気になる彼は『中二病』らしいです。
ところどころ跳ねた黒髪。
長い前髪に、左目を隠す眼帯。
包帯の巻かれた両手と、耳たぶにはピアス。
立石神夜くん、16歳。高校2年生。
私の気になる彼は、
「はっ、余裕ぶってられるのも今のうちだけだ……すぐに闇の組織、暗黒の……」
「立石! 授業中にうるさいぞお前!」
中二病?男子です。
私が1年生の頃から気になっている彼――立石くん。
入学式の時から立石くんは(色々な意味で)とても目立っていて、自然と目で追っている間に気になる存在へ変化していた。
友達いわく「黙っていればかっこいい」らしい。
なんでも、彼は『中二病』と言う病を患っているそうで……!
「だから、眼帯と包帯してるんだね……大変だなあ、立石くん……」
私がそうこぼすと友達はみんな口を揃えて、
「いや、そうじゃないから」
と、つっこんできた。
じゃあどういうことだろうと首を傾げれば、「まあ、いいや。うん。ちさとは知らないままでいて……」と、呆れたように言う。
「?」
教えてくれなきゃわからないのに。
唇を尖らせ、いちご牛乳を吸い込んだ昼下がり。
◇
放課後。
特に用があったわけではないけれど、なんとなく屋上へ向かった。
階段を上って冷たい鉄の扉を押し開けば、心地よい春の風が頬を撫でる。
太陽の眩しさに目を細めると、
「……嫌な風だ」
どこからか聞こえてきた、聞き覚えのある声。
「……面倒事をつれて来そうだな」
そのテノールをたぐりよせ、行き着いたのはタンクの裏。
そっと覗いてみると、包帯の巻かれた左手を恨めしそうに睨む立石くんがいた。
「……まったく、面倒だ」
「?」
誰と話しているのかな?
目を配らせてみたけれど、他に人は見当たらない。
不思議に思っていれば、立石くんは突然弾かれたように顔を上げてこちらを見た。
「誰だ!!」
「あ、雨月です!」
バレてしまったなら仕方がない……そもそも覗き見はよくなかったよね。
観念して隠していた身を出し、綺麗に敬礼をする。
すると立石くんは、驚いたように目を丸めた。
「あ、あま、つ、き……さん」
「はい、雨月です」
笑顔を向け、立石くんの隣に腰をおろす。
彼はしばらく顔に戸惑いの色を浮かべたあと、
「……ふっ……いたのは最初からわかっていた」
ぷいと顔を背け、ぶっきらぼうに呟いた。
私はと言えば、その言葉に面食らう。
まさか、立石くんって……!
「エスパー!?」
「はあ?」
何を言っているんだとでも言いたげな表情。
海の色を映したような青色が、私を見た。
あ、綺麗。
「立石くん……綺麗な目だね」
「なっ……!」
そういえば1年生の時、立石くんはハーフだって聞いたことがある。
お母さんが、ロシア人……だったっけ。
眼帯に隠れていない、青い隻眼。
……綺麗。
食い入るように見つめれば、彼は目線をあちこちに泳がせた。
「ふ……ふんっ。この呪われた目がきっ、綺麗、などと……奇特な奴だ」
「だって……本当に、綺麗だよ」
男の子が『綺麗』と言われても嬉しくないかもしれないけれど、何回も言ってしまうほどそう思う。
もっと見ていたかったけれど、立石くんに、
「あまり、見るんじゃない……お前も呪われたいのか」
と言われてしまったから、慌てて目線を別に移した。
頭上を見上げれば、赤に染まり始めた空が広がっている。
風に舞い上がる桜の花びらと合わさって、まるで一枚の絵のよう。
「……この風は、好きだ」
不意にそうこぼした立石くん。
その横顔をちらりと見てみれば、春みたいにやわらかく微笑んでいた。
(……すごく、優しい顔)
初めて目にしたそれに、鼓動が高鳴る。
「……な、なんだ……?」
私が再び見つめていることに気づくと、微笑みは消えてしまった。
なんでもない、とかぶりを振ってから「でも、」と続ける。
「やっぱり……立石くんは、綺麗だなと思って」
「なっ、何を、わけのわからない、ことを!」
取り乱す立石くん。
褒めたつもりだったのだけれど、失礼なことを言っちゃったのかなと少し落ち込んでうつ向いた。
「……まったく、本当に物好きだな……雨月……さん、は」
取って付けたような敬称に、思わず笑ってしまう。
呼び捨てでいいのに。雨月、って。
「……だが、」
「!」
優しく頭を撫でる手。
それはたしかに、立石くんのもの。
包帯の巻かれた……男の子の、少し大きな手。
心臓が、大きく音を立てた。
「……嫌いじゃない」
今は、私だけに向けられている微笑み。
緩やかに弧の字を描く青い目は、やっぱり綺麗。
赤い背景に溶け込む“それ”から、目が離せなくなる。
「……たて、いし……くん」
「……っ! わ、悪かった! ただ、ゴミが、ついていたからだな、」
慌てて引っ込めようとしていた立石くんの手を、そっと捕まえた。
驚く彼に笑顔を向け、一言。
「ありがとう」
それから、
「もうちょっと、撫でてもらいたいかもしれません」
照れ隠しに、わざとらしい敬語で飾り付ける。
特に、深い意味はなくて。
ただ素直にそう思ったから、伝えただけだった。
少しの間を置いて、立石くんはふっと息を吐くように笑う。
「闇の組織、暗黒の猟犬よりもタチが悪い」
「……? それって、ワンちゃんの組織?」
「い、いや……」
だって、ドッグって犬だよね?
ダークなドッグって……黒いワンちゃん?
首をひねれば、立石くんは短くため息をついた。
ゆっくりと立ち上がり、言い残した言葉は、
「俺のことは……堕天使と呼べ」
それだけ。
去っていく後ろ姿に、ただただ疑問だけが浮かび続けた。
「もう『タテイシ』くんって呼んでるよね……?」