この者、戦闘民族にて【2】
空を切るような感覚。バットをフルスイングして空振りした時のような感覚。
ログウィンドウには赤い文字で『強奪に失敗。何も手に入りませんでした。』と表示されていた。
短く舌打ちをし、鞭のように襲いくる蛇を避ける。
クラスアビリティ、スナッチ。
盗賊クラスの基本アビリティ。所謂「盗む」。
レベル帯によって効果が変動するクラスアビリティ。
アビリティのレベルが上昇していけば、成功確率の上昇と盗めるものの種類が増え、クラスのレベルが上がればそこに付加効果が追加されていく。
この世界…VRMMO『ANOTHER WORLD』では戦闘時においての装備変更には、予め設定されたルールが存在する。
一つ、『戦闘中における装備変更は基本的に不可能。』
二つ、『武器が破壊または耐久度が0になった場合、その武器は使用不可能になるか、消滅する。』
三つ、『装備欄に何も装備していない状態であっても、戦闘中は一部の例外を除いて装備変更は不可能である。』
以上のルールが存在する上、魔導士クラスがいれば武器の耐久度が減少することは少ないし、
生産クラスをサブクラスにしているプレイヤーが同じPTにいれば即座に耐久度を回復させることが出来る為、そもそもそのルールを気にするプレイヤー自体がほとんどいない。
少数のプレイヤーを除いては。
彼、プレイヤーネーム『センジョー』はその少数のプレイヤーの一人だ。
現状を見て分かるように、彼は一人で戦闘を行っている。所謂『ソロ』と言われるものだ。
ソロの理由は人によりそれぞれだが、彼の場合は、強者と戦い強くなりたい。より良い装備を手に入れて、一人でこの世界でどこまで出来るのか、それを突き詰めたい。
そんな理由で今この場で約5時間超えの戦いを繰り広げている。
そしてそんな彼も、PT推奨と呼ばれる高難易度モンスターの攻略には手を焼いていた。
システム上、武器の耐久度は連続で戦闘を行ったとしても、2~3時間持てば良い方だろう。
特殊な効果を持つ装備でもない限り、通常の装備は一撃毎に耐久度が低下していく。
双剣士という二つの剣を装備出来る、という利点を生かしてここまで戦ってきたが、やはり武器は最後まで持つことは無かった。
ここまでは彼も想定していた事であり、ここが『彼岸の将・アマツ』を倒す為にクリアしなければならなかった条件だった。
彼のクラスは双剣士であり、サブクラスが盗賊。
双剣士の連撃と速度を、サブクラスの盗賊で速度に補正を与え、より高速で動けるようにしたものだ。
彼のプレイスタイルはヒット&アウェイ。
クラスの相性は最高であり彼のスタイルにも合っていた。
しかし、事この戦闘において、サブクラスが盗賊というのはそれ以上の意味を持っていた。
縦横無尽に動き回る二匹の蛇を避けながら、二度目を試みる。
「……スナッチ!!!」
『強奪に失敗。何も手に入りませんでした。』
二度目の失敗。じわり、と額には汗が滲む。何の躊躇いも無く即座に表示されるログウィンドウに苛立ちを覚える。
成功率はどの程度か。今回の為にサブクラスのレベルは上限まで上げてきた。それでもまともに成功する気はしない。
此方が攻撃してこないことをいいことにアマツは二匹の蛇を振るい、イクサを追い詰めていく。
「調子にッ…乗ってんじゃぁ…!!」
双剣士アビリティ『加速』。
自身の移動速度をレベルに応じて上昇させる。
アビリティを発動させ、今までよりも遥かに速い動きで二匹の蛇を避け、翻弄する。
二匹の間を切り抜け、再びアマツの眼前へと躍り出る。
「ねぇぞこのやろおぉぉぉぉぉぉ!!!!」
その頭部に思いきり飛び蹴りを当てる。が、双剣士の攻撃手段はあくまで二本の剣。
盗賊にも拳や足を使ったアーツは存在しないので、ダメージはほぼ無い。
蹴りを当てた横から腕の蛇がその牙を剥く。
牙が届くよりも速く、飛び蹴りを当てたその頭部を踏み台にしてそのまま飛び退く。
「スナッチ!!!」
三度目。しかし結果は変わらず。
目的のものは奪うことは出来ず、時間と集中力だけが削られていく。
やはり間違えていたのか。そんな想いが脳裏に浮かぶ。
焦りだけが募っていく。
失敗を示すログウィンドウが、それは出来ない。オマエには無理だ。諦めて死ね。とそう言っているようにすら見えてくる。
苛立ちと焦り、そして成功の兆しが見えないことからの迷いから、思考が鈍る。
着地と同時にアマツの脚の蛇が矢のように一直線に飛んでくる。
それを避けようとしたその瞬間、地面に転がっていた何かに躓き、体勢を崩す。
「…なん…!?」
辛うじて蛇の突進は避けたが、次の攻撃には間に合わない。
受けることも避けることも出来ないのであれば、それがこの戦いの結末。
要するに、ゲームオーバーだ。
せめて敗因を確かめておかなければ。
そう思い足元に視線を投げる。
目に映ったそれを見て、少し唖然とする。
それはついさっき、盗み使い捨てた『赤武者の鎧片』だった。
策士策に溺れる。というのであろうか。
体勢を崩したその左右から、既に二匹の蛇が大きな口を開けてすぐそこまで迫っている。
万事休す。そう思った。
現実では自分の夢を見つけられず、ままならないままに逃げるようにしてこのゲームにのめり込んだ。
この世界なら、自分でも上手く生きていけるんじゃないか。
壮大な世界観と新しい世界への好奇心、そして冒険が始まるという高揚感に、始めた初日にそう感じた。
好きなものなら、自分に合った世界なら、もっと強く、一人で生きていけるんじゃないか、と。
ソロをメインに活動していこうと思った理由は、そこから始まったのだ。
だからこそ、この世界において最後の最後に諦めるというのは自分らしくは無い。そう思うのだ。そう信じたいのだ。
みっともない、かっこわるい、そう感じながらも、この世界ならそんな自身の有り様は悪くないと思える。
だからせめて、最後の最後まで、勝てる可能性に縋り付いてみたい。
「スナッチ!!!!」
―――視界の端に現れたログウィンドウの文字を見て、小さく溜息を吐いた。
二匹の蛇が左右から噛み切るかのようにして突撃する。
砂塵が大きく舞い、センジョーと蛇の頭は見えなくなり、アマツは動きを止める。
二匹の蛇の牙は捕らえたものを半分に引き裂いた。
戦闘終了。
高難易度モンスターのソロ討伐は、失敗に終わった。
周囲は静まり返り、残ったのは蛇が地面を這いずり回った跡と、アマツの持っていた二本の刀が消えたことを示す小さな光の粒子が、パラパラと舞うだけだった。
……そう、二本の刀は消えたのだ。
突如、何かが小さく爆発するような音と共に、アマツのHPが僅かに減少する。
突然受けたダメージにアマツは驚くようにして身構えた。
続けて砂塵の奥から、蛇の叫び声のようなものが聴こえた。
アマツはすぐに二匹の蛇を引き戻す。
しかし、足の蛇はすぐに戻ってきたが、腕の蛇はどれだけ引き戻そうとしても動かせないようだった。
蛇は先程引き千切ったものをそのまま加えており、それはアマツが奪われた鎧片の一部だと見て分かる。
小さく、ゆっくりと、息を吐いた音が確かに聴こえた。
「――慌てるなよ、ようやく目当ての物を引き当てたんだ。」
砂塵が晴れ、そこにはまだ双剣士が立っており、二本の刀を装備していた。
右手に持った刀で蛇を頭から串刺しにしている。
突き刺した箇所からは、刀から発せられている炎が漏れ出していた。
「ここからが最終局面、楽しんでいこうぜ…!」
左手の刀で真横に空を切れば、その刀は爆発するように炎を滾らせる。
そして、燃え盛る刀で腕の蛇を縦一文字に斬り落とした―――!
センジョーが狙っていたもの。
それはアマツが使っていた武器そのものだった。
自身の武器だけではこの戦いを乗り切ることが不可能だと理解していたセンジョーは、ゲーム内ルールにおける『例外』を狙ったのだ。
―――『武器が破壊または耐久度が0になった場合、その武器は使用不可能になるか、消滅する。』
使用不可能になるものは入手が困難なレア物のみと限定されており、実際はほぼ全ての物が消滅する。
事前に消滅することが分かっている武器を装備し、耐久度に注意しながら戦闘を進める。
そして、『装備欄に何も装備していない状態であっても、戦闘中は一部の例外を除いて装備変更は不可能である。』
これをクリア出来る『例外』を用意したのだ。
その例外の内容はこのゲームにおける検証勢によって判明しており、
アイテム効果『このアイテムは戦闘中でも装備変更が可能である。』を有する物、魔法『魔法剣』による魔力で作られた装備、そして、その戦闘中に取得したもの。
戦闘中に取得したものは戦闘が終わるまでは自身のインベントリへは入らずに取得物として保存される。
一つ目ははっきりとそういうアイテムだからということで納得出来る。
二つ目はそもそも装備では無く魔法だから、というのも分かる。
三つ目においては何故装備出来るのかは判明していないが、恐らく自身のインベントリに保管されている物では無いから、というのが有力な説だ。
「……。」
このゲームの運営が提供している公式サイトにはゲーム内アイテムを網羅したデータベースが観覧できるようになっており、中には未だデータでしか知られていない誰も手に入れたことのないアイテムも掲載されている。
この高難易度ユニークモンスター『彼岸の将・アマツ』からも、とある武器がドロップするだろうと言われていた。その名は―――。