85)再会
レナンが教室に入った時点で、教室に居た生徒達は彼に釘付けになった。
それもそうだろう、彼はまごう事無き時の人、“白き勇者”なのだから。
何人の生徒達が静かに立ち上がり、彼に近付こうとした時、その声は響いた。
「レナン!!」
レナンを一目見たティアは、大声で叫んだと同時に立ち上がって教室内でも関わらず、彼の元に駆け寄ろうとした。
しかし……。
彼の前に……スッとソーニャが割り込んで来た。
そして彼女は鈴の様な声で静かに問う。
「……こんにちは、ティア。お元気そうで何よりね……。私の義兄に何か用かしら?」
「……ソーニャ……そこをどいて……」
ソーニャに遮られたティアは怒りを必死に抑えながら答えた。
そんな二人の様子を後ろから見ていたレナンがソーニャに話した。
「ソーニャ……、僕も彼女と話したい。少し位良いだろう?」
「……レナン“お兄様”が、そう仰るなら……。ですがマリアベルお姉様と“婚約中”で有る事をお忘れにならない様に」
「!! ……レナン……」
レナンの願いを聞いたソーニャはしっかりと彼に釘を打つ。同時にティアに聞こえる様にレナンの立場を伝えた。
対してティアはレナンが黒騎士マリアベルと婚約した事実を聞き衝撃を受けた。
そんなティアの様子を見たレナンは静かに彼女に話し掛ける。
「……久しぶりだね……ティア……。一か月振りかな? 寝込んでいたって聞いたけど……元気そうで本当に……良かったよ」
「レ、レナン……私……私!」
婚約破棄されて初めて会うティアに対し、レナンは以前と変わらず優しく接してくれる。
対してティアは漸く会えたレナンに対し、何て言えば良いのか分らず、涙だけが零れて言葉が出ない。
裏切ってしまった謝罪か、漸く会えた喜びか、それとも人を殺してしまったレナンに対する慰めの言葉か……。
何の言葉を発するべきか分らず、感情がごちゃ混ぜになって涙だけが流れる。
対してレナンの目にもうっすら涙が……。それを見たティアは思わず彼を抱き寄せようとしたが……。
「ティア、遠慮して貰えるかしら。レナンお兄様は、もう貴女の婚約者じゃ無いのよ?」
「!! ソーニャ……!」
割って入ったソーニャの言葉にティアは彼女を睨みつける。
そんなティアに教室の女生徒達から非難の声が上がった。
「何よ……! 自分からレナン様を捨てた癖に!」
「……フェルディが捕まったからって、今更レナン様に色目使うなんて……最低!」
ティアに集まる非難の視線と声。対してティアは悔しそうに俯いた。
その様子を見たレナンがティアに声を掛けようとした時、ソーニャがクラスメイトに声を上げた。
「皆さん! ティアの事で誤解が有る様です! 彼女はフェルディに手酷く騙され裏切られたんです! ティアもフェルディの被害者なのです! 彼女は深く傷付いています。
ですのでティアに対する言われなき誹謗中傷は……どうか……どうか止めて下さい! お願いします!!」
そう叫んだソーニャは目に涙を一杯溜めてクラスメイト達に頭を下げてお願いした。
ソーニャは自分が裏でフェルディを操り、ティアを唆した事は一言も言わず、精一杯お願いする姿勢を見せた。
対してクラスメイト達は、彼女の涙ながらの真摯なお願いに沈黙した。
「「「「…………」」」」
教室内に沈黙が暫く支配したが、やがてクラスメイトの女子達から囁く様な声が聞こえてきた。
「……そう、だったんだ……」
「でも……騙される方が悪いけど……ちょっと、可愛そうな気もする……」
「そう言えば……別な女学院に通う女の子も……フェルディに……騙されて酷い目に遭ったって聞いたわ……ティアさんも……同じって事ね……」
そんな小さなざわつく声を聞いたソーニャは、クラスの女子達の心がティアに対し同情の念を抱いた事を感じると、その様子に満足してティアに話し掛ける。
「……誤解が解けて良かったわね……ティア、礼は要らないわ」
「全て自分がやった癖に……! 良く言ってくれるわね……」
「……私達の間には、まだ“誤解”が有る様ね……。まぁ、ココでお互い突っ立っていても授業の邪魔よ。後でゆっくり話し合いましょう? ……ユニ先生、紹介の途中に大変失礼しました、後は宜しくお願いします……」
「え、えぇ……。分ったわ、ソーニャさん……」
まだ若いこの女性教師は、ユニと言う名で教師になって日が浅く気の弱い真面目な性格をしていた。
ユニは今迄のソーニャとティアのやり取りを見入ってしまっていたが、ソーニャに促された事で我に返った。
ソーニャとしてはティアが不必要に学園内で迫害されるのは、レナンの心がティアに傾く懸念が有り避けたかった。
レナンがティアに寄り添えば、マリアベルとレナンの間に距離が出来ると考えた為だ。
そこでティアが孤立しない様に、クラスメイトの女子達の同情を誘う様仕向け、彼女達が余計な事を考える前に授業を受けさせたかった。
そうすれば彼女達は授業中も、ティアの事が印象に残ると考えたのだ。
その後、おしゃべりで噂好きな彼女達はティアの事を学園中に伝えてくれるだろう……。
そこまでざっと考えたソーニャは本気で泣いて見せてティアの事を擁護したのだ。
画してソーニャの狙い通り、クラスの女子達は疑念も持ちながら概ねティアの境遇を同情した様だった。
対するティアは、ソーニャの言葉を受けてティアは憤慨し、彼女を睨み付けていたが、ソーニャは意に介せず平然としている。
そんな二人の様子を見ていたレナンが仲裁に入ろうとして声を掛けたが……。
「……ソーニャ、ティア」
「レナンお兄様、募る話は後に致しましょう、これ以上クラスの皆を待たせる訳には参りませんわ」
「……分った……ティアも後でね」
「うん、レナン……」
ティアはレナンに言われて渋々席に戻った。
女性教師のユニは彼女が席に着いた後、クラスメイト達に紹介を始めた。
ちなみに女性教師のユニはソーニャが国王配下の白騎士である事より、彼女に対しては特別な便宜を図る様、学園長から指示されていた。
その為、基本的にソーニャの言動については指摘もせず見守っていた。
「……えーと、コホン。色々有りましたが……改めて紹介します。今日からこのクラスに編入されました、レナン フォン アルテリア君です。
レナン君は……もう知ってる人も居ると思いますがティアさんの弟さんに当たります……。レナン君、一言皆に挨拶をお願いね」
「はい、ユニ先生。……今、先生より紹介頂いたレナン フォン アルテリアです。
先程の先生のお言葉通り、長らくアルテリアでティアと共に暮らして居ましたが、諸事情により王都で生活しています。
そんな訳で学園に通うのは初めてで、皆さんにご迷惑をお掛けするかも分りませんので、色々教えて下さい。これから宜しくお願いします」
教師であるユニに促されたレナンは、落ち着いた声でクラスメイト達に挨拶を行った。
「……レナン君の挨拶が終わった所で……授業を……」
「「質問が有ります!!」
「私も!」「俺もだ!」「僕もです!」
挨拶が終わった時点で教師のユニが授業の開始を告げようとした所、ずっと我慢していたクラスメイト達が、レナンに質問する為に熱い視線を向けながら一斉に立ち上がるのであった……。
いつも読んで頂き有難う御座います!
追)一部見直しました!