未熟と理不尽
冒険者メルクレイ・ソルグランデの1日は早い。
朝5時には冒険者ギルドへと向かい、依頼の貼られたクエストボードを確認し、新規依頼が無いかを確認するところから始まる。
「おはようございます、メルクレイさん。」
「おはよう、マリア。名前、長いからメルでいいよ。」
ギルドに入るとすぐ目の前にはギルドの受付カウンターが見え、受付嬢であるマリアは屈託の無い笑顔で出迎えてくれた。
「今日はクエストボードが更新されています。メルさん指名の依頼は今日はありませんので、よかったら一度覗いて行ってくださいね!」
「うん、そうする。」
ギルド内は夜はいつも半裸の荒くれ達による酒盛りや1日の労働を労うPTで溢れかえっているのだが、今は早朝ということもあり人もほとんどおらず、どこか物寂しさを感じる。
クエストボードの前に行くと、大量の依頼書が目に入る。
迷い猫の捜索や隣町までの護衛、魔物の素材の収集から薬草の採取まで様々な依頼があるが、自分に合うものが中々見つからない。
そんな中、1枚の依頼書が目に留まり、ボードが剝がして受付カウンターまで持って行った。
「マリア、これ。」
「はい、『冥夜の森の巡回』ですね!」
冥夜の森。
ここ旧王都、王政が廃止された今は中央都市と呼ばれている『ミスティリア』のすぐ北に位置する広大な森である。
「んー……これってさ、巡回ってどこからどこまでなの?」
言われてからマリアはハッとしたような表情で席を立った。
「確かにこれでは曖昧すぎてどこまでか分からないですね!ちょっと上に確認してきますので、待ってて下さい!」
言いながらギルドの奥へと走り去っていったマリアを唖然と見送るメルクレイだった。
「冥夜の森……ねぇ。」
依頼を見た直後、広大な森の中にある古びた寺院を思い出しながら、メルクレイは嫌な予感を感じていた。
「……何も無ければいいんだけどなぁ。」
メルクレイの持つ巫女の力が、微かに警鐘を鳴らし始めていた。
巨大な刀による横凪ぎをしゃがむことで避ける。
周囲の木々をズッパズッパ切り倒してくるアイツは草刈り作業か何かと勘違いしているんじゃないだろうか。
右に左にと刀を振り回しながら追いかけてくる鎧武者は思っていたよりは動作が速く、割と容易く追い付かれてしまった。
ゲーム内で戦っていたアマツと大きく違うのはその攻撃手段の少なさである。
一撃の威力はまぁ、大木をかまぼこのように斬り裂いているのを見ればわかる。
「け……どッ!」
鎧武者は左右に刀を振り回すのを5、6回繰り返し攻撃範囲内にサチノを捉えると刀を大きく上へ振り上げた。
それに合わせるかのようにインベントリから炎刀を取り出して振り下ろしに合わせて斬撃を受け流す。
受け流した後は地面に減り込んだ刀を引き抜くのに数秒掛かるので、その間に再び走り出し距離を稼ぐ。
かれこれこの作業を何度繰り返しているのやら。
炎刀の装備レベルに達していないせいか重すぎてまともに攻撃することは出来ないが、なんとか敵の攻撃を凌ぐことには成功している。
しかし、攻撃を受けた瞬間に衝撃でじりじりと体力を奪われている。受け流しきれていない証拠だ。
現状では受け流すというより、受け止めてから刀身を逸らして横に逸らしている、というのが正しい。
ここまで耐えてこれたのは単に炎刀の強度のおかげなのだろう。
使い手が余りにも未熟すぎて扱い切れていないのだ。
このままいけば受け流せるのもあと数回が限界だろう。
ガチャガチャと音を鳴らしながら走って来るおかげで相手の居場所と距離は簡単に見極められる。
しかし、Lv1の走る速度がこんなに遅いものだとは思わなかった。
向こうの世界の自分の方が速いんじゃないかと思える程度には遅い。
記憶ではもう少しで最寄りの街に着く。
そこは王都であり、『ミスティリア』と呼ばれる大都市だ。
門番を務める兵士なり行き交う冒険者に助けてもらえるはずだ。
鎧武者が刀を左右に振り回す音が近づいてくる。
後ろを振り返ればちょうど数秒前に通り過ぎた木々が景気良く吹き飛んだところだった。
…これって敵の行動範囲とかってないのかな。街の中まで着いてきたりするのかな。
……
………
…………。
街まで連れて行けばなんとかなるだろうって思ってたのだが、なんとかならなかった場合、自分の行動のせいで誰かが死んでしまうとか、そういうことにもなったりするのだろうか。
考えろ、これはゲームではないと、自称女神は言っていた。
ゲームでは死ぬのはプレイヤーだけで、死んだところでリスポーン位置に設定した教会やら転送ポイントに戻るだけだった。
しかし、この世界にはそれらが存在するのかどうかすらまだ分からない。
自分が街までコイツを連れて行くことにより被害が出て誰かが命を落としたりでもすれば、それはやはり街まで連れて来た自分のせいになるのだろう。
……。
それはそれで面倒だ。
それが原因で街に入れなくなる、なんて事態も勘弁願いたい。
かといって今の自分ではコイツを倒せないのも確か。ならばやはりここでなんとかして一度この鎧武者を撒いてから街に入るしか無いということだろうか。
よし、まずは状況の整理からだ。
11度目の振り下ろしを受け流す。ジワリ、と腕が痛み始める。
ゲームと比べると自分のHPやMPとかそういった情報はどうやら視認出来ないらしく、どこが自分の限界なのかを見極めなければならない。
その上、状態異常や武器の耐久度もインベントリを開いて確認しなければ分からない。面倒な仕様になっている。
刀が地面に叩きつけられると同時、土煙を煙幕代わりにして今まで走ってきた方向とは逆に向かって走り出す。
同時、反撃がすぐに来ないことを確信してステータスウィンドウを開く。
読み取れる情報を一気に頭へと叩き込む。
戦場 幸乃 Lv1
メインクラス:無
サブクラス:無
種族:人間
筋力:7
体力:5
敏捷:5
技量:12
魔力:0
魔耐:0
幸運:0
P:0
能力値が低すぎて笑いすら出ない。
ちょっと待ってよ魔力0は酷くない?せっかくこういう世界に来たんだから魔法とか使ってみたいじゃない?
それなのに0ってことはそもそもの素質が無いってことでしょう?
「しかも初期ステのポイント割り振ってあるしあのクソ女神ぃ!!」
思わず声に出てしまったがP:0ってことはそういうことだろう。
貴重なポイントを無駄に振るとはゲーマーの風上にも置けないヤツだ。
いや待てこれステ振りしてなかったら初期値どんなステータスだったのゲーム通りなら初期ポイント10はあったと思うんですけど。
……えぇい思わぬトラップのせいで余計な思考をしてしまった。
続けてウィンドウ下部のアビリティ一覧を確認。
剣術:Lv1
刀術:Lv5
短剣術:Lv1
大剣術:Lv1
双剣術:Lv1
投擲術:Lv1
体術:Lv1
試練を与えられし者:Lv1
異世界人:MAX
迷い人:MAX
取得している武器術に関しては確かにゲーム内でよく使っていたカテゴリだ。
刀術が5になっているのはさっきから受け流しで使っているからだろう。
下3つはまず見たことも聞いたことも無いアビリティだ。
『試練を与えられし者:Lv1』
女神より試練を与えられし者の証。
試練とは即ち生きることであり、意志を示す事である。
効果
獲得経験値が減少する。必要経験値が通常の2倍必要になる。
スキル熟練度が通常より1,2倍速く上昇する。
ランダムで一部ステータスが低下する。Lvが上がると効果が上昇する。
女神の恩寵。感謝してくださいね。
「コロス」
確かに加護はナカッタヨ。
ゲーム内ではレベルが生存率に直結していたがそれは此方でも恐らく変わらないだろう。
体力や敏捷が上昇しなければ敵の攻撃を受けたり避けたりも出来ないだろう。
しかもステータスの低下ってこれのせいでトリプル0なんでは?
最早呪いの領域である。神は神でも疫病神かな?
『異世界人:MAX』
彼の者は異物。
故にこの世界の理に囚われぬ者。
彼の者を縛るものは何もない。
効果:???
『迷い人:MAX』
自分が何者なのか、自分が何を失ったのか、自分自身にすら分からない。
失った何かを求めてさ迷い歩く者。
効果
全ての能力値の最大値に制限が掛かる。
条件を満たす度にアビリティレベルが低下し、制限が緩和されていく。
縛りプレイかな?
一つ詳細が不明ではあるが、なんにせよマトモな状態では無いのはよくわかった。
やっぱりあの自称女神は疫病神だ。
理不尽にも程がある。次に会ったらまずは思いっきりぶん殴ってやろう。
炎刀の装備レベルは本来90、灼刀は120。
なお現実世界のゲーム内では適正レベルに満たない装備は装備は出来るが性能値にマイナス補正が入るというものだったとか。