75)巨獣討伐-21(恐怖と後悔)
レナンが異形の右腕から解き放った光の刃……。その5本の光の刃により、巨獣どころか森を長く切り裂き最後は遠くの山に光の刃は激突し、切り崩してしまった。
“ドドドドドドオオオン!!”
地響きを立てながら崩れ去る山。
その山を切り崩した光の刃が駆け抜けた軌跡は、5本の深い溝が真直ぐ直線状に走る。
そして……初めに光の刃が貫通した巨獣はと言うと、微動だにせず中腰の姿勢を保っていた。
“…………”
討伐隊の面々は余りの事に言葉を失っていた。光の刃が森を延々と切り裂き、大きな山を丸ごと切り崩したからだ。
しかし眼前の巨獣を無視する訳にもいかず、誰かが声を発した。
「……あー……えーっと……。そ、そうだ巨獣は!?」
「!! そうだな、確か……白き勇者が放った光が……突き抜けた様な……」
自分を取り戻した討伐隊の何人かが思い出したように話すと、その声を聞いた討伐隊の面々が一斉に巨獣を見遣る。
すると巨獣は声も発せず、ピクリとも動かなかったが……。
“ピシイ!”
小さな音を立てたかと思うと、巨獣の頭上から足もとまで綺麗な5本の筋が現れた。そして刹那に筋は大きく音を立ててずれだす。
“ズリュウウ! ズルゥ!”
突如均衡を保たなくなった巨獣は5本に縦切りされた状態で崩れ去り、大きな肉塊となってしまった。
……その様は、丁度厚肉のベーコンの様だ。
こうしてレナンが新しく生み出した恐るべき光の刃により、強力な再生力を有した巨獣は、レナンの技によって遥か遠方の山と同様に切り崩され絶命した。
流石に巨獣は再生する事はもはや無かった……。
◇ ◇ ◇
「「「「…………」」」」
唐突に終わった巨獣討伐戦――
戦いの後、討伐隊の面々は眼前に起こったとんでもない状況に絶句していた。
白騎士隊のリースやナタリーもその一人だったが、横に居たソーニャにリースが恐る恐る尋ねる。
「……ソ、ソーニャさま……、私達……夢でも見ているんでしょうか……」
「……良く分るわ……リース……私も……自分の目が信じられない気持ちよ……」
「わ、私も……余りの事に……受け止められそうにありません……」
三人は目の前の現実が信じられない様で、互いに疑いの言葉を掛けながら呟く。
彼女達がそう呟くのも無理が無い事だった。
厚肉ベーコンの様にスライスされた巨獣の肉塊の向こうに長く長く続く5筋の深く鋭い溝。
まるで最初から造形された様なその溝はレナンが放った光の刃による破壊の痕跡だ。
刻まれた溝は街道を横切り、深い森を貫き、仕舞いには遠方の山に激突して……その山を切り崩した。
切り崩された山は鋭角で直線的な断面を見せ、巨大なレンガが崩れた様な様相を見せている。
――そんな有り得ない事を唯の一人が行なったのだ。驚愕し言葉を失う事は当然だろう。
ソーニャは切り崩された遠くの山を見て、身震いしながら遠くに居るレナンを見つめる。
彼は、撤収準備を他の討伐隊と共に行っている所だ。あれだけの戦いと大破壊を行ったにも拘らず、積極的にテキパキと動き全く疲れ等見せていない。
そんな彼を周囲の者達は、恐れを抱いて恐々接するが、対するレナン自体が人当りの良い態度である為、緊張が徐々に解けている様子だった。
ソーニャはそんな彼の首を見つめていた。
彼の首には、ソーニャがレナンに施した従属の首輪が巻かれている。色白い彼に真っ赤な首輪は非常に目立つ。
ソーニャは彼に不似合いな毒々しい首輪を見つめながら、思わず呟く。
「……私は……もしかして……とんでもない誤ちを……してしまったのでは……」
「…………」
「……ソーニャ様……」
ソーニャの呟きに横に居たリースは自分にも思う所が有る為か、何も言う事が出来なかった。
対してナタリーはソーニャの名を呼び彼女を案じる。
ソーニャは今更ながら、レナンに脅迫して従属させた事に後悔していた。
彼女は分っていなかったのだ。レナンと言う存在がどれ程の怪物かを……。
2級冒険者や騎士で構成された討伐隊。そこに英雄であるマリアベルや、自分達白騎士隊も合わせた事により討伐隊はどんな魔獣ですら駆逐出来る強力な布陣だと、ソーニャは信じていた。
しかし、いざ始まった巨獣との戦いでは……。討伐隊は満足な攻撃も出来ず、彼の巨獣に蹴散らされただけ……。結果的にはレナン一人が巨獣を駆逐した。それも圧倒的な力で……。
それだけでは無い、巨獣が放った棘の魔獣や破壊光線もレナンが居なければ防ぐ事は敵わず、討伐隊は全滅していた筈だ。
巨獣が繰り出した恐るべき攻撃をレナンは難なく対処し、最後には山すら砕く技を軽く放って巨獣を肉塊にした。
今、レナンは討伐隊の面々と積極的に撤収準備を行っている様子から、彼には疲れ等皆無で余裕で巨獣を滅ぼした様だ。
その事を理解したソーニャは、レナンの底知れぬ力に身震いしながら最悪の展開について想像する。
(……まさか……レナン……お兄様がこれ程の存在だなんて……。分っている様で……全く分って無かった……。もし……レナンお兄様が……私達を恨んで、牙を向けたら……王国は本当に終わりよ……。
そうなれば、マリアベルお姉さまは……。私は何て怪物を……招き寄せてしまったのだろう……)
ソーニャはレナンの力を直接目の当たりにした事で、彼が如何に恐るべき存在か改めて理解した様だ。
その事実により彼女は青い顏を浮かべ俯いた。そんな様子に横に居るリース達も心配そうにしている。
そんな三人の前に、オリビア達白騎士を引き連れたマリアベルが現れ、声を掛ける。
「何だ、お前達……ここに居たのか。探し……? どうかしたのか、ソーニャ?」
マリアベルは白騎士隊の面々を探していた様で、オリビア以外にベリンダやレニータ、それに救護活動を終えたルディナも居た。
残りのソーニャ達を探しに来たマリアベルはソーニャの落ち込みに気付いた様だ。
姉であるマリアベルは落ち込んで暗い顏をするソーニャに優しく声を掛ける。
対してソーニャは自分が最も大切に想う姉の優しさに触れ、我慢出来なくなり目に大きな涙を浮かべながら、自らの胸中をマリアベルに話した。
「……うぐ……お、お姉さま……ぐす……、わ、私は大変な事を……」
ソーニャは泣きながら、自分の考えをマリアベルに伝えた。ソーニャが何より恐れたのはレナンの怒りによりマリアベルを失う事だった。
ソーニャの涙ながらの告白を黙って聞いていたマリアベルは、ソーニャの話が終わると声を上げて笑って、彼女の頭を撫でながら朗らかに答えた。
「ハハハ、何だ! そんな事で悩んでいたのか! お前は大人びている様で、まだまだ子供だな!」
「! お、お姉さま! わ、私は真剣に……」
“ギュ”
「……あ……」
マリアベルが子ども扱いした事で、ソーニャは顔を赤くして言い返そうとした時に……。
ふいにマリアベルに抱き締められた。彼女兜を被っている為、その顔は分らないがソーニャにとても優しく囁く。
「……済まない、ソーニャ……お前に心配掛けた様だ……。礼を言う」
「べ、別に……礼を言われる程では……」
マリアベルに抱き締められて礼を言われたソーニャは顔を真っ赤にして呟く。対してマリアベルは安心させる様に明るく話した。
「お前の心配を消してやろう! ……レナン、済まんがちょっと此処に来てくれ!」
「……えー? 今、ちょっと……ややこしい……。あー、ご免なさい……我儘な隊長に呼ばれてるんで……」
向こうで討伐隊撤収準備に追われていたレナンは、呼んだマリアベルに文句を言いながら一緒に作業をしていた冒険者に侘びてマリアベルの元に来るのであった……。
一部直しました。