表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/370

77)宣戦布告

 マリアベルに行き成り口付されたレナンは目を白黒させる。


 どれ程の時間だったのか、長いのか短いのか分らない時を経て、彼女はレナンから離れる。



 小さな吐息と共にマリアベルが真っ赤な顔をして(うつむ)きながら呟く。彼女の特徴的な耳まで真っ赤だった。


 「……はぁ……私はもはや止まらない。遠慮もしない。だから……覚悟して置け」


 そう言ってマリアベルはレナンの瞳を見ずに彼から離れた。


 その足取りは緊張と興奮の為か震えていたが、二人を唖然として見ていた者達の視線に気が付き、歩を止めて叫ぶ。


 「白き勇者は我が夫だ! 誰にも渡さぬ!」


 その叫びは此処に居ないティアに対する宣戦布告だった。そんな中、渦中のレナンは突然の口付に、今だ固まり動けずにいた。




 マリアベルはソーニャの前に立つと言い切った。


 「ソーニャ……お前の心配は杞憂(きゆう)だ。レナンの心が……お前の言う通り移ろい変わるのならば……私にとって(むし)ろそれは僥倖(ぎょうこう)だ。

 今のレナンの心がティアの元に有ったとしても、いつか必ず我が物としてみせる」


 そうソーニャに向けて言い放ったマリアベルの顔はこれ以上無い程赤く染まり、己が仕出かした行為に足も震えていたが、力強い笑みを(たた)えていた。彼女はソーニャに対し話し続ける。

 


 「お前は移ろう人の心を良く知っている。だから、レナンの心が闇に染まり恐るべき怪物になる事を恐れているのだろう? ならば……私はどうか? 

 今の私の有様を見るがいい。こんなにも……変わってしまった。変わってしまった私だが、この心が闇に染まると?」


 「! いいえ! お姉さまは私にとって光です! お姉さまに限ってその様な事は有り得ません!」


 悪戯っぽい笑顔を浮かべながら真剣な声で問うマリアベルに対し、ソーニャはきっぱりと断言する。


 ソーニャだけでは無く、傍らで二人の話を聞いていたオリビア達白騎士も全員がソーニャの言葉に同意してマリアベルに向け、強い信頼の眼差しを向けながら力強く頷くのであった。


 その様子を見たマリアベルは我が意を得たりとばかりと、ニカッと笑った。そしてソーニャの肩に手を置くと、静かに語る。


 「……私は果報者だ……。皆の厚き信頼を得てな……。だが、そんな私だからこそ……彼の怪物の心を手にする事が出来るのだ。……この胸に新たに沸いたどうしようもない熱情を抱きながら……。

 私と同じ様にレナンを奪われたティアの心も大きく変わるだろう。

 どの様に変わるのか楽しみではあるが……私は彼女には絶対に負けぬ。先手はティアに譲ったがもはや二度とレナンを渡す気はない。

 彼の心をどんな事をしてでも我が元に繋ぎとめて見せる! だから……ソーニャ、案ずる事は何も無い」


 そう言い切ったマリアベルの力強く上気した笑みをみて、ソーニャは胸に渦巻いていた不安が消え去った。


 ――ソーニャは分っていた。


 コレはレナンを巡った女同士の戦いだと。そして……いざ戦いとなれば愛しき姉は無敗なのだ。


 その事を思い出し、何気に向こうに居るレナンを見れば、今だ彼はマリアベルによる突然の口付に戸惑い呆けていた。そんなレナンの様子を見たソーニャは思わず笑いそうになった。


 (……お姉さまの言った通り……何とも……可愛い“怪物”ね……。確かに、あの様子ではお姉さまの勝ちは揺るがない)


 レナンの余りの純朴さを知ったソーニャは、そう遠くない先に彼がマリアベルに心を奪われる事を確信した。その事を理解したソーニャは、(ようや)安堵(あんど)するのであった……。




  ◇   ◇   ◇




 「……うん? そう言えばクマリは何処に行った? 奴にも世話になった故、一言くらい労おうと思ったが……」


 レナンに突然の口付を行ったマリアベルは興奮状態から(ようや)く落ち着きを取り戻し、クマリが周囲に居ない事に気が付いた。


 ちなみにレナンはまだ冷静さを失っている様で、動きがぎこちない。怪物の恋愛メンタルはガラスの如く(もろ)い様だ。


 そんなレナンを溜息を付きながら見ていたソーニャはマリアベルに返答する。


 「……確かにクマリの姿が見られません…… 素顔を見られて逃げ出したのでは? 

 所で、お姉さま……レナンお兄様が、さっきから挙動不審ですわ……。刺激が強過ぎた様ですね」


 「やっと……私自身、冷静になって来たんだ……。あまり蒸し返してくれるな……。それにしてもクマリめ。薄情な奴だ……」


 ソーニャに先程の口付について冷やかされたマリアベルは、苦笑しながら答えた。ちなみに今のマリアベルは兜を外したままだった。


 二人の話を聞いていたレニータが知っている事を説明した。

 

 「……マリアベル様、私はクマリが去って行く姿を見ました……」



 ここでレニータがクマリが去った時の様子を説明した。丁度レナンが恐るべき技で巨獣を山と一緒に切り崩した時の事だ。


 クマリはレニータを始めとする討伐隊の面々と同じく、遠くで音を立てながら崩れゆく山を呆然と見ていた。もっとも仮面を被っていた為、表情までは分らないが山が崩れゆく様を呆然と立ち(すく)んで固まっていたらしい。


 クマリは山の崩壊を見届けた後、フラフラと歩きながら森の奥に消えたとの事だった。



 レニータの報告を聞いていたべリンダが首を傾げながら呟く。


 「……どういう事だ? まさかレナンの力に怯えた……と言う事でしょうか……?」


 「いや、奴の事だ……それは無い。(むし)ろ逆だろうな……。まぁ……去って行った奴の事は仕方あるまい。我々も撤収準備に入ろう。今だ呆けているレナンを手伝ってやらんとな……」


 「「「「はっ」」」」


 マリアベルは悪戯っぽい笑顔をソーニャ達に向けながら指示を出し、彼女達も笑顔で応えるのであった。




  ◇   ◇   ◇




 そんなマリアベル達の様子を、街道横の木の上でクマリは遠見の魔法で見つめていた。


 彼女は仮面を外し、可愛らしいその顔に笑顔を湛えながら一人呟く。


 「流石、マリちゃんは私の事良く分ってるよね! あんな凄いレナン君を諦める訳ないじゃん! 

 だけど……とんでもない事やっちゃったねーマリちゃんは……。良く“恋する乙女は……”なんて言われるけど……あそこまでするとは。私もあの中に入ろうかなー? でも……それは、何か違う気がする……」



 クマリはマリアベルが素顔を皆の前で見せ、その上でレナンに口付をした事に強い衝撃を受けた。


 そして自分もレナンの心を手にすべくマリアベルに挑むか考えた時に、クマリの中で何か違和感を覚えた。


 ――“それは自分がやりたい事ではない”と……。


 再度自分の中で何がやりたいか、を整理しながら呟く。



 「……それよりもマリちゃんに……あそこまで言わせるティアちゃんって……どんな子なんだろう? 

 妹ちゃんの策に踊らされたってのは知ってるけど……。噂通り取るに足らない残念令嬢か、否か……。

 さっきのレナン君の話じゃ、もうすぐ王都の学園に来るって話だから……、これは一度“挨拶”しないとね! フフフ……唯のジャガイモちゃんに、こんな興味持ったの初めてだ……。

 何か面白い事が始まりそうな気がするよ!」



 そう楽しそうに呟いたクマリは、仮面を被って木の上から飛び降りた。王都に向かう為だ。


 こうして残念令嬢ティアは、生涯の師となるクマリに翻弄(ほんろう)される日々を迎える事となったのであった。


 そして……ソーニャの懸念はマリアベルの覚悟で消え去ったが、ソーニャが施したレナンの赤い首輪……。


 この首輪がロデリア王国に滅亡の危機を招く事になろうとは……流石のマリアベルやソーニャも知る由も無かったのだった……。



一部見直しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ