2. 三帯脆弱性
「こっちだって、サヴィーに危害を加える奴には容赦しないよ」
エスティーはそう言うと、繋いでいない方の右腕を天に掲げた。すると、右腕の周りには大量の白と黒の矢が出現した。何かを投げるように右腕を一回後ろに引いて前に投げ出すと、白と黒の矢がローブの少女に向かって飛んでいった。しかし、その矢は途中で彼らの言う賢者の石の方向に曲がり、即座に消えていった。
「馬鹿ね。我らが賢者の石は三帯魔法の魔力以外のどんな魔力も三帯魔法の魔力に変えてしまうの」
少女はそう言うと、例の杖の先から、細かい魔力弾をこちらに向けて無数に撃ってきた。流石にこれは避けられない。私は即座に紅い転移ゲートを作り、エスティーを引っ張って飛び込み、ゲートを閉じた。私達は息を切らしながら、ベッドの上に飛び乗っていた。危なかったねと私達は互いに言い合う。
「そういえば三帯魔法って言ってたけどあれって古の魔法よね、何であの人は使えたのかしら」
確かに。三帯魔法は古の魔法だ。『古の再生』っていうのはそういうことなのだろうか。でも、各魔法には決められた魔力を使う必要がある。何処からそんな魔力が湧き出てきたのだろうか。謎は深まるばかりだ。あと、理論上は三帯魔法に二帯魔法は効かないはずだ。何であの時は効いたのだろうか。
「確かにわからないな、あと分からない繋がりで訊きたいことがあるんだけど、何で二帯魔法があの三帯魔法に効いたんだろう」
「それはね、二帯魔法を高出力で出すと三帯魔法に理論上近い挙動になるらしいから、やってみたら案外行けたのよ」
私の暸空魔法も呆れた風に言うくせに、エスティーも大概だ。
「でも、結構魔力使うからもっと魔力使わない方法を考えなくちゃって感じね」
「じゃあ一緒に考えようよ」
そうは言ったものの、案が思いつかない。私に出来ることと言えば空間を操作する事だけ……。いや、空間を操作するというのと、二帯魔法を三帯魔法にするというのは、意外にも相性がいいのではないか。二帯魔法を三帯魔法として空間に扱わせれば良いのだ。
「ちょっと協力技で何とかなりそうだからとりあえず実験してみよう」
私はそう言って、右手の人差し指と親指で小さい輪を作ってベッドから立ち上がっる。
「ここに二帯魔法を弱めの出力で撃ってみて」
「分かったわ」
エスティーは頷いて、例の白と黒の二本の矢を私の指の輪っかの方に打ち出す。輪を通ると、白と黒の矢は、速度を保ったまま赤と青と緑の矢になった。その矢を私は暸空魔法で魔術的エネルギーに変換して、私の魔力に還元された。
「これは……」
「三帯魔法になりましたね」
「凄いわ、これなら……。いや、待って一つ問題があるわ」
二帯魔法を三帯魔法にしたのにまだ何か問題があったのだろうか。
「通常戦闘時に使う魔法って少なくともこの一万倍の魔力量なのよ。と、すると、こうやって指で輪を作るようなやり方だと……」
エスティーは心配そうに言う。だが……
「え、でも、ルームメイトって入学時にされる契約によってクラスメイト同士による魔法って無効化されるんじゃ」
「いや、魔法そのものは無効化されるけど、そこそこ痛みはあるらしいわ」
なるほど、とすると、別の方法を考えないと行けないわけだ。でも、さっきと同じようなことを私の手に通すことなしにすれば良いわけだから、魔力を具現化すれば良いということだ。
そう思い、私は空間に手をかざして、紫色の光の環を手から拡げた。そして、その紫色の環を覆うように、硝子のレンズのような物体を環の周りから構築した。
「これを通してみて」
そう言ってエスティーにそのレンズを渡した。エスティーはそれを受け取ると、
「これなら確かに行けそうね。ちょっと練習するために寝室の空間を拡張しておいて」
と言った。私は、寝室の横の窓とは反対側の方の空間に腕を向けて、数分かけて、落ち着いた暗めの紫色の空間を元々の空間に継ぎ接ぎして拡張した。この紫色の空間は、私の魔力源に繋がっている。
「これで大丈夫かな」
「大丈夫。とりあえずやってみるわ」
エスティーは徐ろに、拡張された空間にレンズを向け、そこそこの高出力で大量の矢を通した。すると、それらは全て赤青緑の矢になって紫の空間に入り消えていった。
「私が受け取った魔力量からすると、そのレンズによる減衰率は一京分の一以下だから、レンズの耐久性は基本的には大丈夫そうだね」
「そうよね、私の全力を一万回くらいしないと壊れなさそうね」
なぜ壊すことを前提にするのだろうか。ともかくとして、これで三帯魔法に対抗出来る。
「ところで、さっきの魔法の魔力コーヴィル量……、高すぎではなかったかしら」
「そうだよね。多分だけど二千万フレントくらいだと思う」
魔力コーヴィル量――魔力を省略したりコーヴィル値とも呼ばれるが――というのは、空間に対してどれほどまで魔力が作用したかを表す指標で低ければ低いほど空間に作用している。つまり、魔力コーヴィル量が高いことは、魔力がほとんど空間に作用していないことを意味している。そういう魔法は基本的には存在しないが、古の三帯魔法であるからそういうこともあるのかもしれない。でも、さっきの高出力の三帯魔法に変換した魔法でも、自分が原因の魔力コーヴィル量を除いても百フレントくらいはあったから、三帯魔法固有の特性ではないと考えるのが妥当だろう。
そういえば、夢で出てきたあの奇妙な気持ち悪い怪物の魔力コーヴィル量はどのくらいだったのだろうか。私はそこらへんにある紙を取った。思い出すだけで吐き気がするが、これも重要な情報だから忘れないうちに書き留めないと…………あれ……視界が段々と白くなって……
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
気が付くと、目の前には、私の学園の白いシャツの上に灰色の上着を羽織った、灰色のスカートの女子制服を真っ赤にしたような制服を装着した、知らない若い女の人が居た。
「こんにちは、サヴィー。私はコーヴィル」
「コーヴィル……。ってあの魔力コーヴィル量を提唱した、史上最年少でこの学園に入り、卒業して、教授になった後、高速で名誉教授になって、今は世界各地を回っているという噂が立っている大魔術師のコーヴィル先生ですか」
私は早口で言った。コーヴィル先生は私が最も尊敬する魔術師の一人だったのだ。いや、名前と功績と人柄だけ噂で知っていただけだけれど。
「そうよ、やけに詳しいわね。私のファンかな。サインいりますかって言おうとしたけどサイン出来ないんだった」
「ファンです。お会いできて光栄です」
私は勢いよく即答した。
今は第一次休校期間と呼ばれる期間で、原則学校の外部と内部は互いに干渉が出来なくなるが、学園に付属している寮にいれば基本的には学生は安全であり、教授たちは安心して休暇を楽しめるというわけであった。しかし魔法で連絡したってことは何か問題が起こったのであろうか。
先生が言うには実は学校の内部から先生のの魔術具を使って一応は夢というか精神世界というかで連絡だけ取れる状態になってるらしい。けれど先生からは誰が誰かわからないから、取り敢えず空間が極端に歪んでいるところを辿ったら私に辿り着いたということだった。それで、学校内で時計塔の最上部当たりに異常な魔力が検知されたから、もしかしたら古の三帯魔法が復活しているかも知れないと思って連絡したらしい。
「先生その通りです。三帯魔法が復活してました」
「その話詳しく――」
先生は興味津々にそう言いかけると二回ほど咳払いをして、
「いや、サヴィー、よく聞いて、時間がないから端的に伝えると、それは多分時計塔奥の魔石が覚醒して自我を持ち始めたせいなの」
と言い直した。時間がないとはどういうことなのだろう。あと魔石が覚醒して自我を持つっていうのは……。
「貴方、というか貴方達がしなくちゃいけないのは、魔石を完全に破壊すること――」
周りの視界が薄くなり、コーヴィル先生の声が急に遠くなっていき、ついには忽然と彼女の姿が消えてしまっていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「サヴィー、サヴィー、しっかりしなさい」
エスティーは私の肩を叩きながらそう言う。
「良かったわ。急に気を失っちゃうんだもの」
当たりを見回すと、例の怪物の魔力コーヴィル値の計算が書かれた――やけに低すぎる二フレントだった――のと、さっきコーヴィル先生が言っていたことが書かれていた紙がそこにはあった。それもコーヴィル先生の筆跡で。