80)血染めの君
メラフからの本国リネトアでの主力艦隊壊滅と本国への帰還命令を受けて、ゼペドとアニグは信じられないと言った表情を浮かべ、疑問をメラフにぶつけた。
「ば、馬鹿な!? 全長500mを超えるメルカヴァ級艦隊が……壊滅した、だと!? し、しかも奴一人等と、馬鹿らしい!」
「……その情報は正確なのかい? “血染め”が流した偽情報の可能性は無いの?」
メラフの言葉を疑ったゼペド達は事態が信じられずメラフに詰め寄ったが……。
「……信じられない情報で有る事は確か……だが、残念な事に“エゼケル”の計測機器でも艦隊の壊滅も確認できた。だが、お前達も言葉だけでは納得できまい」
対してメラフは黙って手首に巻かれた端末を操作し、“血染め”の戦いを映し出す事にした。
すると、三人の目の前に光る球体が現れ、何やら映像を映し始めた。ホログラム映像の様だ。その映像には一人の少年が映されていた……。
◇ ◇ ◇
武骨な真黒い巨大な城……。その城は石などを積み上げた中世的な形状では無く、継ぎ目が無い黒いセラミックの様な材質で作られた建造物だ。
城と言うより要塞に近い建造物の屋上で、黒い鎧を纏った少年が唯一人で立っていた。
時刻は夕暮れから夜に達する時……逢魔が時だった。少年は少し長い前髪を垂らしその目を見る事は出来なかったが、幼くも端正な顔立ちをしている様だ。
少年の周囲には沢山の死体、死体、死体……物言わぬ躯が沢山転がっている。その死体は一様に銀髪を持ち、目を見開いて死んでいる者の瞳は茜色だ。
少年の頭上には沢山の巨大な真黒い船が浮かんでいる。
船と言うには異様な形状で長さは500メートルを超える長大さを持ち、太さは200m位の余りに巨大な長い魚の様な形状をしていた。
その巨体に何本も生えた、後方に向かって伸びる長い棘の様な機関を青く光らせ、その巨体は浮かんでいた。巨大な船は、少年が居る要塞城を取囲む様に浮かんでいる。
要塞城を取囲むのは巨大な船だけでは無い。
全高30m近い赤黒い龍も大量に居る。アルテリアに現れたレギオンと呼ばれる龍に近しい姿だが、その首は太く短く、体躯も頑強で2本足で立つ人の様に立った姿で浮かんでいる。
また、レギオン自体も空を覆うが如く無数に居た。
この状況は明らかに黒い鎧を纏った少年をどんな事をしてでも殲滅する為に用意された様だ。
絶体絶命な筈の状況の中、少年はゆっくりと要塞城の外側に向かってゆっくり歩き出す。よく見れば少年の右手は何かを掴み、その口は何か長いモノを咥えている……。
◇ ◇ ◇
その記録された映像を見ていたゼぺド達は訝しんで呟いた。
「……こいつ……何を咥えているんだ? 長距離に配置された艦搭載カメラの記録映像の為か、映像が粗いな……」
「それに……何か持っている……何だアレは?」
ゼぺドの問いに次いでアニグも重ねて問う。対して映像を一度見ていたメラフは顔を青くして呟いた。
「……もう直ぐ、ズームされた映像に切り替える……その時、嫌でも分るさ……」
そんなメラフの言葉通り、別な艦からのズーム映像に映像は切り替わった。少年が口に咥え、手に掴んでいた物とは……。
「!! て、手に持っているのは首か!?」
「く、咥えているのは……人の手だ……」
ズーム映像を見た、ゼぺドとアニグは驚愕して声を上げた。
横に居たメラフは知り得た情報を無表情で彼らに伝える。内心、メラフ自体も余りの事に恐れ驚愕していたのだ。
「……奴が……手にしている首は……奴が落した要塞城を統括していたゾイエ将軍との事だ……」
「ば、馬鹿な!! ゾイエ将軍と言えば、圧倒的な膂力を持ち、我ら新生軍の中でも最強と言われる存在だ! それが、こんな!」
メラフの言葉を受け止められないゼぺドは叫び否定した。しかしメラフは冷静に淡々と説明した。但しその体は恐怖の為か震えている。
「事実だ。しかも……奴はたった一人で、フラリと要塞城に現れ……唯一人で落したらしい。誰も……誰も、奴を止められ無かった……。
相対したゾイエ将軍すら……一瞬でバラバラにされて……あの有様との事だ。しかも……奴は余程嬉しい事が有ったのか、笑いながら……遊びながら……それは楽しそうに……要塞城を蹂躙していったらしい……」
「……し、信じられないよ……。だ、だけど! これだけの艦隊が集結したんだ! しかも、第三形態に変異出来る王族への対抗兵器として開発された“ジズ”やレギオンも無数に展開されている! 奴を、奴を仕留めたんだろ!?」
メラフの説明が納得できないアニグは展開された巨大な戦艦や人造龍の映像を指差さし大声でメラフに詰め寄る。
しかしメラフは青い顔をして否定した。
「……いや……残念ながら……仕留めるどころか……圧倒的な返り討ちだ……。奴の前に集められた……この大艦隊は……奴に取って何の抑止力にもならなかったんだ……。とにかく、記録映像を見て欲しい……。話はそれからだ……」
メラフは疲れ切っており、ゼぺド達に説明する事を避けた。
映像を見る様指示されたゼぺド達は苛立ちと焦りを感じながら、映し出された映像を見る事にした。
◇ ◇ ◇
死体が溢れた要塞城に気だるげに立つ一人の少年。黒い鎧を纏った少年は、手には殺した将軍の首を掴み、自らの口には誰かの千切れた腕を咥えている。
そんな少年の上空に、数隻の小型艇が近づく。その小型艇は20m位の大きさで、恐らく銃砲だろうか、長く太い棒状の筒を一斉に少年に向けていた。
その小型艇から彼に向けて音声が大音響で響く。
『レジスタンスを率いる“血染め”だな! 戦力差は圧倒的だ! 抵抗する意志を捨て、今すぐ降伏せよ!』
無条件降伏を求められた血染めと呼ばれた少年は、咥えていた腕を吐き捨てて小さく呟く。
「ククク……雑魚共が無駄に集まりおって……それ程までに死にたいか。良いだろう……今日は久方振りに気分が良い……“彼”を見つけたからな……!」
血染めと呼ばれた少年は、口を歪めて笑いながら叫び、手にした生首をあろう事か小型艇に向けて投付けた。
“ブン!”
『!! う! フザケおって! 構わん! 撃ち殺せ!!』
そんな大音声の後、3隻の小型艇は血染めの少年に向け、一斉に発砲した。
“ドドドン!!”
長く太い棒状の銃砲から放たれた白い光は音より速く少年に迫るが、彼は不敵に突っ立っていた。
”バガガアアァン!!”
要塞城の屋上に大きな火球が生じ、血染めの少年や彼の足元に転がっていた無数の死体を焼き払った。
血染めの少年も死んだか、とその場に居た誰もがそう思っただろう。小型艇からは喜びの声が上がった。
『他愛もない! 炎が収まり次第、奴の死体を探……! な、なんだ、アレは!?』
そんな叫び声が響いたが、無理も無い事だった。屋上の火球は静かに立ち消え、現れたのは薄く白い光の球体だった。
血染めの少年が展開した障壁だろう。
『く! お、おのれ障壁を展開したか! 小賢しい! レギオンで取囲み障壁を破壊しろ!』
小型艇の指示を受けて周囲に居たレギオンが一斉に血染めの少年に向けて動き出す。
……対して少年は右手を前に向け差し出して小さく呟く。
「……確か“彼”は……こんな技を見せていたな……ハハハ、面白い!」
彼が嬉しそうに、叫んだかと思うと小型艇や迫りくる大勢のレギオンの周りに光の輪が突如生じた。
そして、光の輪は刹那に収束し矢となって小型艇や迫るレギオンを一斉に貫いた。
“キュキュン!!”
“ドガガアン!!”
光の矢で貫かれた3隻の小型艇は大爆発と共に大破し、レギオンも肉塊となり霧散した。血染めの少年が放った技は、間違いなくレナンが作り出した光魔法だった……。
一部見直しました。