92)師匠
クマリとティアとの戦いが終わった後……、呑気な態度のクマリに対し、リナ達は大声で噛みついていた。
「……ティアちゃんをアジトに連れてくよ。中途半端な治療では却って後でぶり返すからねー」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ! 治療ならこの家でやればいいだろ!?」
「そうです! アジトって、ティアちゃんを何処に連れてく気なんです!?」
気絶したままのティアを見て、クマリはさも当然の様に話す。
ティアはジョゼから回復魔法で治療を受けたものの、ジョゼのエーテルに限界により、治療は途中で終わっていた。
その為、ティアは背中の火傷は大方癒えたが、体中傷だらけだったのだ。
その様子を見たクマリがアジトに連れて行くと言い出したのだが……。
対してリナとジョゼは一斉に反対した。
彼女達からすればティアが大怪我をしたのはクマリが勝負を持ち掛けたからだ。その為にクマリの言う事は信用ならなかった。
「……この別宅は、数ある拠点の一つさ……。私は冒険者になって長くてね……。
商売上、恨みを買う事も有る。まぁ、他にも理由は有るけど……寝床は多い方が都合良いんだよ。 ……とにかく今から連れてく所ならティアちゃんの怪我をきちんと治せる。だからそこに連れてくよ」
クマリはそう言って気絶したティアを抱える。その様子を見たリナが大声で叫んだ。
「アンタ! ティアを放せ!」
「取って喰いやしないよ……。とにかく、この子の事は任しな。ちゃんと怪我直して送り届けるからさー。脳筋ライラちゃんにも、そう伝えて置いて!」
クマリはリナ達に言い放った後、ティアを抱えて風の様に飛び去ってしまった。
◇ ◇ ◇
「……う、うぅん……は!? こ、此処は!?」
あの戦いの後、気力を使い果たして気絶していたティアは漸く目を覚ます。
目が覚めたティアが周囲を見渡すと、粗末な丸太小屋の中に自分が居る事に気が付いた。
そして……自分の様子を見遣ると……上の服が、無い。そして下半身も下着だけの姿になっていたのだ!
自分がほぼ全裸である事に気が付いたティアは驚いて叫び声を上げた。
「キ、キィイヤアアアァ!!」
「うるさいよ! 此処には女しか居ないんだ、バカみたいに騒ぐな」
服が無い事で騒いだティアの背後で、クマリの声が響いた。
クマリは呆れた口調で、シーツを取りティアに掛けてやりながら、彼女の前に座った。
「……よっこいせ……、安心しな、裸にひん剥いたのは私だよ。君の背中は酷い火傷を負っていたんだ。その他、体も傷だらけ……だから、私が秘薬を塗って……その上で、回復魔法を掛け続けてやったのさ! そのお蔭で……傷痕、残ってないだろう?」
「……ほ、ほんとだ……。あ、有難う……クマリさん……」
クマリの言葉を受けたティアは自分の手足を見て彼女に礼を言った。
自分に向かって魔法を放って地面に転がされた際、ティアの両手足は酷い擦過傷を負っていたが、今はその痕跡すら見当たらない位綺麗に完治していた。
「……礼には及ばないよ……、どうしてもって言うなら、最後まで君を案じていた……お友達二人に言うんだな」
「は、はい……必ずそうします……。所で……、此処は何処ですか? あの別宅とは違う様な……」
「……外を見てみな……」
「は、はい……!! ここは!?」
クマリに促されるまま、ティアは窓の外を見て驚いた。
ティアが居る丸太小屋は大きな木の上に建てられていたのだ。
「面白いだろ……此処はね……王都から離れた森の中に在るのさ……。私はあちこちにこうした拠点を持っていてね……此処はその一つだよ……。
この小屋は葉が生い茂った高い木の上に建てられていてね……下からは見えない。だから安全って訳だ……。まぁ、そんな話はどうでも良い……、ティアちゃん、私は君に謝ろうと思ってね」
「……私にですか……?」
「ああ、私は……君を誤解してたよ……。さっきの戦い……偶然とは言え、まさか……この私に一本取るとはね……、ティアちゃん……君があそこまで粘るとは思わなかった……。
君の覚悟と決意……確かに本物だった。それを認めた上で、君に謝罪する。君を愚弄して悪かったよ……」
ティアが示した命懸けの戦いを経て、クマリは彼女を認めた様だ。
そんなクマリの謝罪を受け、ティアが自分の気持ちを伝える。
「……確かに私は……貴女に一本を取りました。殆ど、破れかぶれの思い付きだったけど……、最後に木剣が当たったのは唯の偶然だったかも知れないけど……。
それでも強い貴女に……ほんの少し……届きました。だから、クマリさん……約束を守って下さい。私の言う事を何でも聞くと言う約束を……」
「ああ、良いよ! 私も君自身に興味が湧いている所だ。ティアちゃんの望みを言ってみな?」
ティアの言葉に、クマリは意外にも快諾した。そこでティアは遠慮なく自分の気持ちを伝えた。
「それじゃ……クマリさん! どうか私に……戦い方を教えて下さい! クマリさんの言う通り、私は弱い……今のままじゃ……多分ダメだと思う……だから……!」
「……それは……私の弟子になるって事……?」
「は、はい! お願いします!」
ティアの願いはクマリに自分の師匠となって欲しいと言う事だった。
「……ティアちゃん……君の実力は、私の見立てでは……3級冒険者の中の下……。お世辞にも強いとは思えない……。そんな君が私より強い、マリちゃんやレナン君に迫ろうなんて……私が君を鍛えた所で、絶対無理だ」
「……それでも……それでもお願いします! 可能性は限りなく低いかも知れない! だけど……だからと言って何もしないのは嫌なの!」
クマリはティアの要望を踏まえた上で、事実を伝えた。しかしティアは譲らず自分の気持ちを伝えた。対してクマリは……。
「……良いだろう……君ならそう言うと思ったよ。弟子なんて取った事無いけど……君なら良いよ。ティア、君を教える事はやってやる。何でも言う事聞くって約束だったしね」
「あ、有難う御座います!!」
「だけど……それだけじゃダメだ。さっきも言ったけど……私が君を教えた所で……たかが知れてる……上手くいって2級の冒険者になれるかどうかって所だろう。普通のやり方じゃあね……」
「? ……普通の……やり方、ってどう言う意味ですか……?」
クマリはティアの師になる事は認めてくれたが、それだけではダメだと言う。
それ以外の方法が有る様な言い方をした、クマリにティアは問い返した。
「……言葉通りの意味さ……。此処で改めてティアちゃん……君の覚悟を問おう……。
レナン君を取り戻す為……君は強くなりたいと言った……。その為には何でもする覚悟は有るかい?」
「はい!」
クマリの問いに、ティアは一秒も掛からず即答した。
「まぁ、愚問だったか……私に決意を示す為、魔法を自分に向けて放つ様な馬鹿だからね……。そんな猪突猛進の残念思考だから、悪い男に騙されるんだよ?」
「うぐ、す……すいません……」
クマリの突込みに、ティアは消え入りそうな声で謝罪した。その様子を見たクマリは可笑しそうな様子で応える。
「ハハハ……流石に自覚したか。……ふぅ、此処で話を戻すよ。王命でマリちゃんの婚約者となったレナン君を取り戻す……。
その為に君はレナン君より強くなるって事だけど……これは生半可な覚悟では出来ない。それこそ……“人間で有る事”を捨てる位でないと……。それでも……君はやる?」
クマリは楽しげな口調から、声を低くして真剣な様子で“恐ろしい事”をティアに問うのであった……。
いつも読んで頂き有難う御座います!
追)一部見直しました!