94)巫女の資格
絶大な力を得る代わりに命を削ると言う“アクラスの秘石”を迷う事無く強く欲したティア……。
そのティアは秘石の話を持ち掛けた、クマリから正座させられ説教されていた。
「……そりゃ、この秘石の話を持ち掛けたのは私だけど……ティア、お前は状況を整理するとか、躊躇するとか、そんな思考は無いのかい!? 命を削るって言ってんだよ!?
それが、どんな事かも深く考えもせず……秘石を求めるなんて……。そんなアホ極まる残念思考だから……、ソーニャちゃんに乗せられ、クズ男に騙されるんだ! もっと踏み止まって考えろ!」
「ま、全く持って仰る通りです……。面目次第も御座いません……」
クマリに本気で説教されたティアは正座しながら涙目で謝罪した。
そんなティアの様子を見たクマリは溜息を付きながら諭した。
「ふぅ……まぁ……お前が焦る気持ちは分る……。“自分の所為だ”って自責の念と……遠ざかりつつあるレナン君を引き留めたい想い……。そんな想いにお前は……強く駆られるんだろうけど……。
でも、後先考えず命を削ると言う秘石を使えば……待っているのは、あっと言う間の破滅だ。
それも……レナン君を取り戻す前にな……。そんな事になった時……レナン君がどう思うか、私だって直ぐに分るぞ!」
「……は、はい……すいません……うぅ……グスッ……」
正座して小さくなっていたティアは、クマリの真っ当な叱責に、遂には泣き出した。
そんなティアに対し、クマリは話を続ける。
「……力を求め、利用するのは構わない……だがお前は、もっと考えるべきだ……。それがどういうモノで……自分の命を預けるに値するかを……。
お前は今日出会ったばかりの私を知りもせず、話を鵜呑みして秘石を求めたが……。それではダメだ。強くになるには……もっと慎重に狡猾に考えるべきだ」
「は、はい! クマリさん……い、いえ! し、師匠!」
「…………」
ティアはクマリの話を真剣に聞いた後に、彼女の事を師匠と呼び直した。
そんなティアにクマリは黙って頷いた後、続けて話した。
「ふん……師匠か……生まれて初めて……他人に言われたが……不思議な感じだな……だが、受け入れられない事じゃない……。ティア……お前には教えておこう……。私の正体を……」
そう言った後、クマリは自分の顔を隠していた、ひびの入った仮面をそっと外した。
――その素顔を見たティアは……。
「……え? 赤毛でオカッパ……な、何……この可愛い生き物!?」
“ジャキン!”
「あ? 今、何て言った、小娘? バラバラになりたいか?」
可愛らしい少女の姿を見せたクマリに対しティアは大興奮で燥いだが……。
容姿について触れて欲しくないクマリは、隠していた鉤爪をチラつかせながらティアにドスを効かせて脅した。
「ひ、ひぃ! 調子に乗りました! す、すいません!」
「ふん……分りゃ良いさ……、お前はアホで残念な子だから、一応言って置くが、この私は亜人……。
長耳族って種族だ。容姿が幼く見えるのは、その所為だよ。私の実年齢は秘密だが、お前の父親よりずっと……年上さ」
「し、信じられません……、どう見たって……私より、年下に見えます……」
正体を明かしたクマリに対し、ティアは驚きを隠せず呟いた。
対してクマリは静かに話しを続ける。
「……お前に正体を明かしたのは……この“アクラスの秘石”を手に入れた経緯を、説明する為だ。私の話を聞いて、お前自身がその秘石をどうするか……良く考えろ」
「は、はい……。師匠……」
「……それでは、話を続けるぞ……。私が冒険者として生きて来たのは……」
ティアの返事を聞いたクマリは自分がどうして冒険者になったのかを説明し始めた……。
最初は亜人として王国内の自治区で暮らしていた事……。生きる糧を得る為に冒険者の道を選んだが、亜人として才覚を発揮して特級冒険者まで上り詰めた事……。
特級冒険者に上り詰めた後、目標を失った為に空虚感に支配された事……。世界中を廻り自分の居場所を探した事……。
旅の途中に滞在したギナル皇国に居た事等々をクマリはティアに話した。
「……そんな訳で、私は世界中を廻った……。そしてギナルに居た時に、依頼で皇国軍に追われていた若い夫婦を助けたんだ。
……男の方が元将校でさ、自分の嫁さんに“秘石”を埋め込む様、上層部から命じられたんだけど……男は嫁さんを連れて逃げ出したのさ……。
そん時、私は依頼されてソイツ等を助けて、ギナル皇国から連れ出したんだ。……その際にこの“秘石”を貰ったって訳さ……」
クマリの話を聞いていたティアは問い返した。
「……どうして……その二人は逃げ出したんですか……?」
「……ああ、今説明するよ。ギナル皇国は……“白き神”とか言うヤバい奴に支配されてる……。
その、白き神は“神”って言うだけあって凄い力を持ってるらしい……、でも、それだけじゃ無く……摩訶不思議な魔道具やカラクリを作り出すんだとさ……。
この“アクラスの秘石”は……その神とやらが大量にばら撒いて、ギナル皇国軍に命じて沢山の女に……埋め込んだそうだ。
“秘石”を埋め込まれた女は……物凄い力を発揮したが……過酷な実験を強いられた挙句……全員、死んでしまった……。
この“秘石”を譲った元将校の男は、自分の嫁さんを守る為に……軍を出し抜いて2人で逃亡したって訳さ」
クマリの言葉にティアは驚きながら呟いた。
「そんな事が……」
対してクマリは説明を続けた。
「……その男は元将校らしく“秘石”について色々知っていた。ソイツが言うには白き神って奴にばら撒かれた、この秘石は……本物じゃ無くて……模造品って話だ……。
その神とやらは、本物の“アクラスの秘石”を作る為に実験を繰り返してたらしいんだ。
夥しい数の女が死んだ後……目的を果たした為か……、その神って奴は突如、実験を止めて“秘石”を全て回収させた。
……だから……私の手元にある“この秘石”が現存する最後の一つと言う訳さ……」
クマリの話を聞いて、ティアは疑問に思った事を尋ねた。
「……し、師匠……白き神って……」
「ああ、うちの“白き勇者様”と似てるだろう……? 偶然とは思えなくてね……、それで私は巨獣討伐の後……改めてギナル皇国に忍び込んだ……。だけど……その神とやらは遠くに去った後だった……。
結局、レナン君と……その神との関係は分らず仕舞いさ……。でも……忍び込んだ際に色々聞いた話じゃ……その“白き神”って奴は……銀髪に白い肌……そして紅い目をしているらしい……」
クマリの話を聞いたティアは驚き呟いた。
「……銀髪に白い肌、紅い目……? それってレナンと……同じ……?」
「ああ……気になるだろう? ティア……レナン君とお前が出会った時の話を教えてくれないか?」
「え? は、はい……それじゃ……話します……。
……私がレナンと最初に出会ったのは……私の実家に有る“箱庭”と呼んでいた温室で……」
クマリに問われたティアは彼女にレナンと出会った経緯を説明した。
「……その銀髪の綺麗な人はエンリさんって名乗っていました……。彼女を看取った父の話じゃ……エンリさんと、レナンは異界の民じゃないかって……。
でも私は……エンリさんにレナンを守るって約束したんです……。それから私とレナンは姉弟となって長く過ごしてたんだけど……近くの村を襲った龍をレナンが退治して……その後、私は……」
ティアはクマリに話す内に、叉も自分が仕出かした事を思い出し、どんどんと声が小さくなってしまった。
故郷の“箱庭”で今は亡きエンリと交わした約束を、自らの愚かさから破った事を深く悔やんでいたのだ。
クマリはそんなティアの様子を見て溜息を付きながら答えた。
「ふぅ……もう良いよ、ティア……。お前の話から考えると……レナン君と、そのエンリって人は……ギナルに居座る“白き神”って奴と……無関係じゃ無さそうだな……。
それで……話を元に戻すが……巡り巡って、私の手元に有る……この“アクラスの秘石”……最初は私が付けようと思ったんだ。
マリちゃんやレナン君に届く為には、この秘石で強くなるしかないってね……。
だが、レナン君にお前の事を聞き……そして、今日お前と出会い……お前と話して……私は改めて思った。この“アクラスの秘石”は私には手にする資格が無いって……。
“秘石”については私が知っている経緯は話した。それで……改めて問うぞ、ティア……。
お前は……命を削ると言う、この“秘石”を……受け取る覚悟はあるか?」
クマリは此処まで話してジッとティアの瞳を見つめた。
対してティアは目に涙を溜めながら力強く言い放った。
「師匠の話を聞いて……強く確信しました……。
その秘石は……模造品かも知れないけど……命を削るかも知れないけど……それでも……レナンの居た世界、いえ……レナンと……繋がる切っ掛けになると思います。
だからこそ……私が“秘石”を受け継ぎます。……あのエンリさんとの約束……今度こそ果たす為にも!」
そう言い放ったティアに対し、クマリは優しく微笑んで、そっと“秘石”を渡すのであった。
いつも読んで頂き有難うございます!
追)一部見直しました!
追)冒険者のクラス見直しました!
追)記入ミスの為 一部見直しました!