彼と闇の組織らしいです。
ある日の朝、学校に来た立石くんは変わっていた。
あ、いえ!
前髪は相変わらず長いし、眼帯もついているし“顔や性格が変わっている”とかいう意味じゃなくて。
今日は包帯の上に、指の部分に穴があいたグローブをつけている。
人差し指には、ゴシックな指輪もキラリ。
黒と白で、モノクロなコントラスト。
「ちーさーと、おはよ!」
「おはよう、美幸ちゃん!」
声をかけてきたのは、美幸ちゃん。
佐野美幸、私の親友です!
ちさとは、私の下の名前。
「なに見てたの?」
どれどれ……と言いながら私の目の先を追い、それが立石くんだとわかるやいなや、
「また立石くんかー」
呆れたようにそう言って、盛大なため息を吐いた。
またってなにさ! またって!
「……立石くん、今日はグローブと指輪つけてるから……どうしたのかなって思って」
「あ、ホントだ。よく気づいたねーちさと」
ある意味尊敬するわ。
小さく笑いながらそう言った美幸ちゃんに、どういう意味なのか聞き返そうとした時、タイミング悪く始業のチャイムが鳴る。
教室の扉が開き先生が入ってきたため、その場は仕方なく口を閉じた。
そして、お昼休み。
美幸ちゃんの言葉よりも、立石くんの方が気になって。
これはチャンスだとばかりに、話しかけてみた。
「こんにちは、立石くん!」
「……天照」
席に座っている彼は、ゆっくりとした動きで私を見上げると一言それだけ。
「?」
あまてらす……とは?
「えっと……その指輪、かっこいいね!」
あまてらすが何かはわからないけれど、とりあえず話を続けてみる。
シルバーの指輪は近くで見てみると、ドクロの形をしていた。
「ああ、これか……」
立石くんは顔にどことなく嬉しそうな色を浮かべ、ふっと笑ってその指輪がよく見えるよう少し手を掲げる。
「これは……先日、悪魔のメフィストと契約を……」
そこまで言って、立石くんは黙りこんだ。
(悪魔……?)
メフィストって、誰だろう……?
首を傾げていると、彼は片手で指輪をおおい隠す。
少しの間を置いて、
「いや……なんでもない。天照を巻き込むわけにはいかない……。悪いが、今の話は聞かなかったことにしてくれ」
重苦しそうにそう言い、かぶりを振った。
立ち上がり、教室を出ていこうとする立石くん。勢いのまま、その腕にすがりついた。
「教えて、立石くん! 私、立石くんの力になりたい!」
「なっ……本気で言っているのか……?」
まん丸くなる青色の瞳。
力強くはっきりと頷けば、
「……わかった。ただし場所を変えよう、ここでは目立つ……ついて来い」
◇
カモの子のように立石くんの後ろをついて行き、屋上の――私と立石くんが初めて喋った貯水タンクの裏で立ち止まる。
「……奴らの気配はない……よし、ここでいいだろう」
きょろきょろと辺りを見渡して、立石くんはこちらを向いた。
真剣な色を帯びる、青い隻眼。
思わず、ごくりと生唾を飲む。
「……俺は今、とある組織に追われている」
「えっ……」
組織って……つまり、グループ?
でも、なんで立石くんが……?
「奴らの名は……暗黒の猟犬……」
あ! この前聞いた黒いワンちゃんの!
……ワンちゃんに、追われてるのかな?
「奴らの狙いは……これだ……」
立石くんが目で指したのは、包帯の巻かれた左手。
「この左腕には……魔物が封印されている。奴らはこれを使い、人間界を滅ぼすつもりなんだ……」
「ええっ!?」
滅ぼすなんて……! なんと凶悪なワンちゃんグループなのでしょう!
驚く私を見て、立石くんはわずかに口角を持ち上げた。
「安心しろ、そんなことはさせない。奴らは必ず俺が……いや、俺と、コイツで……壊滅させる……!」
コイツ、と彼が見せたのはさっきの指輪。
……えっと、つまり……メフィストという悪魔? と一緒に、凶悪なワンちゃんグループから守ってくれるということですな……!
なんかそれって、
「かっこいい!」
勢いに任せて、立石くんの右手をとり握りしめる。
戸惑う顔を食い入るように見つめ、
「頑張ってね! 応援してるから!」
と言った。
立石くんは、ただ黙ってまばたきを数回。
ぱちくり。
それから、
「わ、笑わないのか……?」
呟くように、言葉を落とした。
「……? どうして笑わなきゃいけないの……?」
「いや……」
だって立石くんは、頑張って悪者……悪犬から守ろうとしてくれているんだよね?
笑う要素なんか全然ない。
まっすぐに見つめていると、彼は照れたように目を泳がせた。
……最近知ったこと。立石くんは、意外と照れ屋さん。
「……やはり、変な奴だ。なぜ俺に構う……?」
「だって、」
それは、
「立石くんが好きだから」
笑顔でなんでもないことみたいに言えば、彼は面食らった顔をする。
私も、少ししてから後悔。
もっとロマンチックな雰囲気の時に言えばよかったかな、なんて。
「……少し、待ってくれ」
「えっ」
てっきり「なに言ってんだコイツ」と一蹴されると思っていたから。
その言葉は予想外だった。
「……天照には手を出さないよう、何とかしてみる。だから、それまで……少し、待っていてくれ」
また出た、“あまてらす”さん。
誰かは知らないけれど、ちょっぴりジェラシー。
立石くんが、あまてらすさんのために、凶悪なワンちゃんグループに「アイツには手を出すな」って頼むところなんて……。
想像しただけで、もやもや。
「……天照、そんな顔をするな」
そう言って、立石くんが撫でたのは私の頭で。
……もしかして、私の名字が『あまつき』だから、そこからいじって『あまてらす』……?
なんだかよくわからないけれど、かっこいいニックネームだなー!
「へへっ」
嬉しくて、恥ずかしくて、思わず口元が緩む。
「天照、」
頭から移動した彼の手は腕を伝いおりて、私の手をとった。
そのまま、
「I adore you.」
優しく微笑み、手の甲にキス。
フリーズして顔から火が出るんじゃないかと心配する私を置いて、立石くんは颯爽と隣を過ぎ屋上を後にした。
「たたっ、たっ、たていし、く……!」
――……心臓が、壊れそう。