彼とお昼ご飯です。
「はあぁぁぁ!? 告白を断ったぁぁぁ!?」
翌日、朝。
通学路の途中で美幸ちゃんに出くわし、一緒に学校へ。
下駄箱で靴を履き替えながら昨日の話をすると、
「あ、ありえない……っ! あんたって子は……! もー! ホントありえない……!」
美幸ちゃんは頭を抱える。
「だ、だって……!!」
まさか、あの『付き合って』が『交際してください』って意味だとは思わなかったんだもの……!
その前に、頬に……き、キス……されたから……! 混乱してて……!
「はーっ……立石くんも大変だわ、こりゃ」
「フンッ……スサノオに心配されるほど、俺は落ちぶれていない……」
突然耳に飛び込んできたのは、立石くんの声。
ぱっと横を見やれば、下駄箱に外履きをしまう彼が立っていた。
「いや、私の名前『佐野』だから」
美幸ちゃんの冷静なツッコミ。
なるほど、“さの”だから“スサノオ”……!
立石くんはニックネームをつけるのが上手だなーとか思いつつ、上履きをはくその姿を眺める。
不意に目線が交わると、
「雨月……おはよう」
彼はそう言って、口のはしを持ち上げた。
……立石くんは、本当にすごい。
だって、“挨拶をしてくれた”。たったそれだけで、私は一日中幸せになれるのだから。
「立石くん、おはよう!」
◇
時は流れ、お昼休み。
鞄からお弁当を取り出していると、立石くんがやって来た。
……片手に『ポケマンパン(メロンパン)』を持って。
どうしたのかなと思いつつ静かに見上げていると、
「……宴を共にしたい」
「?」
えっと、「共にしたい」ってことは、えっと……あっ!
一緒に食べようって意味だ!
「はいっ! ぜひ!」
ということで、例のごとく屋上へ向かい、設置してあるベンチに2人並んで腰をおろす。
「いただきます!」
「Guten Appetit」
呪文のようなものを唱え、袋を開ける立石くん。
……なんと言ったのでしょうか?
(※ドイツ語で「いただきます」という意味です!)
「……」
立石くんは中からポケマンシールを取り出し、
「……チッ……下級魔族め……」
そこに描かれたコイノキングを恨めしげに睨みつつ、ぼそりと呟いた。
コイノキング自体は弱いものの進化すればとても強くなるのだけれど……それにしても、とその様子を眺める。
(立石くんって、)
意外と、子供っぽい。
ポケマンにメロンパン。好きなのかな?
(……飲み物、)
ここに来る途中、彼が自販機で買っていたのはブラックコーヒー。
私は苦くて飲めないけれど、立石くんはすごいなあ。
大人な一面もあるんだなあ。
そんなことを考えていると、不意に目線がぶつかる。
「……どうした? 欲しいのか?」
「えっ?! うんっ! あっ、いやっ! あのっ、」
迷いなく差し出されたコイノキングのシールに対して「違うよ!」と両手をぶんぶん振った。
いえ、立石くんがくれるならどんな物も宝物になるけれど、そうじゃないのです。
今は、ただ、
「立石くんに見とれてただけだから、気にしないで!」
そう言った後、彼が目をまん丸くしたのを見て「やってしまった」と気がつく。
本人に向かって、正面から「見とれてました」と告白するなんて……恥ずかしい。
どうにかして場の空気を変えなければと思い、慌てて言葉を続けようとしたけれど、
「雨月、」
彼の青い隻眼に射抜かれた。
「……は、はい」
「それは……素で言っているのか? それとも、俺をからかっているのか……?」
……違うよ、立石くん。
冗談でも、からかっているわけでもない。
私は、
「……本当に見とれてたから、正直に言っただけだよ」
好きな人に見とれるのは、きっと当たり前。
でも、立石くんは目を逸らして黙りこんでしまったから……何も言えなくなって、手元のお弁当箱を開いた。
(また、変なこと言っちゃったかな)
後悔先に立たず。
からあげを飲み込んだ頃、立石くんは、
「……そうか」
ただ一言、そうこぼした。
「……うん、そうだよ」
卵焼きを箸で半分に割り、口元へ運ぶ。
ちょうどそれを唇で挟んだ時、隣からすっと片手が伸びた。
箸を持っている私の右手。それを優しく掴み、卵焼きが完全に口の中へ入ってしまうのを引き止める。
卵焼きをくわえたまま驚いていると、
「……っ!?」
もう片方の手で顎を持ち上げられ、彼の顔が近づいてきた。
鼻がぶつかってしまう距離まで迫り、立石くんは私の唇から卵焼きを奪い取る。
すっと離れる手。それから、立石くんの綺麗な顔。
「……った、た、ていっ、」
「……」
立石くんはまるで何事もなかったかのように涼しい顔でもぐもぐと口を動かし、喉ぼとけを上下させてごくりと飲み込む。
「……ふむ。天界で食べていたアンブロシアより美味い」
……アンブロシアって、なんだろう?
(※ギリシア神話に登場する神々の食べ物です!)
「……っ、」
顔が、あつい。
ドキドキしすぎて、もう何も食べられそうにない。
だって……キス、されるのかと思った。
「……っあ、明日から立石くんの分も作ってこようか? な……なんちゃって! 彼女でもないのに、なに言ってるんだろうね、私……!」
混乱して、わけのわからないことを口にしてしまう。
軽く笑い飛ばしたその言葉を、立石くんは、
「……それなら、彼女になれば問題ない」
ひょいと、簡単に拾い上げてしまった。
(……え?)
彼女になれば、なんて。
「えっ、えっと……えっと、」
空気! 空気を読もう、私!
この場合は、三人称の『彼女』じゃなくて、恋人の『彼女』ってこと!
だから、つまり、「恋人になれば」という意味。
(恋人……っ!?)
「……組織以外で、これほど俺を悩ませたのは……雨月が初めてだ」
青い瞳が細められ、包帯の巻かれた大きい手が私の頭を撫でる。
「だが……雨月に悩まされるのは、存外悪くない気分だ」
歌うみたいに、優しい口調。
そうしたらもう、立石くんを直視できなくなった。
「……立石、く、」
「……ダメだ」
私の言葉に、彼の声が重なる。
何が“ダメ”なのか聞き返す前に、メロンパンの入った袋を持って立石くんは立ち上がる。
そして、
「これ以上、雨月といると……体の制御が効かない」
「え、」
「……上手く……喉を、通らない」
それだけ言い残し、屋上を出ていった。
もしかして、立石くんも同じだった……?
(どきどき、してくれていたのかな?)
彼に触れられた場所が、まだ熱を持っているかのように熱い。