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彼は立ち入り禁止らしいです。

 ある日、一大イベントが発生しました。


 そう、あれです。



「くじ引き終わったかー? じゃあ番号書いていくから、各自勝手に移動しろー」



 席替えです!


 白いチョークで黒板に表を書き、番号を割り振る先生。



(ふむ!)



 手の中にある紙に記された数字をもう一度確認してから、机と椅子を移動させる。


 私の席は、一番後ろの窓際……の、隣。



「よいしょっ」



 ガタンと机を置き、椅子も下ろして、着席。

 お隣さんは誰だろうと目線をやれば、



「……雨月……」



 麗しの立石くんがいた。


 一番後ろの窓際は、立石くん。

 その右隣が、私。


 隣同士になれたのが嬉しくて、思わず口元が緩む。

 立石くんは緩やかな動きで椅子に座り、



「これも神の運命さだめ、か。フッ……こういう悪戯なら、悪くない」



 感慨(かんがい)深そうにそう呟いた。


 かと思えば、鞄の中を漁り何かを取り出す。

 その手にあったのは、黄色いマスキングテープ……みたいな物。



「チッ……結界を貼り直さねばならないのだけが難点だな……」



 立石くんは、それをビッと伸ばして適当な長さに切り、自分の周りを囲む要領で床に貼り付けた。



(なんだろう……?)



 テープには、“Keep Out”の文字。


 きーぷあうと? 立ち入り禁止……?

 ……何でだろう?


 私が聞くまでもなく、



「此処は……俺のテリトリーだ」



 立石くんはそう教えてくれて、直後。



「立石ィ!! 教室に変なテープを貼るなァ!!」



 先生に怒られていた。





「ここで筆者が述べたかったのは――……」



 ただ今、3時限目の現国。


 私は理系ではないけれど、文系が得意なわけでもない。


 特に、現国は『筆者の気持ちを答えなさい』みたいな問題が苦手。

 だって、筆者の気持ちは筆者にしかわからないよ……?



(あ、筆者と筆算って似てる!)



 ノートのすみに落書きして、横目で立石くんを盗み見た。


 真面目に板書する立石くん……は、なぜか、眼帯をした上から眼鏡をかけている。



(立石くんって目が悪いのかな?)



 片目と腕に怪我もしてるのに、大変だなあ……苦労してるなあ……。


 なんだか彼を勇気づけたくなって、鞄からメモ帳を取り出した。

 できるだけ綺麗な文字を(つづ)り、2つに折って、先生にバレないよう慎重に立石くんへ手渡した。



「……?」



 少し不思議そうな顔をしつつも、受け取ってくれた紙に目を走らせる立石くん。


 私が書いたメッセージは、



『がんばってね!』



 と、一言だけ。


 しばらくしてから、彼はその紙に何かを書き込む。

 そして、私にパス。



『何のことだ?』



 男の子らしい、少し太めでいびつな文字。

 それすらも、好きだなあと思う。



『目、悪かったんだね 知らなかった 眼鏡も似合ってるよ』



 新しい紙にそう書いて、再び立石くんへ。

 少ししてから、またお返事が来る。



『目は、悪くない それと、ありがとう』



 なるほど、だて眼鏡なんだ!



(えへへ)



 ――……ありがとう。

 そんな5文字だけで、私は幸せになれるのだ。



『立ち入り禁止なのに、勝手に入ってごめんね』



 テープは先生に剥がされちゃったけど、立石くんの立ち入り禁止領域なのに変わりはないから。

 謝っておかないと。



「この一文から読み取れるのは――……」



 静かな教室で、喋っているのは先生だけ。それから、チョークとシャーペンの走る音。

 それらを聞きながら、立石くんからのお返事を待つ。


 数分経って、紙が返ってきた。

 そこには、



『構わない』



 ただ、それだけ。



(よかった……!)



 怒ってないみたいでよかった。


 安堵の息を吐き、もう一度立石くんに目をやる。



(許してくれてありがとう、立石くん)



 目が合ったのを確認し、感謝の意味を込めて軽く頭を下げた。


 瞬間――彼は、春のようにやわらかく、あたたかい微笑みを浮かべて、



「……雨月は、特別だ」



 小さく……けれどもはっきりと、言葉を紡ぎ落とした。



「〜〜っ!?」



 特別。



「……どうして?」



 聞き返すと同時に終業のチャイムが鳴り、私の言葉をかき消してしまう。



「はい、じゃあー、今日はここまで。来週までに復習しとけー」



 先生が教室から出て行って、クラスメイトがざわつき始めた頃。


 美幸ちゃんの席へ行くために立ち上がった私の腕を、背後から誰かが掴んで引き寄せた。



「わっ! えっ!?」



 包帯の巻かれた腕。

 見上げれば、青いビー玉に私が映る。


 ……近い、立石くん。



「……『どうして?』など……愚問だな」



 彼は口のはしを少し持ち上げて、意地悪そうな色を瞳に滲ませる。


 落とされた囁きは、



「雨月が好きだから、“特別”に決まっているだろう?」



 頭の中で、やけに大きく響いた。



「たて、い……」



 いつもより距離が近くて、彼の熱がすぐそばにあって、


 眼鏡のレンズ越しに私を射抜く青色から、逃げられなくなる。



「わたしっ、」



 立石くん、私もだよ。

 私も、立石くんが好き。


 なんて、思わず言いかけた言葉をとっさに飲み込んだ。


 今、言ってしまったら……その後どうしたらいいのか、わからなかったから。



「……立石くん、」

「なんだ?」

「付き合って……?」

「!?」



 言った瞬間、彼の目が大きく見開かれた。


 ……どうしたんだろう?



「あまつ、」

「明日も……手紙交換、付き合って?」

「……」



 そして、なぜか言葉を失い、ゆっくりと手を離す立石くん。

 ……あれ? 今、言うことじゃなかったかな?


 首を傾げれば、彼は一言、



女神ミラよ……」



 そう呟いていた。



「……?」

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