91)執念の一撃
何とか立ち上がったティアは震える手で木剣を構える。その整った可愛い顔はあちこちから出血し、アザが出来て本当に酷い状態だ。
対してクマリは自分の得物である鉤爪を用いず無手で構える。
彼女は無手でも心得が有る様だ。何の気負いも無く立つその姿は、隙が無く特級冒険者としての実力と経験を感じさせられた。
ティアはそんなクマリの様子を見て、思わずツバを飲み込む。
相手の実力と、今から自分がやろうとしている事の無謀さを考えると緊張せざるを得なかった。
(……だけど……やるしか無い!)
意を決したティアは目を見開き呪文の詠唱を始める。ティアが唯一攻撃魔法で扱う事が出来る火炎の魔法を……。
「い、行くよ! “原初の炎よ 集いて我が敵を……」
ティアが火炎魔法の詠唱を始めた事を見て、クマリはガッカリしながら呟いたが……。
「……何だよ……何をするかと思えば……唯の火炎魔法じゃないか……。そんなの簡単に躱せるよ……でも……あれ? 放つ方向……おかしくない?」
クマリはティアの様子がおかしい事に気が付いた。
ティアは左手を後ろに向けながら魔法の詠唱を行っている。
右手は木剣をしかっりと握り締め、血だらけの顔には強い意志を湛えた瞳が真っ直ぐクマリを見つめていた。
――クマリが戸惑う間にティアは詠唱を終え、魔法を発動させた。
「……打ち砕け!” 火砕!」
“バガン!”
ティアが唱えたのは下級火炎魔法の“火砕”だ。火砕は炎と共に爆発を起こす魔法だ。
アルテリアに行ったソーニャがティアの自室扉を打ち砕いたのもこの魔法である。
下級火炎魔法の“火砕”はティアの後方に向けられ放たれた。
その爆発力でティアの体は前方に、つまりクマリが居る方に吹き飛ばされた。
“ブオン”
「う、うぐ!!」
背後からの爆発力はティアの背中に刺す様な痛みを与えた。
彼女の細い体にも容赦なく傷を与えたがティアは木剣を放さず、爆発力によってクマリに体当たりする目論見だった。
ティアとクマリの距離も近かった事も有り、爆風で吹き飛ばされたティアの体当たりの速度は凄まじく、流石のクマリも慌てる。
「ちぃ!」
クマリは悪態を付きながらも、自らの得意魔法である風魔法を肉体に付与させ、驚異的な身体能力を発揮し、ティアの体当たりを回避した。
吹き飛ばされたティアはクマリが回避した事で派手に地面に転がった。
“ズザァ!!”
持っていた木剣は衝撃で右手から離れ、クルクルと舞い落ちて地面に突き刺さってしまう。
“ザシュ!”
「ガ、ガハァ!! 」
爆発のダメージでティアの体には甚大なダメージを負ってしまった。
ティアは血反吐を吐いて横たわりそのまま動かなくなる。
下級とは言えドアを吹き飛ばす程の破壊力を持つ“火砕”を間近で放ったのだ。
“火砕”の火力でティアの背中は火傷を負い、爆発の衝撃と地面に派手に転がった事より、ティアの体は傷だらけになった。
「ティア!!」
「ティアちゃん!!」
その様子にティアの戦いを見ていたリナとジョゼが慌てて駆け寄る。
「ジョゼ! 回復魔法使えたよな!?」
「う、うん! やってみる!」
貴族の子女として教育を受けているお蔭でリナ達はある程度の魔法が扱える。
二人の内、回復魔法が得意なジョゼが、ティアの傷付いた体に手を伸ばしながら目を瞑り回復魔法を施した。
「大地と空より与えられし生命の光よ、彼の者を満たし救いたまえ……“癒しの光”」
「うぐ……はぁ、はぁ……」
ジョゼの回復魔法により、気を失っていたティアは目が覚めた様だが、痛みの所為か息が荒く起き上がる事が出来ない。
右手を投げ出した状態でティアはうつ伏せに倒れたままだった。
そんな彼女の背中の火傷をジョゼ達が必死に治療している姿を見ながらクマリはティアに近付き、驚いた様子で声を掛けた。
「……正直……見くびっていた……。まさか……自分に火炎魔法を放って……攻撃して来るとは……流石の私も、焦ったよ……」
「……アンタ……」
「…………」
クマリの言葉にリナとジョゼは彼女を睨み付ける。
ティアに“手出し無用”と止められていなければ、リナ達はクマリに掴み掛かっていただろう。
そんな中、傷が少し癒えて話せるようになったティアが何かを呟いた。
「……あぐ! ……よ ハァハァ……」
意識を取り戻して息も絶え絶えに何かを呟くティアを見てクマリは彼女に話し掛ける。
「ティアちゃん……君には驚かされたよ……あんな作戦に出るなんてね……、私には通用しなかったけど……少し見直し……うん? さっきから何……ボソボソ言ってんの……?」
クマリの声にもティアは反応せず、這い蹲ったまま一点を見つめ、何かを呟いている。
その様子が気になったクマリは彼女に近付き何を言っているのか聞いた。すると……。
「……うぅ……しょ、勝負は……ハァハァ……まだ……! “げ、原初の炎よ 集いて あぐ! わ、我が敵を……」
ティアは虚ろな目で有る一点を見つめて火炎の呪文を呟いていた。
クマリは嫌な予感がしてティアの視線の先を見ると――そこには突き刺さった木剣が有る。
「ま、まさか!!」
クマリはティアの狙いが分り身を翻そうとしたが、足が何かに捕まって動かない。
クマリはギョッとして足元を見ると、ティアが這い蹲ったまま左手でクマリの足を掴んでいた。
「……打ち砕け!” 火砕!」
クマリはティアの狙いが分り彼女によって掴まれた足を振り解こうとしている間に、ティアは詠唱を終えた。
ティアが伸ばしている右手の先に火炎が集まり、音より早く撃ち出され木剣が刺さっている地面に命中して炸裂した。
“バガン!”
炸裂した火炎魔法により刺さっていた木剣は爆風により、奇跡的にクマリの方に向かって飛んで……。
――クマリの顔面に命中した……。
◇ ◇ ◇
ティアの捨て身と奇抜な作戦により、一撃を喰らったクマリは木剣によりひび割れた仮面を気にしながら、素直にティアを褒め称える。
「……やられたよ……私の負けだ……。ティアちゃん……君は凄い……。
何がって言えば……君はレナン君やマリちゃん達の様に大した能力も、頭脳も、経験も無い……。だけど……素直に認めるよ……その決意と覚悟は本物だ……君を馬鹿にした事は謝罪する」
「…………」
クマリはティアに向かって手放しに称賛したが、当の彼女から返答は無い。
何故ならティアは激しい戦いの後、気絶し意識を失っていたからだ。
その様子を見ながらクマリは先程のティアの戦いを振り返っていた。
(……最後の木剣は……唯の偶然で、私に当たっただけ……。だけど……)
ティアは最初の捨て身攻撃が躱された際に、次の手を考えた。
もはや動けない自分……。その自分に出来る事は魔法を唱える事だった。
そこに勝利を確信したクマリが自分の元に近付いてきた。彼女のすぐ後ろには木剣が刺さっている。
魔法を直接当てる事は、素早いクマリには通用しないと考えたティアは、地面に刺さった木剣を見て考えた。
”魔法が炸裂する場所を上手くすれば、吹き飛ぶ木剣でクマリを狙えるかも……”、そう判断したティアは迷わず行動に移したのだ。
クマリは戦いを振り返った後、自分の心の中から有る期待感が沸々と湧き出てくるのを感じていた。
(木剣が当たったのは偶然……だけど……そこに至るまでの執念が凄い……。
確かに、この子には……大した力も、知恵も無いけど……“本気”である事は伝わった……。
この子なら……あの“秘石”を与えれば……“化ける”かも……。そうすれば……マリちゃんやレナン君に届くかも知れない……。
その時、あの二人は……どんな顔をするだろうか? フフフ……これは……凄く、面白そうな事が始まりそうだ!!)
クマリは足元で眠るティアを見ながら、自分でも説明出来ないが、新しい何かが起きる予感を感じ胸が躍るのであった。
いつも読んで頂き有難う御座います!
追)一部見直しました!