57)巨獣討伐-3(クマリはストーカー)
楽しい夕餉中にレナンが発した一言で言葉を失ったマリアベル達だったが、すぐさま気を取り直したマリアベルが大声で彼に問う。
「何!? レナン、お前アイツに何かされなかったか!?」
「レナン! 何故すぐ言わない!?」
「……馬鹿な! 討伐隊の中に奴の名は無かった筈だ!」
レナンの問いに驚いたマリアベルが彼に掴み掛かる勢いで聞き返した。
同時にレニータからも心配され、オリビアも黒ローブ冒険者に対し、忌々しそうに叫んだ。
ソーニャ達、他の白騎士も不快感を表している彼女達の様子を見る限り、どう見ても黒ローブの冒険者は歓迎されていない様だ。
レナンは静かに彼女達に尋ねた。
「別に何とも無かったよ。……まぁ、いきなり死角からナイフ投げられたけど……」
「やっぱり!! オイ、オリビア! 討伐隊全員の中からアイツを探して連れて来い!」
「はい! マリアベル様!」
レナンの言葉を聞いて激昂したマリアベルはすかさずオリビアに指示を出す。立ち上がってこの場を去ろうとするオリビアをソーニャは手で制止してマリアベルに意見する。
「……お姉さま、無駄ですわ……あの者はアレでも特級冒険者……マリアベルお姉様とレナンお兄様以外に彼の者は捕えられません。
……何よりレナンお兄様に対し接触したと言う事はもう近くには居ないでしょう……」
「ぐぬぬ……おのれ……クマリめ……」
ソーニャの言葉に悔しそうな顔をして呟くマリアベル。対してレナンは意味が分からず皆に問う。
「……あの……話が見えないんだけど……クマリって人がさっきの黒ローブの冒険者?」
レナンの問いに対し忌々しそうにマリアベルが答える。
「ああ……そうだ……クマリ……素性不明の特級冒険者だ。知っていると思うが特級冒険者は、この王国に数える程しか居ないという圧倒的な実力者だ。どういう訳か……私を付け狙い、お前にした様な過激な“挨拶”を喜喜として仕掛けてくる危険な奴だ。
殺意が無く本気じゃ無いのが嫌らしく、私以外は狙わないので放置していたが……まさか、お前にまで手を出すとは!? 流石にコレは許せない! この任務が終わり次第ギルドに行って抗議してやる!!」
レナンにそう話すマリアベルは怒りで耳を忙しく動かしている。
レナンは”怒る場合は耳が立ち気味になるんだ”と彼女の耳に対する新しい事実を確認しながら、マリアベルに再度問い掛ける。
「何でクマリって言う特級冒険者が君を狙うの? マリアベル……君、何かその人に何かしたんじゃない?」
「……もう余り覚えていないが……無法者共を捕縛する任務の際……諜報活動で潜んでいたアイツに切り掛かった事が有った様な……。それと大規模な魔獣討伐の際……鬼刃裂破斬を使った際に討伐隊に居たアイツを巻き込んだ様な……。ええい! 昔過ぎて覚えていない!」
「……いっぱい理由有りそうだね」
レナンの問い掛けに対し、マリアベルはクマリとの過去を思い出そうとするが……色々有り過ぎて思い出すのを放棄した。対してレナンは苦笑しながら答えた。
「と、とにかく……理由は良く分らんが、私はアイツにちょっかいを受ける様になった……。余りにしつこいから度々返り討ちにしてやったんだが……逆にアイツは喜喜として迫る様になって……」
「お姉さま……御可哀そう……」
「姫殿下……おのれぃ! クマリめ! 何時の日にか私が召し取って見せます!」
マリアベルが伝えたクマリによるストーカー被害にソーニャも同情し、オリビアに至ってはクマリを捕縛せんと飛び出しそうな勢いだった。
「うわぁ……悲惨だね……。うん? 待てよ? ……そう言えば僕も半年前……どこかの誰かさんにイキナリ本気で襲われた上に……罠に掛けられ……攫われたよね?」
対してレナンは初め、ストーカー行為を受けるマリアベルに同情したが、自分も同じ立場だと思いだしてジト目で彼女に迫る。
「う! だ、だが、お、おおお前の場合は、あっさりと私を下した上に……気絶した私を気遣い……麻袋を掛けてくれたでは無いか……私は、あの戦いから……お前の事が……」
レナンから“クマリの事言えない”と暗に指摘されたマリアベルだったが、レナンと初めて戦ったあの日の事を思い出して、乙女モードになり赤くなって俯いて呟いた。
彼女の心を現す特徴的な耳は嬉しそうに忙しく動いている。そんな様子を見たレナンは慌ててマリアベルの言葉を遮った。
「も、もう良いよ」
初恋に悶える姉の様子を見たソーニャは額に手を当てて呟いた。
「……ご馳走様です……お姉さま」
そんなソーニャを見て、他の白騎士達は声を上げて笑うのだった……。
楽しく終わった夕餉。レナンは白騎士ルディナと共に後片付けの為に馬車から離れ、水溜場にて食器を洗いに来ていた。
ランプの光りで照らされたそこは共同の仮の水洗い場となっていた。全員分の食器を洗い終わり戻ろうとした所に、酒に酔った野太い男達の声がする。
「おやおやー! これはー白き勇者のレナンちゃんじゃねぇか!? お姉ちゃんと一緒にお片付けかー!」
「ギャハハハ! こりゃ笑えるわ!!」
レナン達が振り返ると、随分酒に酔った状態で討伐隊の冒険者と思われる男達が5人、ふら付きながらレナン達を囃し立てた。
その様子を見たレナンは、彼らに呆れながらルディナに声を掛ける。
「……ルディナさん、彼らに絡まれては面倒です。先に馬車に戻っていて下さい」
「レナン君……有難う……お姉さん、嬉しかったわ……。だけど私は騎士だから」
「いいえ、酔った彼らの相手など、騎士のルディナさんがやる事では有りません。僕が諌めます」
ルディナの申し出をレナンは柔らかく断った。そんな二人のやり取りを聞いていた冒険者達は怒りルディナに迫る。
「何をゴチャゴチャ言ってやがる! おい! そこの姉ちゃん! そんなガキ放って置いて俺らと来いよ!」
「……お断りします。先程から私の仲間に対する無礼……唯では済みませんよ?」
酔っぱらった冒険者の男がルディナに凄むが、白騎士である彼女は毅然と対応する。
「こ、こいつ! 生意気言いやがって!」
きっぱりと断られた事に腹を立てた冒険者がルディナに掴み掛ろうとするが……。
“グイ!”
瞬く間に酔った冒険者の男とルディナとの間に割って入ったレナンが、男の腕をがっちりと掴んだ。
彼の体は強化魔法で白く輝いていた。そしてレナンは低く呟く。
「……いい加減にしろ……。いい歳してみっともない」
そう呟いて、レナンは男の腕を捻り上げた上でズボンを掴み、強化された腕力でそのまま遠方に投げ飛ばした。
“ブオン!”
“ドガァ!!“
「グアァ!!」
投げ飛ばされた冒険者の男は遠方の木にぶつかりそのまま気絶した様だ。残った4人の男達は一斉に殺気立ちレナンを取囲む。
「てめぇ! ガキだからって容赦しねぇ!」
「やっちまえ! どうせ勇者なんて、唯の飾りモンだ!」
囲まれたレナン。よく見れば騒ぎを聞きつけた他の冒険者達が野次馬として集まって来た。流石に王城の騎士隊は野次馬に参加はしていない様だ。
そんな中、痺れを切らした冒険者の男がレナンに向け殴り掛かってきた。対するレナンは何も臆せず、その男の前に出た。
酔った冒険者の男は丸太の様な右腕を振り抜く。当たれば唯では済まないだろう。
“ブオン!”
レナンは男の右ストレートをあっさりと避け、ガラ空きとなった男の脇腹を蹴飛ばし、他の3人にぶつけてやった。
“ガツン!!”
「うぁ!」
「お、おい何でコッチに!?」
「痛ってぇ!」
蹴飛ばされた男にぶつかられた冒険者達は一斉に転んで地面に転がっている。そこにすかさずレナンがお馴染みとなった魔法を発動させた。
「雷刃……」
“ガガガン!”
すると冒険者達全員の頭上に突如小さな雷撃が迸った。雷撃を受けた彼等はあっさりと気絶しこの迷惑な騒動は終わったのだった。
一部直しました。