彼と一緒に下校です。
いつも通りに授業を終え、部活動のある美幸ちゃんとは別れて、1人で昇降口へ。
私も何か部活に入ってみようかな……なんてことを思いながら、下駄箱で靴を履き替える。
(何がいいかな……)
ぽけーっと考えを巡らせつつ、校門を出ようとした。
――……その時、
「雨月」
背後から名前を呼ばれて立ち止まる。
聞き覚えのある声に振り返ると、そこには立石くんが立っていた。
「立石くん……! どうしたの?」
声をかけてもらえたことに喜びつつ、ひょこりと首を傾げる。
立石くんは一度、何か言いたげに口を開いたけれど……結局、黙って目線を足元に落としてしまった。
「……?」
どうしたのかな? と、私も同じ場所を見てみる。
なんのへんてつもない、砂の広がるベージュの地面。
あ、アリ発見!
「……誰に、」
立石くんはやっと唇を持ち上げて、
「い、いつ、誰に狙われているかわからない。その、背後に注意することを忘れるな、天照」
なぜか、ややうろたえつつそう言った。
久しぶりの“天照”呼びに少し笑って、
(心配してくれてるんだ)
気遣ってくれた立石くんに、
「ありがとう、気をつけて帰るね!」
そう言葉を返し、笑顔を向ける。
けれど立石くんは、罰が悪そうな顔でがしがしと自分の後頭部を掻いて、
「あー、いや、そうじゃない……! 違うんだ。その、だから、」
と、言葉を濁した。
さらに首を傾げていると、立石くんは泳がせていた目線を私に向け、
「い、一緒に……だな、」
「一緒に……?」
「……一緒に、帰ろう」
少し朱に染まった顔でまた、私が嬉しくなるような魔法の言葉を浴びせてくるのだ。
「はいっ! 是非!」
◇
赤く色づきはじめた空を、立石くんの隣で仰ぎ見る。
「……」
先ほどから何も喋らない彼は、ただまっすぐ目線を進行方向に向けていて。
そんな横顔を、私は黙って盗み見る。
(かっこいいなあ)
赤を弾く黒髪は吹く風にのってさらりと揺れ、夕陽の混じる青色がとても綺麗だ。
(背、高いなあ)
こうして真隣に並んでみると、さらにそれを実感する。
(身長、なんセンチなのかな)
ちょっとだけ、気になって。
思いきって静寂を切り裂いた。
「立石くんって、身長どれくらいなの?」
私は153センチだよ。
そう続けてからりと笑えば、空気をたどるように移動した目線が私に向けられる。
「……この姿の時は、177センチほどだ」
「わー! 大きいね!」
お互いの身長差を計算しつつ、羨ましいなと呟いた。
立石くんはその言葉を拾い上げ、
「雨月は、今のままでいい。そのままで、十分……可愛い」
「へっ!?」
簡単に、魔法をかけてしまう。
思わず漏れた素っ頓狂な声。恥ずかしさで慌てて自分の口を片手で塞ぐ。
その様子を、
「……ほら、な」
彼はただ優しい目で眺めて、ぽんと頭を撫でた。
「……っ、」
高鳴る心臓と、急激に上がる体温。
空の色を飲み込んで、私の頬はきっと赤くなっているのだろう。
「……立石くんは、」
「ん?」
立石くんはやっぱり……私にとって、
「魔法使いみたい」
ちょっとした言葉や仕草、表情で、私の心をいっぱいにしてしまう彼は……私にとって、魔法使いみたいだ。
「俺は魔法使いではなく、神の遣いだ」
あ、そういえば前に言ってたっけ。
元は、神様に仕えてたって。
「……もし俺が魔法使いなら、」
ちょうど私の家の屋根が見えてきて、もうお別れかあ……もっと一緒にいたかったな、と肩を落とした。
そんな時、彼が落としたのは、
「魔法が使えたら、今すぐに時間を止めて……雨月を、帰したりしない」
「〜〜っ!? えっあ、」
まさか私と同じことを考えてくれていたなんて思わなくて、豆鉄砲を食らう。
「わわっ、わたっ、私っ、」
挙動不審に目をざばざば泳がせると、立石くんはくすりと笑った。
そして、
「雨月、」
包むように名前を呼んで、私の片手を取り指を絡める。
覆い被さった彼の影が太陽を隠して、
「ひゃっ、」
頬に、キスをされた。
「たたたっ、立石く、」
ショート寸前の思考回路。顔が熱くて仕方がない。
そんな私の頭を触れるように撫でて、
「じゃあ……また、明日」
立石くんは踵を返し、去っていった。
1人残された私は、まだどきどきと高鳴る胸に手を置いてぽつりと呟く。
「明日は……学校、お休みだよ。立石くん」