78)ギナル皇国の白き偽神
レナン達が住まうロデリア王国から遥か遠く、エイリア大陸西部に位置するギナル皇国。
その首都カナート中心にギナル皇国皇帝、ユリオネスが住まう皇城が聳える。
皇城は見る者を圧倒する巨大さで、切り立った城壁に均等に立ち並ぶ高い城壁塔を備え、中央に構える一際大きな塔が天守閣に当たる。
皇城は全体が紅く染められ、その巨大さと相成り威圧感を与えていた。
その巨大な紅き皇城の中央に位置する天守閣……。その上空に黒い巨大な物体が浮かんでいた。
大きさは200m位だろうか。真黒く太く短い魚の様な形状をした其れは、鋭利な棘とげが何本も後方に突き出ており、表面に不思議な光が線を描いて忙しく走っていた。
異様な真黒い物体が浮かぶ紅き皇城。その城下町では多くの住民が紅き皇城の方を向き跪いて祈りを捧げている。
彼らの祈りの声がさざ波の様に広がり響く。
「……“白き神”よ……。どうかギナルに永遠の繁栄と安寧をお与え下さい……」
「“白き神”よ……邪教徒共に裁きの雷を下したまえ……」
祈りを捧げる彼等は老若男女を問わず、また鎧を纏った騎士や、前掛けをした石工、店主等様々な立場の者達だった。
非常に沢山の者達が虚ろな目をして一心不乱に祈りを捧げている。このギナル皇国では数年前から、天より“白き神”が黒き船に乗って降臨する様になった。
彼等“白き神”は超常の力を示し、ギナルの者達は彼等“白き神”を崇め奉る様になったのだ。
“白き神”は皇城を支配し、ギナルの民を使い捨ての道具の様に使役した。
もはや、ギナル皇国は“白き神”の物となったのだ。しかし、現皇帝ユリオネスを始めとするギナル皇国の国民は“白き神”を盲目的に崇拝し、神の下僕として尽き従う様になってしまった。
空を割る様に現れた黒き船が紅き皇城に浮かぶ時、ギナルの民は一心不乱に地上に降臨した“白き神”に祈りを捧げるのであった。
紅き皇城、天守閣の玉座の間……。そこに“白き神”は居た。その玉座の間に置かれた巨大なベッドから曇った声が聞こえる。
「ウグ……ググゥ……アギィ!」
声を発したのは裸の美しい女だ。しかし首は不自然な方向に曲がり、口からは血を吐いて絶命していた。
ベッドの上には死んだ女の首を掴む男が居る。その男も全裸で、情事の最中に男が美しい女を殺した様だ。
男は彫刻の様に鍛え抜かれた肉体を持ち、その顔も端正で美しい。男は輝く様な銀髪と、抜ける様に白い肌を持っていた。
そしてその瞳は夕暮れ時の空の様な茜色だった。その男はレナンと同じ特徴を持っていたのだ。
白い男は殺した女を軽々と片手で持上げ小さく呟いた。
「……ふん……叉も、あっさり死んだか……下等生物め……実に下らぬ……」
男は心底下らなそうに呟き、手に掛けた女を球を投げるかの如く片手で放り捨てる。
“ブオン!”
“ドガァ!”
白い男が投げ捨てた死体は広い玉座の間の壁に激突し、人形の様に手足を不自然に曲げ床に転がった。
よく見るとその床には同じ様に物言わぬ死体となった裸の女達が何十人も転がっていた。そんな玉座の間に呑気な声が響く。
「……また、殺したのかい……白き神のゼペド君……捧げ物とは言え、資源は大事にしないと」
音も無く入ってきた男はカールした銀髪と真白い肌を持っていた。軽薄そうだが、整った顔立ちをしている。その男も瞳の色は茜色だった。
不思議な形状の衣服を着た軽薄そうな男に、ゼペドと呼ばれた男がベッドの隅に置かれたガウンを羽織りながら、下らなそうに返答する。
「……馬鹿を言うな、アニグ……。こいつら下等動物は、我々が使い潰してこそ価値が有るというモノだ……」
「まぁ、その通りなんだけど……君の場合は一日何十人も殺しちゃうからさー。その内、この国の女は居なくなるよ?」
ゼペドの言葉に、呆れ顔でアニグと呼ばれた男は答える。
「下らぬ心配をするな、アニグよ……。こやつら下等動物共は何の力も無いが繁殖力だけは鼠の如くだ。放置すれば、雑草の如く無駄に増えるだろう。故に適当に間引く必要がある」
「だけど君はベルゥ様から託された現地担当官なんだから、もう少し上手く奴らを利用しないと」
「奴等など、どうでも良いわ。忘れたのかアニグ……。この“箱庭”への侵略が本格化すれば、未開の下等動物共は一部を除いて一掃せねばならんと言う事を。レギオンを使役すれば、大概の事は出来る。こやつ等下等動物共は弄り殺す位しか生存価値は無い」
アニグの言葉にゼペドは自分の考えを話した。ゼペドは“箱庭”と呼称される世界の侵攻作戦をベルゥから任されている様だ。
彼等は超絶的な力を持つ異界の民“ヴリト”と呼ばれる存在で、その隔絶した力を持ってギナルの民から“白き神”として崇められていたのだ。
“白き神”の一人、ゼペドという男はティア達ヒト族や、マリアベル達亜人族を生存させる価値も無いと思っているのだろう。
そんなゼペドに対し、アニグはとある実験について尋ねた。
「……レギオンって言葉で思い出したんだけど、旧体制派残党調査の為に試作したゴリアテの件ってどうなったかな?」
「ゴリアテ……ああ、メラフの奴が自動生産プラントで試作した八つ目の巨人か……。失念していたな……。メラフはどうしている?」
アニグの問いにゼペドは逆に仲間の状況を聞き返した。
「ああ、彼なら墓所からの定期連絡を受けている所さ。今は上に停泊中の“エゼケル”に居るよ」
「……“エゼケル”……たしか揚陸用中級万能戦艦と言う正式名だったな……占領後の拠点となるべき様々な機能が搭載された中級艦らしいが……。
メラフの奴はアレに夢中だったな……。メラフが其処に居るならば、戻りは遅くなろう……。奴は捨て置き……ゴリアテの様子を見るか」
ロデリア王国でレナン達が戦った巨獣はゼペド達、ヴリトと呼ばれる異界の民が生み出しロデリア王国に放った様だった。
ゼペドとアニグはこの皇城に居ないメラフという男は放置してゴリアテと名付けられた巨獣の様子を確認する事とした。
アニグは右手に装着していたリングに触れると、彼の手元に光る半透明の操作盤が浮かび上がった。
アニグがその操作盤にコードを打ち込むと、アニグとゼペドとの間に球状のホログラム映像が現れた。
映し出されたホログラム映像は、レナン達討伐隊が巨獣、いやゴリアテと戦っている状況を映し出す。
彼らの戦いはゼペド達、ヴリトが放った偵察機で記録されている様だ。ゼペドとアニグは映し出された映像を黙って見つめる。
「「…………」」
やがて映像はレナンが放った光の刃で遠くの山ごとゴリアテを切り刻んだ所で終わった。
映像を見終わったゼペドは最初から最後まで苦虫を噛み潰した様な顏をしていたが、納得がいかないと言った様子で呟く。
「……どういう、事だ? この男は我等ヴリトでは無いのか……?」
「いや、どう見たってヴリトだ。上空からの映像で鮮明度は低いけどね。最後の技……ヴリルを小さく絞って刃状にしてるし。まぁ何でわざわざ弱めてるのかは、分んないけど」
ゼペドの問いにアニグはきっぱりと否定したが、彼もまた疑問を抱いていた。
「そう……それだ。メラフが作ったゴリアテは下等動物共の都市攻略用に展開出来るようにも設計されていたが、頑丈さと再生能力はレギオンを超える仕様だ。
そのゴリアテを破壊するにはヴリルを使えば、いとも簡単な筈……。それを見越してゴリアテを放ったのだが……何故……こんな無駄な事を?」
「……仲間の下等動物を巻き込まない為じゃない?」
ゼペドの問いにアニグが答えるが、ゼペドは理解出来ない様だ。
「……仲間だと? 誇り高きヴリトが家畜と肩を並べる等有り得ぬ……うぬ? コイツの首に見える赤いのは何だ? 画像をズームしてくれ」
「上空からの映像だからな、上手く見れると良いけど……おっと、この映像ならイケそうだ……それじゃ拡大するよ。うん?……コイツの首に有るのは……赤い……首輪だね?」
偵察機は偶々レナンが頭を下げた状態の映像を映し出し、彼の首に巻かれた赤い首輪を捉えていた。
その映像を見たゼペドは目を見開いて驚愕し呟く。
「……ま、まさか……誇り高きヴリトが家畜に……飼われているのか!?」
その映像にゼペドがワナワナと震えながら右手を横に差し出した。刹那にその右手が輝き、レナンと同じ異形の腕と形を変えた。次いで掌の前に真白く光る球体が現れた。
“キイイイイイイィン!!”
ゼペドは無表情で玉座の間の壁に向け、白く眩い光球を撃ち出した。
“キュン!”
放たれた眩い光球は壁を突き抜け、放たれた軸線上に皇城を貫き、城下町を破壊した後、遥か遠方の畑に命中した。
“ドガガガガガアアン!!!”
ゼペドが放った光球で皇城と城下町は大破壊の跡が刻まれ、遥か遠方の広大な畑には巨大な火球が形成されたのだった……。
一部見直しました。