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1. さようなら、理の残骸よ。


 ――どうしてこうなってしまったのだろう。


 虚空に向かって叫んでも答えるものは何もない。私は自身の上体を起こし、唯の瓦礫の山となってしまった、校舎があったはずのこの場所を見回す。

 後ろから昏い昏い空ごと巻き込むような強風が、地を掻き回す音が聞こえた。そして眼前には視界を覆い尽くすほど大きい怪物が現れた。景色とは対照的に純白の強膜がついた目玉があり、その横から人の細い腕のような物が数十本生えて手が蠢いている。

 気持ちが悪い。吐き気や倦怠感がする。どうしようもなく虚しい。そのような言葉を尽くしても尽くしても私の感情を表せる言葉を見つけられる者は居ないだろう。私は女王の前に謁見するくらい恭しく見えるほど、その怪物の前に無力に跪く。完全な負けだ。次の瞬間、眼玉の怪物が眼の前の世界を赤、青、緑に繰り返し塗り替えた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 目が覚めると、私は寮の布団の中に居た。窓から光が何かを照らし出すように差し込んできた。


「おはよう。サヴィー、今日はとてもうなされていたようね。大丈夫かしら」


 寮のルームメイトのエスティーが夏の爽やかな朝凪の如く優しく語りかける。私は安堵のあまり思わず目に涙を浮かべ、上半身を持ち上げ、横に居るエスティーをぎゅっと強く衝動的に抱き締めた。彼女の温もりを感じる。


「ちょっと、本当にどうしたの」


 泣いている私を見て眉を潜めながらも、心配そうに私を見つめ、私の白くて長い髪を優しく撫でてくれた。エスティーに例のことを話そうと思ったが、あの気味の悪い球体を思い出してしまい、出てくるのは言葉ではなく塩っぱい雫だけだった。


「取り敢えず、さっき淹れたフォルスでも飲もうか」


 フォルス。それは感情を落ち着ける作用があると言われている、この都市で伝統的な温かい緑色の飲み物だ。エスティーは徐ろに、私の前にそれを取っ手のあるコップに注いで私の前に差し出した。一口飲んだだけなのに、何故か例のことについて話せそうな気がした。心も温かくなってきたのだろうか。


「信じてくれないかも知れないんだけど」


 そう話を切り出すと、エスティーは続けてという様に私に微笑んだ。


「校舎が……校舎が、白い眼玉に腕が生えたような化け物に跡形もなく壊されたの」

「うんうん」


 エスティーは頷き、真剣な眼差しを向ける。本当にこんな話を嘲笑わずに聞いてくれるなんてありがたい。最高のルームメイトだ。


「それでね、何でなのか良く分からないけど、この夢は予知夢、つまり未来で実際に起こる出来事だと思うの」

「なるほどね、あなたの直感は良く当たること多いものね」


 エスティーは合点が行ったという感じで頷いた。

 私は良く何となく未来ではこうなるんじゃないかと予知出来てしまうことがある。例えばこれまでだったら、寮に入る前、ルームメイトはエスティーになるんじゃないかとどことなく思ったり、土砂降りになる日を当てたりしたことがある。その予知能力のような物を以てしてこんな突拍子もない様なことを受け入れてくれるのだろう。


「――一つ心当たりがあるわ」


 エスティーは数秒間唸りながら考えた後、目を見開いて話を続ける。何かを思いついたのだろうか。


「最近、『古の再生』っていうカルトみたいなのが活動してるらしいんだけど、賢者の石とかいう名前の、目玉の形をしたらしい――さっきサヴィーが言ってたような形かもしれない――魔術具に色んな人の血を魔術で抜き取って掛けてるらしいのよね」

「賢者の石……。それってかざすだけで物質を高価な物に変換すると言われている伝説の魔術具だよね……」

「それは伝承の賢者の石の方であってその人たちが使う賢者の石じゃないよ。第一、伝承の方は赤くて柔らかい、目玉なんかついてない石だったじゃない」


 エスティーは説得するように言った。確かにそうだ。賢者の石がそんなに気持ち悪い物体だった記憶はない。それどころか目玉の形をしているという魔術具なんてどんな魔術書にも書かれていなかったと思う。だけど、封印されていて、誰もが記憶を消されていたりする古の魔術が多くあるという説は近年の論文で示唆されていたりもするから、そういう類の物かも知れない。


「ねぇねぇ。今からその『古の再生』のアジトに潜入しようよ」


 エスティーはそう囁いた。えっと、どういうことなのだろう。『古の再生』のアジトの場所ってそもそもエスティーは知っているのだろうか。知っているとしたらどのように知ったのだろう。そしてアジトに潜入して一体どうするつもりなのか。そう言った疑問がぐるぐると頭の中をうずまき、私は首を傾げた。


「あー、『古の再生』のアジトって実は学園の時計塔の最上部の奥の立入禁止と書かれた扉の先にあるのよ。」


 なるほど、確かに、時計塔の奥にはそういう立入禁止の看板がある。


「それで、先生に頼まれて、そこの掃除をしていたら奥から人の声がしてて、こっそり扉に耳を当ててみたら、『我々の主の目玉を模した、あの賢者の石に、盗った生き血を注ぎなさい』と女王からのお達しがあった、とか聞こえたの」


 まるで精神を読みとる魔法でも使ったかというように私が疑問に思っていたことに答える。

 女王。何故か聞き馴染みのある名前だった。だけど、私はそれを思い出すことはできなかった。


「それで、もしあなたの言ってたことが本当なら、目立った被害がない今のうちに計画を壊すべきだと思うの。協力してくれないかな」


 そう言ってエスティーは私の手を握った。彼女がそう言うなら仕方ない。何時も護ってくれる彼女がいなくなっては、私は生きる意味を見出だせなくなるかも知れない。そう思って彼女の手を握り返した。


「分かったよ。一緒に潜入しよう。でも多分何回もやらないと上手く行かない気がするから、今回は更に詳しい情報収集がいいな」

「分かったわ。危ないと思ったら直ぐに貴方の暸空魔法で逃げましょう」


 暸空魔法というのは、空間を扱うタイプの魔法で、空間を歪めたり空間から情報を読み取ったりすることができる。私はいつも学年一位を取っているくらいその暸空魔法が得意だ。

 私は、私達のベッドの足元の先の所に手をかざして、紅く小さい光の環を手から放って拡げていった。部屋から例の時計塔の扉の先まで一瞬で移動出来る一方通行のゲートを作ったのだ。


「これで潜入しよう。相手には気付かれないようになっているはず」

「そうね。じゃあ行きましょうか」


 そう言ってエスティーと私は手を繋いでそのゲートに入っていった。周りを見渡すと、埃が舞う薄暗がりの石造の廊下があり、古代の文字で呪文らしき物がそこら中の壁面にびっしりと書かれていた。扉がある方向とは逆側に歩いて足を進めると、長い階段があった。


「おかしいわ。これより最上部の空間は無いはずなのに。これほどまでに大きい空間拡張なんて、貴方くらいしかできないはずじゃないかしら」

「いや、これは多分空間拡張じゃなくてただの転移魔法」

「えっと……それはどういう……」

「奥の階段と廊下は実は私が作ったさっきのゲートみたいな物で繋がってるっぽいんだよね、空間の歪み的に」

「あなた、流石ね……」


 すこし呆れたように言う。まあそれもそうか。普通空間の歪みから転移ゲートの存在を当てる人間なんてそんなに居ないし、そもそもとして空間の歪みを認知できる人もほとんど居ない。

 階段を登ると、大きな広場に出た。中央には、例の見た目をした、つまり目玉に腕が生えた様な謎の大きな物体私の身長位の円柱状の石の台座に据え付けられていた。あれが賢者の石だろうか。

 足音がした。広場に繋がる三つの下り階段のうちの一つからローブを身に纏い、先に透明な球体状の塊が付けられた杖を両手で持つ少女が現れた。


「我らが主の眼のレプリカに手を出すとは何者だ。此処を統べて居るのは我であるぞ。我の許可なく此処に入るものは敵と見なす」


 そう言って、彼女は手に持つ杖を私達の方に向けた後、その杖の先の透明な塊から、夢で見た様に、しかし眩しさは夢で見たときよりは比較にならないほど弱く、赤、青、緑の順番で光る光の球を私達の方に投げてきた。恐怖のあまり繋いでいた手を強く握り直したら、私が恐怖を感じているのを感じたのか、その魔力弾に掌を向け、黒と白の矢を放ち消滅させていた。


「こっちだって、サヴィーに危害を加える奴には容赦しないよ」

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