現実と終わり
チャイムの鳴る音で目が覚め、のっそりと顔を上げる。
まだ視界がぼんやりと霞んで見えるが、つまらない授業が終わったのは間違えようは無い。
周りの友人達は帰り支度を始めていた。
身体を起こし、椅子にもたれかかり、そのまま伸びをする。
窓際の席には太陽の光が直に当たるせいで、この夏は最高に暑い。
窓の外、3階から眺めることが出来るのは、すぐ外に広がる運動場だ。
端から端まで見えるこの席のこの光景だけは、学校にいて悪くないと思える唯一のものだった。
高校3年生の夏、明日には終業式があり、それも終われば高校最後の夏休みが始まる。
この夏はゲーム内の長期イベントがあるので毎日が忙しくなりそうだ。
その前に、昨日のアマツ戦の戦利品を売り捌いて当面の旅支度もしなければ。
「あ、サチいた。」
教室の入口から黒の長髪の女子生徒と眼鏡を掛けた如何にも真面目そうな男子生徒が入ってきた。
どちらも顔見知りである。
「どちらさまでしょうか。」
「とぼけるなサチノ。昨日、約束を放り出して一人でユニークモンスターの討伐なんて行っていたんだろう?」
いきなり核心を突かれ思わず顔を背けてしまった。少しくらい冗談にも付き合って欲しいものだ。
「そうだよサチ~。私待ってたんだからね?」
まぁ、ある意味サチらしいけど。と笑う女子生徒は鳳 彩乃。
腰辺りまで伸びた黒い髪が印象的な美少女だ。
「甘やかすなアヤノ。コイツには多少厳しいくらいでちょうどいいんだ。」
そう言って眉間に皺を寄せている眼鏡を掛けた真面目を絵に描いたような男は生島 蒼。
どちらも小さな時からの幼馴染であり腐れ縁であり、親友だ。
「そう言うなよ、アオ。昨日は元々やることがあるって言ってただろ?間に合えば行くつもりだったんだけど流石にムリだったんだよ。また埋め合わせはするからさ。」
盛大に溜息を吐かれたが、蒼も興味の方が勝ったようだった。
「…それで、結果は?前に言っていたアマツか?」
蒼も彩乃も同じVRMMO『ANOTHER WORLD』のプレイヤーだ。
ゲーム内における最終目標とも言えるエンドコンテンツの一つである高難易度ユニークモンスターに興味が無いはずがない。
「戦闘時間は約5時間30分。正直死ぬかと思った。」
戦闘中はかなりハイな状態になっていたので気付かなかったが、戦闘終了後にログアウトした直後は疲労感と寝不足と汗と水分不足で若干の体調不良だった。
「相変わらずそういう時の集中力だけはすごいよね、サチ。」
彩乃は感心したかのように言っているが、『だけ』っていうのは余計だと思う。うん。
「まぁそれはどうでもいいとして、ドロップとか特別なイベントはあったのか?ソロで討伐したなんて恐らく初じゃないのか?」
どうでもいいとか最早心配すらしてくれないのは幼馴染兼親友としてどうかと思うんだ、蒼くん。
「公式でデータだけ確認出来ていたドロップ未確認の武器が出た。」
おお、と2人とも軽く驚いたようだった。
「灼刀リコリスと炎刀ラジアータ。やっぱり双剣としてのセット運用前提の剣だった。」
実際は片手剣としての運用も可能ではあるが、お互いがお互いを高め合うような性質を持っているので双剣として扱うのが一番なんだろう。
今まで使っていた愛剣を砕いてまで頑張った甲斐もあるというものだ。
「あ、あとはソロ討伐限定称号。だからソロ討伐は不可能って言われてたけど、運営からすればソロ討伐は元々可能な設計だったんだろうなぁ。」
そう考えると少し悔しい。
余りの強さにソロ討伐は出来るものでは無く、PTを組んでみんなで倒してね!って言われるようなモンスターを一人で倒したのなら自慢にはなるが、
討伐後にわざわざソロ討伐専用の称号が用意されているくらいなのだから、運営の掌の上で踊っていたに過ぎないのだ。
運営も予想出来ずにあっと言わせれるようなことを成し遂げたい、と思うのは何も自分だけじゃないだろう。
「なるほど、じゃあ他の高難度もソロでいける可能性もあるって訳か。」
恐らくはそうなんだろう。夏休みに入ったら一つずつ試してみるか。
いや、でもまずは情報を集めて準備するにも金が掛かるし夏の長期イベントもあるしな。
さて、どうしようかと考えていた矢先、時間を確認した蒼に声を掛けられた。
「サチノ、帰ろう。今日は予備校も遅めだから一旦家に帰るんだ。」
いつまでも学校にいる理由も無いので頷いて席を立つ。
「アヤは部活か?」
テニス部に所属している彩乃はいつもならこれから部活の時間のはずだ。
勉強も出来てテニス部では最強のエース。少女漫画の主人公みたいなヤツだ。
「んーん、今日はソフトテニス部がコート使うからお休みなの。だから途中まで一緒に帰るよ!」
二人の後を歩く彩乃は屈託の無い笑顔でそう言った。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
帰り道。
三人並んで歩いていると、高校三年生というのもあり自然と話題はこれからの事へと進んでいく。
「最後の大会も近いし、今年の夏は忙しくなりそう。勉強もね。」
「遊んでいる暇は余りないな。志望校へ行く為にもしっかりと準備しないとダメだ。」
蒼と彩乃の二人は、今やるべきことをキッチリと見ていて、これからどこへ自分が歩いていこうとしているのかをちゃんと考えている。
蒼は頭も良くて成績も学校じゃ一番で、一流の大学に行って、将来行こうと思っている企業までもう見つけている。
彩乃はスポーツが出来て蒼ほどでは無いにしても頭も良い。大学も推薦が来てるって噂だ。
素直にすごいと思う。
………同時に、ここまで来てやりたいことの見当たらない自分に焦りを覚える。
「将来のことはしっかり考えておかないとな。サチノ、俺達は男なんだから数十年は働いていくことになるんだ。お金をしっかり稼がないと生きていけないぞ。」
この先、自分は何をして生きていくんだろう。
やりたいことは無い癖に、やりたくないことはやらずに生きていきたいと、そう考えている。
自分がイヤになる。ならどうするんだ、自分のやりたいことは何なのか。
「現実もゲームみたいに、モンスター狩ってるだけで金を稼げて生きていけたらいいのにな。」
なんでこうなったのか、どうすればやりたいことが見つかるのか。
どうすれば、この世界で二人のように生きていけるのか。
「フフ、サチはゲーム好きだもんね。でも三人でそんな生活が出来たら楽しいかもね。」
オレはきっと二人みたいには生きていけない。
きっと、自分がそんなことを言えば、この二人はそれに気を遣うだろう。
けれど、自分のせいで二人に気を遣わせたくは無いし、されたいとも思わない。
そう考えてここまで来てしまった。
高校生になってすぐ、彩乃がテニス部に入ると言った時、正直驚いたのだ。
それまでは三人で学校へ通い、三人で下校し、三人で遊んできのだ。
それが当たり前で、これからも当然それが続いていくのだと思っていた。
突然、自分の日常が崩れたような気さえした。
それに続いて蒼も予備校へ通うようになった。
帰り道を一人で帰ることが多くなった。
知っている人達が皆、遠くに行ってしまったようだった。
部活をしている彩乃を見たことがある。
真剣な表情でコート上を走る姿に声を掛けることが出来なかった。
汗まみれになっても止まることないその姿は、知らない人を見ているかのようにすら感じた。
予備校から出てくる蒼を見たことがある。
予備校の仲間と難しい勉強の話をしているのを聞いたことがある。
声に熱が籠っていて、普段クールな蒼が燃えていることを知った。
2人とも、自分の知らない何かを抱いているのだと知った。
少しして、高校生活慣れ始めた頃、二人は余裕のある時はまた前のように一緒にいるようになっていった。
けれどその時には既に、三人で歩いていても、二人はどこか遠くを歩いているように感じたのだ。
「……ノ、サチノ!」
蒼の呼ぶ声に気が付けば、此方を必死に呼ぶ蒼が身を乗り出して手を伸ばしていた。
何事かと思い、周りを見渡してみれば、どうやら足を踏み外してしまったようで、地下鉄の線路に落ちている最中だった。
「サチーーー!!!!」
彩乃が涙目になりながら此方に手を伸ばしている。
すぐ傍まで電車が迫っている。
不思議と自分が轢かれるという恐怖は感じなかった。
けれど、大きく高鳴る心臓の鼓動が、自分の死を自覚させた。
それよりも、伸ばされたその手を掴むかどうか。それを考えさせられた。
その手を掴めば、ずっと感じていた距離感を埋めて、また同じように三人で同じように歩いていけるようになるんだろうか。
二人が抱いている自分の知らない何かを、同じように抱くことが出来るんだろうか。
手を伸ばそうとしたが、途中で手を伸ばすのを辞めた。
ここで手を掴んだとしても、きっともう元に戻れなくなってしまう。
もう笑って三人でいられなくなってしまう。
何故か、そう感じたのだ。
見たことの無い二人の顔に少し胸が痛むが、きっと二人なら大丈夫。
オレのことは忘れて、強く生きてくれるだろう。
間もなく電車がぶつかる。
ゆっくりと目を閉じる。
その瞬間、この世界からオレの意識は跡形も無く消え去ったのだ。
序章はこれで終わりとなります。
サチノが次に目を覚ますのは異世界となります。
書こうと思えば現実世界での出来事をもっと長々と書けてしまうのですが、序章があまり長すぎても面白くないかなぁ、と思い短くしたつもりです。
一話の話の長さや文章の読みにくさとかありましたら言ってもらえると嬉しいです。
また、感想や評価などもありましたらいただけると、より良い話を書く為の参考になりますので、ひとことでももしありましたら宜しくお願いします。
次回は3月26日中には投稿したいと思います。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
流星群