86)届かぬ想い
「き、君は! あの白き勇者なの!?」
「覚えてますか!? 凱旋パレードで握手して貰ったのを!」
「山くらい大きな魔獣やっつけたって本当!?」
クラスメイト達はレナンが挨拶した後、待ちに待ったカのように矢継ぎ早に質問を投げ掛ける。
これにはレナンも戸惑い愛想笑いして、立ち尽くすばかりだ。そんなレナンの様子を見てソーニャが割って入った。
「皆さん! 落ち着いて下さい! その様に一度に質問されては、レナンお兄様も困ってしまいますわ! 何よりレナンお兄様は王命を拝して任務に就かれる身。
秘匿次項に関わる為、多くの事を話す事は出来ません! もう始業時間は過ぎておりますので、後日私の方から質問に答えさせて頂きます!」
「えー!! そんなの酷いよ!」
「でも、王命って事は本物なんだ!」
「すっげぇよ! 本物かよ!」
群がったクラスメイト達はソーニャの言葉を受けて残念そうな声を上げたが、レナンが本物の白き勇者で有る事が分り、一応の納得はした様で席に戻って行く。
その様子を見て教師のユニが改めて授業を開始するのであった。
その後、授業が終わり休憩時間になると、レナンの周りにクラスメイト達が集まり、質問攻めにしたが、すかさずソーニャが割って入り対応した。
そんな事を繰り返し、あっという間に放課後となった。
そしてレナンとティアは裏庭の休憩所に居た。そこは古い東屋の様な造りになっており、四方の壁が無い3畳位の小さな建屋に壁に沿って椅子が配置されている。
そこに居るのはティアとレナンだけでは無い。レナンの横にはソーニャが座り、彼の前に座るティアの横にはリナとジョゼが同席していた。
「……改めてティア……。再会出来て嬉しいよ……。それとリナさんとジョゼさん……こうして会うのは初めてだけど、貴女達の事はティアの手紙で良く知ってる。いつもティアに良くしてくれて有難う」
「レ、レナン……グズッ……うぅ」
席に座ったレナンが先ず、ティア達に話し掛けた。この時点でティアは既に涙が溢れ声にならない。
泣いてしまって話が続けられないティアの代わりに横に居たリナとジョゼがレナンに話し掛ける。
「初めましてだな、レナン……って言っていいかな? やっと会う事が出来たな。タイミング的にちょっと遅すぎた感じがするけど……。君の事はティアから嫌と言うほど聞かされている。改めて宜しくな」
「は、初めまして、レ、レナン君! いつもリース姉様がお世話になっています。それと……今回の事は本当にご免なさい。此処に居ないリース姉様の代わりに謝らせて……」
ジョゼの話が終わった所で、ソーニャがレナンに補足する。
「……レナンお兄様……そこに居るジョゼさんは、我が白騎士隊に所属するリースの従妹に当たります……。それとジョゼさん、一言、言わせて頂きますが……レナンお兄様の件は王命に依る事柄……。謝罪を受ける覚えは有りません。
それに……大変言い難いのですが、元はと言えば王命に反したトルスティン卿の件が事の発端ですわ。その点をお忘れなく」
ソーニャの言葉が終わった途端、正義感の強いリナが立ち上がって猛然とソーニャに反論した。
「お前! あれだけの事をティアにしといて! それに分ってるのか! お前達の所為でティアとレナンは別れる事になったんだぞ!」
ソーニャを責めるリナだったが、対してソーニャは涼しい顏で淡々と答えた。
「……確かに切っ掛けは私の囁きだったかも分りません。
……しかし、この結末を選んだのは他ならぬティアです。それに私はレナンお兄様が、我々の元に来て頂いて正解だったと確信しています。
レナンお兄様は、この夏の間に2回……、このロデリア王国を救って下さいました。
リナさん、貴女は私達を責めましたが……仮にレナンお兄様が私達と共に居なければ、王国に迫った危機を防げなかったでしょう。
リナさん……貴女がこうしてこの学園で過ごせるのも……私達の判断の結果ですよ?」
「だとしても!他にやり方が有っただろう! あんな強引な方法じゃ無くたって……」
「そうさせたのは、ティアのお父上のトルスティン卿の謀反が原因です。彼が王命に従っていれば別な道も有ったかも知れません」
リナとソーニャは一歩も引かず言い合っている。そこにレナンは静かに話し出す。
「……リナさん……。僕と……ティアの為に怒ってくれて……。本当に有難う。
ソーニャ達がティアを酷い目に合わせた事は許せないし、受け入れられないけど……ソーニャが言っている事も全てが間違っていない、と思う。
だから……僕は……戦うよ。僕に出来る事が有るのなら……、それが戦う事だと言うのなら……、このロデリアと……故郷の皆、そして……ティアの為に戦い続ける」
「「「…………」」」
レナンの言葉を受け、リナ達は沈黙したが突然ティアが立ち上がり、目の前に居たレナンを抱き締め泣きながら謝罪した。
「レナン!! ゴ、ゴメン……うう、本当に……うぐ……わ、私の……私の所為で……うううぅ!」
ティアはレナンの胸に顔を埋めて泣いた。対してレナンはそっと彼女の背を撫でて涙ぐみながら静かに語る。
「……いいや、ティアは何も悪くないよ……。それより辛い思いを沢山して……大変だったね……。でも……そんな時に君の傍に居られ無くて……、僕の方こそごめん……」
「レナン! レナン! うぐ、ううぅ……うあああああぁ!」
ティアに静かに語りかけるレナン……。それは、ティアが当たり前の様に感じていた彼の優しく穏やかな姿だった。
長く傍に居すぎて当たり前の様に感じてしまった彼のこの態度。
ティアがどんな我儘や無理難題を言ってもレナンは笑って答えてくれた。
その陽だまりの様な暖かさを改めて思い出すと同時に、如何に彼が自分にとって大切であるかを噛みしめていた。
兄のエミルに対する気持ちとは明らかに違う、この想い。フェルディに向けていた浮ついた感情でも無い、魂の底から湧きあがるこの想い……。
自分でも説明出来ない、この強い想いにティアは戸惑いながらも、今更ながらに絶対に手放したくないと感じていた。
同時にそのレナンと自らの手で別れてしまった事が悔しくて情けなかった。
レナンと漸く会えた嬉しさと、彼に対して感じている強い愛情。
そして自らの愚かさに対する後悔と怒り。そして彼が背負ってしまった苦しみと悲しみに対する焦燥と憐憫……。
色々な想いや感情でティアの心はグシャグシャに掻き回され、彼女は只々レナンの胸の中で泣いた。
対して彼は以前と同じように優しくティアを慰め、その変わらぬ優しさを感じてティアは余計に泣けて仕方なかった。
……どれ位そうしていたか分らなかった。
結構な時が過ぎた様に感じたが、ティアには二人の時間は止った様に感じられた。
しかし、そんな時間に終わりを告げる声が軽やかに響いた。
「……もう、良いですか……? ティア……教室でも言いましたが、レナンお兄様はマリアベルお姉様の正式な婚約者。対して貴女は“元”婚約者……。
幾ら義理の姉弟とは言え過度なスキンシップは醜聞が気になりますわ……。御二人のこれからの為にもティアも自重してい貰わないと……」
そう如何にも困った顔で告げるソーニャに対し、ティアは思い切りぶん殴りたい程、腹が立った。
“どの口が言うか!?”とティアは思いながらも、自らがソーニャに乗せられて仕出かしてしまった事を思い起こすと、自らを刺し殺したくなった。
しかし……そんな事をすれば一番苦しむのは間違いなくレナンだと、ティアは分っていた。
ソーニャの囁きとフェルディと浮ついた恋によりティアがレナンとの婚約破棄をした事はどうしようもない最悪の事実だった。
そしてその事でもっとも傷つき、苦しむ事になったのは間違いなくレナンだと、ティアは分っていた。
そんな彼に更なる苦しみを与える事はもう出来ない。
そう考えると自死する事はティアには到底出来なかった。
また、感情の赴くまま、自分とソーニャが口汚く罵り合い殴り合う姿をレナンに見せられない……。
そう感じたティアは、断腸の思いでそっとレナンから離れるのであった……。
いつも読んで頂き有難う御座います!
追)一部見直しました!