弱者と闘志
ギルドで受けた依頼を進める為に中央都市『ミスティリア』を出る準備を進めていくメルクレイ。
「はいこれ、一つオマケしておいたから」
「いつもありがとう、おばさん」
雑貨屋の店主から体力回復用のポーションを受け取り、腰のポーチへと収納する。
「冥夜の森だって?近頃は何も問題は無いって聞いてたのに、なんでまたあんなところへの依頼が出てたんだい?」
道具屋の店主は昔は冒険者をしていたらしく、依頼の内容でおかしなことがあるとたまにこうして聞いてくることがある。
今回の依頼は特に極秘のものでもない為、ギルドで聞いた内容を伝えてみることにした。
「んー……旧王族からの直接の依頼だったみたいで、廃寺院周辺の調査と廃寺院内部に何か異変が無いかの調査をしてほしい。だってさ」
「旧王族……廃寺院、ってアンタまたそんなややこしそうな依頼受けたのかい?あいつらのことだよ、裏があるに決まってるじゃないか!」
まるで自分のことのように怒るこのふくよかな女性は、メルクレイが冒険者として活動を始めた時から良くしてくれている。
第二の親のように思えるこの女性店主のことを、メルクレイは慕っている。
「あんたもあんただよ!指名依頼ならともかく、一般の依頼なら他のやつらに任せりゃいいんだよ!あんたがわざわざ旧王族に関わるようなことはする必要ないってのに!」
メルクレイから受け取った代金である硬貨を握りしめながらカウンターをダンッ、と叩いてみせる。
中央都市内で、旧王族の心象は良くはない。
王政時代に、功を焦った当時の王が魔王討伐の為に軍備を増強させる為に重税を課した上に、働き手であった若い男を徴兵した挙句、遠征を強行し、ほぼ壊滅させたせいだ。
当時徴収された町人の半数以上が帰らぬ人となり、城内や街中でも人が足りなくなり、食料の生産やその他の産業が長らく滞ってしまったことも原因の一端である。
「熱くならないでよ、おばさん。今回は報酬がよかったから受けた依頼の依頼主がたまたまそうだったってだけなんだから。私だってわざわざ首を突っ込むのはもう前回のでコリゴリだよ」
前回の指名依頼を思い出そうとするが、後悔するだけだと思い、内容が頭に思い浮かぶ直前で蓋をし直す。
出来れば永遠に思い出したくないし、前回のその依頼のおかげで旧王族との関わりを永遠に絶つ決心がついたのだ。
わざわざ自ら傷を負うような真似はしなくてもいいだろう。
そういう意味では、今回何も気にせずにこの依頼を受けれたのは、嫌悪感すら湧かない程度には興味が無いということだろう。
メルクレイは良い進歩だと感じていた。
しかし、道具屋の店主の言う通り、裏がある可能性もあるので警戒しておくに越したことは無いだろう。
前回もスライム系の魔物の溶解液で武器が溶けていなければあんな目には……おっと、危ない。自らトラウマを掘り起こしてしまうところだった。
「んん……一応、武器も予備を用意しておくかなぁ…」
脳裏に蘇りそうになる光景を振り払いつつ、道具屋の向かいにある武器屋で予備の武器として長剣を一振り買い足すのことになるのであった。
「……さて、行こうかな」
依頼を受けてからは既に2時間程が経過しており、街中には少しずつ人々が出入りをし始めていた。
自分は最強ではない。
そんなことはゲームをやっていた時から分かっていた。
自分よりもすごいやつはたくさんいて、自分はそこを目指して強くなっていきたいのだ、と。
いつかはその称号に辿り着けたら、と思う事は何度もあった。
しかし。
しかしだ。
武器がまともに扱えない。
それだけでこうも一方的なのか。
腕が重い。
炎刀による守りも動きが鈍り始め、限界が近づいてきていることを自覚する。
此方がジリジリと消耗していく一方で、鎧武者は全く疲労の気配を見せない。
「レベル差で言えばどれくらい違うのか、参考までに聴かせて欲しいなぁ、なんて。」
ゲームとの一番大きな違い。
それは、体力の消耗と疲労の蓄積だ。
普通にVRゲームをしているだけでも、精神力を使うし、疲労は蓄積する。
けれど、それは肉体的な疲労では無く、頭を使うことへの疲れや眼疲労とか、そういう類だ。
それが今では体育の授業より遥かにしんどい。
正直足を動かすのも辛くなってきたし、この鎧武者もそろそろ諦めてはくれないものか。
大きく振り上げられた刀にのみ集中する。
ゆっくりと、しかし一切のブレも無く真っ直ぐに振り上げられるその軌道は、正直美しいとすら感じる程だ。
こういう状況じゃなければスマホで動画撮ってゲーム内の自分の動きに取り入れたいと思う程度には。
しかし、その完璧なまでに美しい動きがサチノの命綱にもなっていた。
……振り上げるモーションに入って2秒。その後1秒の停止状態……!
一秒のズレも無く、この鎧武者はアーツ『豪断』の動作を再現する。
侍はゲーム内でも人気の高いクラスで、攻防ともに両立したバランス型だ。
試しに何度かクラスチェンジしてみたことがあったが、専用アーツである『豪断』以外は使いやすいものだったという印象だが、
総じてサチノのスタイルとは合わなかった、というのが続かなかった原因だ。
防具は重鎧。
主武装である刀は耐久度こそ低めなものの、攻撃力と受け流しによる防御力を兼ね備えた使い勝手の良い武器だ。
手数で攻める、というよりは大技である専用アーツ『豪断』に繋がるように小技を出して隙を作る。というタイプだ。
幸いこの鎧武者はそういった小技を出してこないせいか今はなんとかなっている。
ゲーム内ではPvPといった対人戦も行われており、ソロ活動をしている最中にアイテム目当てのPKプレイヤーキラーと遭遇することも多々あった。
勿論、侍をメインクラスとするPKとも戦闘経験はあるし、それ以外のクラスも一通りは襲われた経験はある。
故に、様々な状況に対応できるようにする為に、一通りのアーツや魔法、アビリティに関しては知識を身に着けているのだ。
問題なのは豪断以外の技を、今は出していないだけなのか、それとも出せないのか。
後者ならまだしばらくは生きていられるだろうが、前者の場合、知識こそあるが、まともな戦闘が出来ないのではいつ死んでもおかしくない。
豪断だけを使う今このタイミングでどうにかするのが一番なのだが、なんにせよ武器が無い。
誰かの犠牲を覚悟で街へと向かうのがやはり得策か。いや得策とも言えないが。
何も知らない、何もわからないままここで力尽きるのはどこか納得がいかない。
一度捨てた命とはいえ、今はこうしてここにいるのだ。ならば、出来ることは一応やっておくべきなのだろう。
技が発動する瞬間、赤い闘気のようなものが漏れ出す。
恐らくはそれがアーツ発動の合図。
まっすぐに振り下ろされる刀。
受け流すのならば、その威力を殺し、作用する力の向きを変えることも出来る。
しかし、現状では残りの回数に限りがある受け流し今は温存したい。
なら、今使えるのはLv1の鈍足と、自分自身の持つプレイヤースキル、そしてゲーム時代に詰め込んだ知識しか無い。
―――自身の視力と集中力だけを頼りにその一撃から身体を逸らし、避ける。
「弱いものいじめって知ってる???」
何度見てもLv1に対する攻撃力じゃないと思う。
地面に深々と突き刺さった刀を見て自然と口にしてしまったが、鎧武者はまだ気づいていないようだ。
VR空間で鍛えられた反応速度は、およそ0.5秒にも満たない超速の一刀両断をも見極めることが出来る。
正直自分でも驚いている。ゲーム内と出来る限り変わらない動きが出来るように、と言っていた自称女神のこともこれだけは感謝してる。だが理不尽アビリティは許さない。絶対にだ。
直撃していれば真っ二つになっているだろうその一撃はまたしてもサチノを捉えることは無く、地面を斬り裂いただけだった。
「……でもやっぱりムリ……そろそろ死ぬ。異世界来ていきなり戦闘で無双!とかそういうパターンなら漫画でも読んだことあるけど……」
自分はそうではない。
むしろ解除不可能な呪いのようなアビリティまで背負わされているのだ。
立場的にはこの世界にやってくる女神のことを信じ切った主人公達に、女神の本性を伝えてそのまま死んでいくような役柄ではないだろうか。
転移直後に出会った魔物とも圧倒的な純粋な力の差を見せつけられるし。
この演出も自称女神の試練だとするのなら、相当性格の悪い女神だと思う。
誰かの犠牲を気にしている場合ではない。
なんにせよまずはこの状況を脱しなければ満足に状況把握することも出来ないのだ。
鎧武者により伐採されてすっかりと通行しやすくなった森を、一気に走り出す。
刀を引き抜き、此方を見つけ、鎧武者が駆け出すまではまだ少し猶予がある。
その前に距離を離せるだけ離す。
残された力を使って刀で受け流せるのはおよそ3回程度が限界か。
それ以上はたぶん腕が壊れる。
それくらいに単純な力量に差があるのだ。
しかし、それでも。
そういう状況であっても、ずっと振り払えない感情が頭の中に湧き上がって消えないのだ。
「せめて使える武器があればなぁ……!」
―――戦ってみたい。
まともに振れる剣が二本あれば、倒せる可能性もあるのでは。
ゲーム内で染みついた思考だということは自分でもわかっているし、自称女神が言うように本当に死ぬ可能性だって高い。
それでも、戦ってみたいと、そう思う気持ちがいつまで経っても消えないのだ。
太陽が昇り始めた森の中を、抑えきれなくなりつつある闘志を走る為の力に変えて全力疾走するのだった。
週2、もしくは3回更新したい……!
仕事がもう少しデレてくれたら更新回数を上げれるようにしたいです。
そのうちにサチノくんのプロフィールとかも載せたいですね。
登場人物が増えてきたら載せる予定です。