできる物質は全て硬い物質であるからベッドなど作りようがないのだ。
そう思っていると、私達が悩んでいるのを察したのか、輝く青髪の少女――つまりヒュドリスが私の肩をぽんと叩いた。
「あの、私実は人が乗れる雲を作る力が一応有りまして……小さな雲しか作れないんですけど……」
弱々しく囁くくらいに控えめに言った。
人、およびその他のあらゆる物質は、魔力的な結合によって素体と呼ばれる物が結び付いていて、私達の靴と地面の表面の素体が反発し合うことで私達は地面から抗力を受ける――つまり沈まず立っていられるのだ。雲の素体は圧縮されればされるほど下部の物質の素体から上向きに力を受けるという性質を持つ。つまり雲はベッドと同様に、いや、それ以上にふわふわとしていて、寝心地が良さそうだ。
「一回試してみて」
不意にそんな言葉が口から零れた。私は決してヒュドリスの雲で快適な睡眠をしようとしたりしているわけではない……と自分に言い訳してみるが、どうあがいても私が欲望のまま言った言葉であると認めざるを得ない。
ヒュドリスは安定化した空間に手からひらひらと白い綿のようなものを螺旋を描くようにして紡いでいった。彼女は自分の魔法でありながら凄い、凄いと小声で感嘆の声を上げた。恐らく「古の再生」によって与えられた際限ない三帯魔法の魔力から魔力を形作っているので魔力の総量が増えているのだろう。瞬きする間に、というと少し大袈裟かもしれないが、それでも極めて短時間でふわふわな三つの雲が出来た。
「私、こんなに魔法が上手くできた事は有りません」
満面の笑みでこちらに笑いかけた。恐らく他の二人も魔力量が向上しているはずだから後で能力を使わせて見るか。私は欲望のままに2つ分の雲をせがみ、気分が良かったからか快諾してくれた。
「早速夜も遅いし寝ようか」
そう提案すると、四人は勢いよく了承したので、すぐに電気を消した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――勿論寝るわけが無かった。だって部屋にエスティー以外の人が三人も増えたのだから何かお話をしたい。早速隣にいるベルに話しかけようとした。
しかし全くと言って良いほど体が動かなかった。疲れか金縛りだろうか。いや、これは魔力で拘束されているような感覚だ。すると、見覚えのある紅い制服姿――半透明だけど――が現れた。
「私はコーヴィル。今名誉教授の。ごめんね、君たち楽しそうなところを」
目だけは動いたので暗闇に慣れた目であたりを見回した。実は全員起きているようだ。
「エスティーとサヴィー以外には伝わらないと思うけど魔術具による情報伝達がこれで最後になりそうなんだ。今君たちのエネルギーを使って無理やりこうして現れているんだけども、もう限界を迎えている。で、端的に伝えたい事だけ言うと、君たちには私の強い魔術具を取ってほしいわけで、場所はグラウンド上空あたりに暸空魔法で隠している。それじゃ」
手を振ってコーヴィル先生は消えていった。グラウンド上空なんて普通思い付かないだろう。流石コーヴィル先生だ。
「コーヴィル先生ってあの……」
ベルがそういった。そうか、コーヴィル先生、基本的には姿を隠しているから皆外見を知らないのか。まあ実際も私も知らなかったし。