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プロローグ

冒険者。




誰しもが一度は夢見るのではないだろうか。




自分の足で、ひたすらに何処までも旅をする。

気ままに風の向くままに生きる者もいるだろうし、旅先で魔物や悪党と戦う事もあれば、人助けをする事もある。

生きる為に狩りをしたり、商いをすることもあるだろう。


それらの果てに、英雄になる者もいれば、商いが成功して大商人になることもあるだろう。

誰からも注目を浴びる狩人になるかもしれないし、未知の遺跡や新大陸を発見して歴史の先駆者になるかもしれない。



そんな、数多の夢を叶えることが出来るかもしれない。



それが冒険者。



誰しもが抱える夢を叶えるーーーー



「 は ず だ っ た の に ! ! ! 」



ダンッ、と勢いよく両手をカウンターに叩きつける若者。


「ねぇ、これ詐欺じゃない?魔物の強さの割に探すのすっげぇ苦労したんだけど、マジで?ねぇ???」


ギルドの受付を担当していた女性職員は少し困惑した顔で若者・・・新米であろう冒険者を宥めていた。



「ですから、最初から危険な依頼だと命を落とす危険性もあるから受けれる依頼にはランク別の制限があると・・・」


「 だ か ら っ て ! 」



受付嬢の言葉を遮るように再びカウンターを両手で叩きつけた。


「丸一日外で歩いて探し回ったっていうのに報酬がこんなんじゃそもそも生きていけないでしょうよ!これ!ねぇ!?」


冒険者の若者は手渡された報酬を掌に乗せてズイッと受付の職員へ近付けた。


「これっぽっちってさ!何が買えるんだよ!10円チョコも買えねーよ!そもそもここ異世界だったわ!!!駄菓子屋なかったわ!!!!」


カウンターをバシバシ両手で叩きながらこの世界の住人には訳の分からないことを喚く若者。


「流石におかしくね???某ファンタジーゲームでスライム一体倒してももっともらえるよ?ねぇ???」


なお、今回手渡された報酬は3イェン。正確には10円にすら達していない。


「ちっくしょうこの世界に来た時はうわやべぇ来たわこれゲーム知識で異世界無双とか思ってたのになんかしょっぱくない?」


興奮しているとはいえ、本来であれば聞かれていいことではないことまで口にしてしまっている気がしないでもない。


「じゅうえん?いせかい…?ゲーム……?」


言葉の意味が分からないのかキョトンとした顔をしていた受付嬢だったが。


「サチノさん!」


若者の一方的な暴走ともいえる言動に我慢の限界が訪れたのか、受付嬢が声を荒げて若者の名前を呼んだ。


「依頼受注時にも言いましたが、この国の通貨はイェンです!そして今日は冒険者として初めての活動なので、ギルドが用意した依頼を受けてもらうことになる、とも言いましたよね!?」


サチノと呼ばれた若者は驚いたような顔で固まっていた。


「…って、まさかその顔はちゃんと聞いてませんでしたね!?」


散々当たり散らされていた受付嬢は頬を膨らませて怒っていたが、やれやれと首を横に振ってから説明を始めた。


「依頼を受注された昨日にもお話しましたが、現在この国では冒険者という職業は異常といっていいほどに増えすぎています。」


それはそうだ。


同じ仕事をするなら夢のある仕事の方がいい。


「ただ、それと同じくらい年間の死者が最も多い職業も冒険者です。これには幾つかの理由がありますが、魔物と戦い命を落とす者、同じ人と戦い命を落とす者。」


冒険者と言う程だ。命の危険が伴うものだというのは皆、承知の上だろう。


「そして、お金が原因で冒険者を辞めてしまう方や死んでしまう方が最も多いんです。」


………?


魔物と戦ったり対人戦で命を落としてしまうというのはまだわかる。しかしお金が原因で死んでしまう、というのは一体どういうことなのか。


「お金が原因で……?」


サチノもやはりそこが気になるらしく、受付嬢に聞き返していた。


「はい。現状、冒険者の皆様は経済的にとても苦しい状況だと言わざるを得ません。」


皆が苦しい、とはどういうことか。


サチノは嫌な予感がするのを堪えながら受付嬢の言葉を待った。


「この大陸で魔物の主と呼ばれるSSランクの魔物が討伐されて以来、魔物による被害が大幅に減少しています。それによって討伐依頼が少なくなりつつあること。」


永い時を経てこの大陸の魔物を統率し人々を苦しめていたという強大な魔物がとある冒険者によって討伐され、魔物は統率を失い弱体化した為、各地にて一斉に大規模な魔物討伐が行われたのだとか。


そのおかげで、これまでに無かった平和な日々が今日まで続いているのだという。


しかし、魔物が大量に討伐された際、大量の素材が各都市に運び込まれた為、魔物の素材の価値は激減し、魔物を討伐してその素材を売り払い日々の生活資金を稼いでいた冒険者は徐々に生活苦に陥っていったという。


「お金がなければ自分達の装備を整えることも難しくなります。実際に死因の大半は装備品の不調や劣化によって戦闘中に武器が折れてしまいそのまま魔物にやられてしまう、と言った出来事が多かったそうです。」


そんなにも苦しいのかとサチノは表情を曇らせたが、同時に一つの疑問が生まれる。


「それでも冒険者の数が減らない、むしろ増えている理由って何があるんだ?」


それを聞かれ、受付嬢は少し困った顔をした後に苦笑した。


「それがですね、魔物の主は倒したものの、全ての魔物を生み出す王……つまり、魔王は未だ健在っていうことなんだそうです。」


つまり、今の時代に冒険者になる者はその大体が魔王を打ち倒すことを目標とする勇者志望、といったところなのだろうか。


「勇者……時代の英雄になりたいという人も今は増えたおかげで冒険者は頭数こそ多くなりましたが、未だ魔物を狩って生きて行こうとする人も多いんです。

魔物の素材の価値は大きく下がったとはいえ需要と供給が間に合ってない一部の魔物の素材は値が高くつくこともありますし、魔王がまだ健在である限り、魔物は生まれ続けますから。」


なるほど、とサチノは頷いた。


「サチノさんは言動から察するに、依頼の報酬や魔物の素材を売って生計を立てていくつもりなのだと思いましたが、現時点ではそれも難しいかと思います。」


受付嬢はカウンターから見える、依頼書が貼ってあるボードを指さした。


ボードの前にはたくさんの人が依頼を吟味しており、良い依頼ほど早くになくなっていくのだという。

現状、一応は平和な時代らしく成功報酬の多い依頼も少ない。


ギルドは朝早くから開いているので、より良い依頼を受けようとすれば朝早くから依頼を探さなければならないということになる。


「なによりもギルドランクが優先される為、現状では稼ぎも悪いと言わざるを得ません。」


ギルドの依頼にはランクによって受けれる依頼に制限が掛かっている。

高ランクになればなるほどより危険ではあるが良い報酬が提示される依頼を受けることが出来る。

また、ギルドからの心証がよかったり確かな実績のある冒険者には指定で依頼が来ることもあるのだとか。


「そっか、つまりなんにせよ稼ぐにはランクを上げなきゃ意味ないってことだよな。」


「そうなります。サチノさんはまだ駆け出しで、今回の依頼達成は確認したので明日からはFランクになります。」


Fランク。要するに今日はまだまともな冒険者ですらないってことだ。

そう言われれば報酬が3イェンだと言われても納得はいく。納得したくないが。

要するにサチノはまだ冒険者でもないということだ。


「あぁ、そう。明日から…そうか明日から。」


手続きに時間が掛かる、というのが明日からという理由らしい。

この依頼が終わったらすぐに次の依頼を受けて稼ぎまくるぜ!とか考えていたのに空回りに終わってしまった。

つまり今日はこの3イェンを握りしめて帰れ、ということだ。悲しいね。




________________________________





冒険者ギルドを出ると、入口のすぐ横に立っていた美しい女性に呼び止められた。


深い海のような色のストレートの長髪で、スタイルの良さや豊満なバストも魅力的だが、その瞳は薄い紫色をしており、不思議と魅入ってしまう。

黒のタイトなロングのワンピースドレスに同じく黒の丈の長いジャケットを羽織っている。



その女は見知った顔で、訳あって世話になっている…ならざるを得ない相手だった。


「初仕事、ご苦労様。今日の稼ぎはどんなものだったのかしら?」


ハイヒールが石畳の上をコツコツと音を鳴らして近づいてくる。


「……その、あれだよ。手続きに時間が掛かるからさ、本格的な活動は明日からって聞いたよ?」


ばつの悪そうなサチノに対し、遠慮なしに近づいてくる女はサチノの手の中にあった布袋をサチノから奪い取って中身を見て驚いた。


「なんですかこれ…?アナタ、私をからかっているのでしょうか?」


声を聴いただけで怒っているのが分かるようになってしまったのは付き合いがある故か。


「まぁ、そう言うなよ。明日からはもうちょっとマシになると思うからさ。たった3イェンなんてアンタももらってもしょうがないだろ?」


そう言ってとられた布袋を取り返そうとしたが、女はニヤリと薄ら笑いを浮かべてそれを懐に隠してしまった。


「そういう訳にはいきません。ようやくアナタもお金を稼げるようになったのです。これはその記念としてキッチリと回収させていただきます。」


そうして丸一日かけて手に入れた稼ぎも一瞬で0になり、ぐったりと項垂れる若い冒険者。


「では、今日はこれで帰ります。心配しなくても、アナタが借金を払い終わるまでは部屋も今まで通り貸してあげますよ。一日5イェンですけど。」


前言撤回。マイナスだった。悲しいね。


では、といって去っていく女が見えなくなってからサチノは地面に倒れ込むようにして両手を叩きつけた。


「ちっくしょおおおおお!!!!なんでだよっっ!オレには一銭も残らねぇのかよ!!!!」


悲しき新米冒険者サチノ、もとい、戦場 幸乃。


「見てろよッ!!!ぜってぇこの世界で自由に生きてやるからなぁぁぁぁぁ!!!!」




彼の物語は、総額二千万の借金返済を目指す話から始まる冒険譚だ。



残り借金総額【19999997イェン】。

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