87)危険な誘い
漸く会えたレナンから引き裂かれるような思いでレナンから離れるティア。彼から離れたティアを見てソーニャは満足そうに話す。
「……分って頂ければ良いのです、ティア。……そうそう、私は貴女を王城にお招きしたいと考えています。貴女はレナンお兄様に取って“姉”……。と言う事は、やがて正式にご結婚されるマリアベルお姉様や妹である私と、貴女は姉妹となる訳ですから……。
過去の経緯はどう有れ“仲良く”したいと考えておりますので……どうか、私達が共に住む王城へ是非いらして下さい。マリアベルお姉様とレナンお兄様と一緒にお待ちしていますわ」
「…………」
ソーニャは朗らかにティアに話したが、対するティアは腹立たしくて、憎らしい思いで胸が一杯になった。
ソーニャ達が、当然の様にレナンの横に居座っている事が受け入れられなかったのだ。
ソーニャの挑発する様な、誘いの言葉にティアは怒りで震えていたが心配そうなレナンの視線に気が付き、自分に対して怒りと憎しみの激情を抑えつけ、震える声で何とかソーニャに答えた。
「……せ、せっかくの御招待だけど……、え、遠慮させて頂くわ。レナンだけなら行かせて貰うけど」
ティアは震える声で、何とか意地を見せて断った。対してソーニャは残念そうに答える。
「あらあら……残念ね……折角、レナンお兄様とマリアベルお姉様のこれからを祝って頂きたかったのに……。まぁ、気が変わったら何時でもいらしてね……。それじゃ、レナンお兄様、帰りましょうか?」
「……ああ」
ソーニャに促され、レナンは静かに席を立った。そしてティア達に別れを言う。
「……リナさん、ジョゼさん、今日は本当に有難う。それからティアの事これからも宜しくお願いします……。ティア今日は帰るけど……また学校でね。それじゃ」
レナンの静かな別れの言葉に、ティアは何も言えず精一杯の作り笑顔で、彼に小さく手を振るだけだった。
声を出せばきっと泣いてしまう……。それが分っていたティアは其れだけの事しか出来なかったのだ。
ソーニャとレナンが去った後、ティアは暫く動けなかった。
去って行くレナンを引き留める事が出来ない現実に打ちのめされていたのだ。
東屋の椅子で涙を溜め無言で俯くティアに対し、横に居たリナやジョゼが心配して声を掛ける。
「お、おい……大丈夫か? ティア……」
「……ティアちゃん……辛かったね……」
心配する二人にティアは気を取り直し礼を言った。
「……グスッ……あ、有難う……二人とも……もう……大丈夫だよ……」
そう言ってティアは何とか立ち上った。これ以上、リナやジョゼに心配させる訳に行かないからだ。
ティアは涙を堪えながら話した。
「リナ、ジョゼ……私、ライラと会いたいから……もう行くね……。今日は有難う……」
ティアは二人に別れを言って彼女達の元を去った。その後ろ姿は力無く何時もより小さく見えた。
その姿を見て思わずジョゼがティアを追い掛け、そんなジョゼを見ながらリナは溜息を付いて彼女の後を追うのだった……。
◇ ◇ ◇
結局学園を出てライラの元に向かおうとするティアに、無理やり付き合う事にしたリナとジョゼ。
ティア達はライラと会う為、王都の路地裏を歩いていた。
ティアは普段は学生寮に住んでいる為、学園に居るがライラは学園から程近い宿屋に宿泊している。
用事が有る時はライラの方から学園の元に向かう事になっていた。
しかし今日は会う約束は交わしておらず、ティアの方からライラに会いたいと言う。
突然ライラに会いたいと言ったティアに対し、リナが歩きながらその理由を問うた。
「ティア、ライラさん所に行くって……何か有ったのか?」
「……レナンに出会えた事……ライラに伝えた方が……良いかなって……」
「……そうか……」
「ティアちゃん……」
ティアはリナの問いに沈んだ声で答えた。
リナとジョゼは酷く落ち込んだ様子のティアに対し小さく声を掛けるしか出来なかった。
ティアは歩きながら、今日の出来事を振り返っていた。
漸く出会う事が出来たレナン……。
彼は一方的に別れを告げたティアに対し、以前と変わらずに接してくれた。
その事がとても嬉しく、そして悲しかった。
騙されたとは言え、レナンとの婚約を一方的に破棄したティアに対し、何も変わらず優しく穏やかに接してくれるレナン。
その事が涙が出る程嬉しかったが、同時にその彼に以前と同じ様に接する事が出来なくなった事を深く悲しんだのだ。
そして……その全てが自分の愚かな判断による事だ、と言う事実によりティアは堪らない程に自己嫌悪に陥り、深く落ち込んだのだ。
折角こんな自分を案じてリナやジョゼが付き添って貰っていると言うのに、彼女達に明るく接する事も今日は出来そうに無かった。
「「「…………」」」
無言で歩いたティア達3人はやがて、目的のライラが泊まっている宿屋に辿り着いた。
“木漏れ日亭”と名付けられたその宿屋は朗らかで気の良い女将が切り盛りしていた。
女将の家庭料理と適正な宿料も十分な魅力だった。それと女将の旦那が宿屋と2級冒険者を兼務している事も有り、冒険者を中心に評価が高い宿でもある。
そんな“木漏れ日亭”の中にティア達が入ると、女将の一人娘で受付嬢のシアが元気良く出迎えた。
「いらっしゃーい! うん? ティアちゃん達、ようこそ!」
シアはティアと年齢が変わらない為か、ライラが連れ添うティア達とは気さくに話し合う仲だった。
「……うん……シアちゃん、こんにちは。……今日はライラに会いに来たんだけど……呼んで貰えないかな?」
「そうだったんだ……。でも残念……ライラさんなら急に呼び出されて出掛けたみたいなんだ……」
シアの回答を聞いたティアは不思議に思った。
アルテリアの騎士であるライラはフェルディの件とレナンとの別れが有ってから、ティアの父トルスティンが彼女の心身を案じてティアが居る王都へ派遣されていた。
そんなライラがティアに声を掛けずに出かける事に何か違和感を感じたのだ。
なお、ティアの友人である冒険者のバルドとミミリも、ライラ同様にティアの為にアルテリアから来ている。
もっとも、バルドとミミリは今日はトルスティンの調査依頼により遠方に出ていた。
急に居なくなったライラに違和感を感じたティアは受付嬢のシアに問う。
「……シアちゃん……ライラは何処に行ったか分る?」
「うーん、誰かに呼ばれたみたいだったけど……。そうだ、お母さんなら、知ってると思うよ! お母さーん、ちょっといい?」
ティアに問われたシアは女将である母を呼びに行った。
呼ばれて出てきたシアの母親は苦笑しながら厨房から出てきた。どうやら客に出す夕飯の準備をしていた様だ。
「何よ、大きな声でみっともない! あら? これはティアちゃん達、いらっしゃい! 丁度良かった! ティアちゃんが来たら、これを渡す様に頼まれていたの」
そう言って女将はエプロンのポケットから紙切れをティアに渡す。
「?……これは……ライラからですか?」
「いや、違うよ。黒いローブを被ったクマリって子からだ。何か良く分らないけど……ライラちゃんはクマリと共に、そこに書いてある場所に居るらしいわ。そこでティアちゃんが来るのを待っているらしいの」
「クマリ……?」
女将が言ったその名にティアは何かを感じて呟いた。上手くは言えないが運命的な予感を感じたのだ。
こうしてティアは危険な特級冒険者であるクマリに会いに行く事となったのであった。
いつも読んで頂き有難う御座います!
追)一部見直しました。
追)冒険者のクラス見直しました!
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