58)巨獣討伐-4(騒がしい夜)
夕餉の食器を水置場に洗いに来たレナンとルディナに絡んで来た酔った冒険者達。
襲ってきた彼等をいつもの通り、雷撃下級魔法で気絶させたレナンだったが……。
「「「「ウオオオオオォ!!」」」
レナンと酔った冒険者達との戦いを見ていた野次馬達が一斉に歓声を上げた。
「あのガキ! 本物だ! マジで強ぇ!」
「あの子……、魔法の詠唱破棄していなかった?」
「あの白く輝いた体……。強化魔法か……」
歓声の後、野次馬達はレナンを観察する様に囁き合った。
そんな野次馬の冒険者達の中から、一際大きな男がのっそりと進み出た。
顔は傷だらけで短く刈ったブロンドと相まって如何にも逞しいと言った風貌だ。
手には片刃の大剣を持っている。
「……俺はラジル……2級冒険者だ……。白き勇者、レナン……お前の力……どうやら見誤っていた様だ。手合せ願う!」
対してルディナは声を大きくして制止する。
「お止めなさい! 此処は私闘の場では有りません! 改めなさい!」
「いいや……戦士にとって……戦いの時と場所は選ばない。……麗しき騎士よ……この場は下がるがいい!」
ラジルと名乗った大男はルディナの制止を振り切り、刃を裏返して切り掛かって来た。刃を裏返したのは峰打ちにする為だろう。
“ブオン!!”
ラジルと名乗った男の大剣は鋭かった。対してレナンは帯剣しておらず、不利な筈だったが……。
“ガシイ!”
レナンは強化魔法で白く輝せた左腕でラジルの手首を掴まえ剣を止めた。次いで右拳を握りしめラジルに鋭いボディブローを与えた。
“ドガァ!”
「ぐう!」
“ズザァ!”
ラジルは横に飛ばされ片手でレナンに殴られた脇腹を抑える。
強化魔法により強力な拳の一撃を受け、吹き飛ばされ痛みにより息も粗く、立っているのも辛そうだ。
しかしラジルは鍛え上げられた屈強な戦士だ。どんなに自分が不利でも絶対に膝を付かない男だった。
「お、おのれ」
ラジルは痛みに耐えながら、レナンを見つめる。彼は何の構えもせず突っ立っていただけだが……。
突如、その姿が搔き消えた!
「……終わりです……」
そんな声がいきなり背後でしたかと思い、ラジルはギョッとした。そして……。
“ガツン!”
「グッ!」
ラジルは唐突に背後で声を掛けられたので振り返ろうとしたが、首に衝撃を受けそのまま気を失った。
レナンが瞬時にラジルの背後に移動し、強化された手刀で彼の首を打ち、意識を刈り取ったのだ。
「「「「オオオオオ!!」」」」
その様子を見ていた野次馬達は更に歓声を上げ、大盛り上がりを見せていた。
いつの間にか野次馬達の数も増えていて、皆は大興奮だった。
「オイオイオイ!! ラジルがやられたぜ! しかも一瞬だった!」
「彼は無手だった……。にも拘わらず、剣を持ったラジルを倒すなんて……」
「見たか……!? 何だ、あの動き! 残像も写らなかったぞ!?」
ザワザワと話し合う野次馬の冒険者達。その内、彼等の中からレナンとの対戦を望む声が次々上がった。
「次は俺だ!! 俺がアイツと戦う!」
「いや! 俺だ! 俺の弓なら奴に届く!」
「アンタ達、引っ込んでなさい! 私の魔法を彼に是非見て貰うの!」
いざ我よ、と一斉にレナンに向かってくる野次馬達。対してレナンとルディナは顔を見合わせて、どうしようかと苦笑を浮かべて困惑していると、魔法を詠唱する声が響いた。
“原初の炎よ 集いて 我が敵を焼き払え! 豪炎!!”
“バアアァン!!”
涼やかな声の後に上空に上げられた赤い火の玉。次いで火の玉は大きな音を立てて夜空に火球を生じさせた。
「「「「…………」」」」
夜空に生じた爆発で、場の興奮は静まった。その後、鈴の様な声でソーニャがこの場に居た全員に向けて叫ぶ。
「何をやっているのです!? 静かになさい!!」
マリアベルや他の白騎士達と共に現れたソーニャは爆裂系の中級魔法を夜空に向け放ち、冒険者達に自制を促したのだ。
ソーニャと共に現れたのは黒騎士マリアベルと白騎士達だ。恐らくはレナンの首輪を通じて周囲の状況を拾い、この場に駆け付けたのだろう。
尚、マリアベルは厳めしい兜を被って素顔を隠していた。彼女はレナンを見るや苦言を呟く。
「……全く……お前と言う奴は……節操が無い……」
「僕何もしてないよ? 酔っ払いに絡まれたルディナさんを守っただけ……」
マリアベルに文句を言われたレナンは自分の正当性を訴えた。実際レナンの言う通りで彼は良い事しかしていなかった。
しかし初恋に溺れるマリアベルは聞く耳を持たない。
「そ、それが! 節操が無いと言ってるんだ! お、お前は……直ぐに他の女に優しくする!」
「えー!? そ、そんな事言われても……」
「う、うるさい! とにかく……お、お前は……私の横に居ればそれでいいのだ!」
レナンの当然の抗議に恋に浮かれてお子様と化しているマリアベルは子供の様に理不尽な事を言う。
マリアベルとレナンのやりとりを聞いていたルディナがニコニコしながらマリアベルに釘を刺す。
「……マリアベル様……。僭越ながら……一言だけ申し上げさせて下さい。
……女は余裕を持つべきです。男を手玉に取れる位に……。そして女は男を包み込む存在で在るべきかと思います……」
小さく囁いたその言葉を聞いたレナンは何度も頷いて同意し、白騎士達女性陣は困った様に視線を逸らす。
経験も多く洗練された美しい女性であるルディナの言葉は白騎士達にとって耳が痛い様であった。
(しかしレニータだけはルディナの言葉を忘れない様にメモを取っていた)
耳が痛いのは白騎士達だけでなく、初めての恋に悶えるマリアベルもその様でルディナの言葉を受けて何やらブツブツ呟いている。
「……余裕ある……包み込む……ダメだ……な、何をどうして良いか……全く分らん。うーん……うう……う、うがー!!」
何やら呟いていたマリアベルは突然ブチ切れて奇声を発した。そして何を思ったのか、もう解散して帰ろうとしていた野次馬の冒険者達に向かって叫ぶ。
「お、お前達!! このレナンは我が物だ! このレナンと戦いたくば、先ずはこの私と戦え!!」
驚いたのは野次馬の冒険者達だ。見世物が終わりこの場から去ろうとしていたからだ。
「え!? いや……俺らは白き勇者と戦いたいだけで……、別にアンタとは……」
「……何か殺されそう……地味に怖いわ」
マリアベルの誘いに乗り気でない野次馬の冒険者達は小さな声で不満を言っている。対してマリアベルは怒り出した。
「ええい、うるさい!! 纏めて掛かって来い!!」
そう叫んだマリアベルは野次馬の冒険者に飛び掛かって行った。これは完全な八つ当たりであった。
残された白騎士の内、戦闘狂のレニータとべリンダも喜喜としてマリアベルと同様、野次馬に飛び掛かって行ったのであった……。
一部見直しました。