61)巨獣討伐-7(接触~棘の魔獣)
“ドズン!! ドズン!!”
地響きを響かせながら進む巨獣――
先程まで恐怖と不安を感じていたソーニャは、真横に居るレナンの気負いの無い姿を見て落着きを取り戻した。
街道左右の森に潜む牽制部隊と巨獣との距離はもうすぐ牽制攻撃を行う目測70mに達する。
牽制部隊に指示を出す立場のソーニャは迫りくる巨獣を見ながら、指示を出すタイミングを測っていた。
(……もう、少し……引き付けてから……5、4、3、2、1、良し、今だ!!)
「牽制部隊! 総員、攻撃開始!!」
「「「「了解!!」」」」
完璧な攻撃タイミングを見計らい出されたソーニャの指示の後、牽制部隊は一斉に魔法の詠唱を唱えて魔法を放ち、弓を持つ者は矢を放った。
「原初の炎よ 集いて 我が敵を焼き払え! 豪炎!!」
「天の光降立ち 閃光となりて 敵を打ち砕け 雷衝!!」
“ビシュ!! バシュ!!”
放たれた大量の魔法と矢は、巨獣の至る所に命中した。
“ドパアアン!! ビガガガン!!”
左右から一斉に攻撃を受けた巨獣は僅かに身を捩りもがき、絶叫する。
「ギュオオオオオオォ!!!」
耳をつんざくような巨大なその声に討伐隊の面々は気押されたが……、巨獣の様子がおかしい。
“ドズズズゥン!!”
大声で吠えた後、巨獣は歩行を止め地響きを響かせて両手を付いて前のめりになる様に、身を丸めて倒れこんだ。
轟音と共に周囲に舞う土煙。蹲るように倒れ込んだ巨獣を見て、討伐隊の総指揮を担う黒騎士マリアベルは叫んで指示を出した。
「奴は崩れた!! 近接攻撃部隊、前に出て叩くぞ! 我に続け!!」
マリアベルはそう叫んで抜刀し、蹲っている様に見える巨獣に飛び掛かった。
先行したマリアベルに続き近接攻撃部隊は一斉に巨獣に向かい突進する。しかし……。
“ガキン! バキン! ビキキ!”
突如巨獣の背中から何かが外れる様な音が響き渡る。
そして続け様に巨獣の背中一面に生えている鋭角な棘が蠢きだし、光を放って棘が巨獣の背中から飛び散った。
一斉に飛び散った棘は空に飛び立ったが光の尾を靡かせながら地上に突き刺さった。
“ビス! ボス! ドス! ドン!”
大量の棘は街道や討伐隊が潜んでいた森に鈍い音を立てて突き刺さる。
幸いにして誰も飛んできた棘には接触はしなかった。いや、正確には棘は障害物を避けて自分で方向を変えて飛んで来た様にも見える。
棘は黒く高さは2m位、幅は1m位の鋭い菱形だ。菱形の表面は昆虫の様な金属質だった。
その表面には縦に並んだ穴が幾つも空いており、落下してくる際はこの穴から光を放っていた。
地面に突き刺さっている部位は良く見れば、頑強そうな柱で構成されており内部は空洞になっている。
「……危ねぇなー! もう少しで串刺しになる所だったぜ!! しっかし……何だ、この石みたいな塊は……」
「ああ、初めて見るな……。巨獣から飛んで来たが……奴の攻撃なのか? その割には何の意味も無かったが……うん? よく見れば……こいつ、動いてないか?」
“ズズズズ!”
自分のすぐ真ん前に落下して突き刺さった棘を見た討伐隊の冒険者達が地面に突き刺さった棘を見て叫ぶ。
その内の一人が、突き刺さった棘が微妙に振動している事に気が付いた。
棘の振動は大きくなり、そればかりか大量に突き刺さった棘が一斉に動き出した!
“ギギイイィ!!”
“キイイィ!!”
棘は不気味な声を上げると、突き刺さっていた部分が伸びて4つに割れた。
正確には、元々脚だった部位を縮めて折り曲げていたのだ。それを展開し、四方に広げて立ち上った姿は4本足の蜘蛛の様な魔獣に姿を変えた。
いや、魔獣と言う割には、それは無機質な存在だった。生物である事は間違いないが、進化を経て形成されたマトモな生物では無い。
棘に擬態していた魔獣は自分の足で立ち上がった後、菱形の胴部に縦に切れ目が入りその切り別れた部位が変形しながら伸びて、丁度カマキリの様な2対の巨大な鎌を形成した。
そして鎌が生えた側の菱形胴部の表面に笹の葉の様な形の赤い光が4つ左右対称に現れた。恐らく眼となる器官だろう。
巨獣から放たれ、地面に突き刺さった全ての棘が変形を終え、大量のカマキリとクモを掛け合わせた様な不気味な魔獣に姿を変えた。
その様子に驚き焦った討伐隊の面々は、必死な形相を浮かべ、剣や魔法で迎え撃った。
「し、死にやがれ! この虫けらめ!!」
「魔法で丸焼けにしてやるぜ!」
“ガキン!”
“ボオオォ!”
棘の魔獣を前にした討伐隊達は、各々叫びながら有る者は剣で切り掛かり、別な者は魔法で攻撃したが……。
“ギイイイイ!!”
討伐隊の面々が放った攻撃を受けた棘の魔獣は一瞬怯んだが、何のダメージも与えられていない様だ。
その魔獣は鋼の如く極めて頑丈に出来ている様で、鍛えられた討伐隊の攻撃が棘の魔獣達に一斉に与えられたが、剣でも、魔法でも、棘の魔獣の表面には傷一つ付いていないのだ。
棘の魔獣は不気味に鳴きながら、胴部に形成された巨大な2本の鎌で周囲に居る討伐隊達を一斉に襲いだした。
“ザシュ! ザン! ガキン!”
「ギャアア!」
「うわあぁ!」
「こ、こいつ! 俺らの攻撃、効かない!」
棘の魔獣達は広く散らばりながら森に潜んでいた討伐隊の面々を一斉に攻撃した。
こうなると巨獣の相手どころでは無い。襲われた彼らは目の前に迫る棘の魔獣の対応に必死だ。
そんな中、蹲っていた巨獣に動きが見られた。
先ず背中一面に生えていた棘が飛び去った後、背中には抜け落ちた孔だけが空いていたが、その孔から新しい棘が生え揃った。
その後巨獣は前のめりに倒れる様に蹲っていた巨体をゆっくりと起こし始めた。
“ズズズズズ!”
完全に立ち上がった巨獣は、牽制部隊が行なった攻撃など何の影響も受けていない様だった。
何の事は無い、巨獣は牽制部隊の攻撃を受けて足元に潜む討伐隊を殲滅する為に棘の魔獣を放つ為に蹲っただけだった。
棘の魔獣に襲われる討伐隊を後にして、王都に向けて街道を進み始めた。
“ドズウン!! ドズウン!!”
何事も無かった様に、ゆっくりと歩み出す巨獣に対し、討伐隊は襲い来る大量の棘の魔獣に掛かり切りだ。
頑強すぎる棘の魔獣には討伐隊の攻撃が効かない。牽制部隊も近接攻撃部隊も統率は崩れ、次々と棘の魔獣に襲われ討伐隊達は倒れていく。
討伐隊総指揮官のマリアベルは白騎士のオリビアやレニータ達と共に、討伐隊を襲う棘の魔獣と戦っていた。
強い危機感を抱いたマリアベルは既に鬼化を行い、全力で棘の魔獣と相対していた。
「ハアアアァ!!」
“ザギン!!”
“ギキキイイ!”
赤黒い光を纏いながら戦うマリアベル。彼女は討伐隊を襲う棘の魔獣を大剣で次々に切り倒していく。
鬼化して人外の膂力と鍛えられた剣技の前では流石に棘の魔獣も一溜まりも無く崩れ落ちていく。
しかし、マリアベル以外の討伐隊はそうでは無い。
白騎士達は何とか持ち堪えているが、棘の魔獣を倒すまではいかない。棘の魔獣は頑丈過ぎて剣も魔法も弾くのだ。
見た所、棘の魔獣を倒せているのはマリアベルだけだ。
鬼化したマリアベルが持つ必殺技の鬼刃裂破斬なら棘の魔獣を何匹か纏めて倒せるだろう。
しかしあの技は数回しか使えない。大量に居る棘の魔獣には付け焼刃だ。
このまま持久戦となれば、直ぐにでも討伐隊は全滅するだろう。そう認識したマリアベルは愛しい彼の怪物の名を叫んだ。
「その力を今こそ示せ! レナン!!」
内容一部見直しました。