56)巨獣討伐-2(謎の冒険者との邂逅(かいこう))
レナンの存在をすぐ傍に感じながらも、近付く事も話す事も出来なかったティア。
彼女はその事実に大きなショックを受け、アーケードの端で座り込んで居た。レナンとティアとの遠すぎる距離を改めて思い知らされたのだ。
その状況に落ち込み動けないでいると、ティアを心配するミミリに声を掛けられる。
「……ティアちゃん……? 大丈夫?」
ティアは涙目となったその目でミミリを見ると彼女は心底心配そうにティアを見つめている。
いや、ミミリだけじゃない。背後に居るリナやジョゼ、そしてライラも心配そうな顔でティアを見守っていた。
そんな皆を見たティアは、手で涙をぬぐいゆっくりと立ち上がった。
(……凹んでいる場合じゃない!)
そんな風に自分を奮い立たせたティアは、心配してくれる親友達に“大丈夫だよ!”と気丈にも笑って見せたのだった……。
◇ ◇ ◇
沢山の住民達に見送られて王都を出発した討伐隊。レナンは先頭で馬を駆るマリアベルの横に、レナンも馬を並べて並走した。
魔獣の予想進路はフリントから王都へ真っ直ぐ直進している模様だ。
フリントの街が未知の魔獣に襲われたと聞いて非常招集された討伐隊だったが、報を受けて討伐隊が組織されるまでかなり時間が経過しており、王都を出たのは午後過ぎだった。
レナンは態々(わざわざ)討伐隊を組織せずとも一刻も早く魔獣の元へ向かうべきとマリアベルに意見したが、討伐を命ずる国王側からは先日のジェスタ侵攻を考えると不測の事態に備え準備すべきとの慎重論が根強く、敢えて討伐隊の組織編制が指示された。
なお王都から北方にあるフリントは遠く、馬を走らせても今日中には魔獣と接触する事は出来ない為、討伐隊は出来るだけ先に進み途中で野営して日の出と共に出立する予定だった。
馬により走り抜いた討伐隊の一行は日が落ちる前までに見通しの良い街道の平野部で野営する事にした。
各班に分かれてテントを張り、食事の用意をする一行。夕食は干し肉等の保存食や固いパンを各班に支給されていたが、食に拘る一部の者達は街道脇の森にて魔獣等を狩り質素な支給食を補った。
レナンもその一人で食に五月蠅い白騎士隊の為(主にソーニャとレニータ)に狩りに出掛けた。
レナンはバルドやミミリと共に半年間近く冒険者として活動した経験が有り、冒険者稼業についての技術は取得していた。
その為に狩りや獲物の捌き方、野外料理方法なども難なく対応出来たのだ。
森に入ったレナンは白騎士隊から借りた弓で適当に魔鳥等の獲物を簡単に仕留め、首から血抜きし羽毛を毟って内臓を取り除いた。
そうして用意したメインディッシュの食材を袋に詰め皆が居る野営場所まで戻ろうとした時……。
“ヒュヒュン!!”
突如風切音がして、何かがレナンに迫った。
“キキン!”
レナンは持っていた宝剣マフティルで、投擲された何かを難なく弾く。
投げられたのは短剣だ。レナンは短剣が投擲された方を見るが誰も居ない。彼は短剣を拾って一言呟いた。
「……返します」
そうしてレナンは、一本の太い木に向け短剣を投擲した。
“ヒュン!”
“ズガ!”
レナンが放った短剣は軽く放り投げたにも関わらず、太い木の幹に深く刺さった。
しかし周囲には何の変化も無い。彼は構わず静かに姿の見えない襲撃者に問い掛ける。
「……急所を外しているとはいえ……随分悪趣味ですね?」
レナンが皮肉を呟くと……。
「フフフ……私の居場所だけでなく……狙った部位まで分るとはね……」
そんな声と共にローブで全身をすっぽり覆った小柄な冒険者? が現れた。
その容姿は面妖で、羽織っているローブは真っ黒でフード部分は顔を完全に隠し、念入りに仮面まで付けている。
真黒いその姿に既視感を憶えたレナンは静かに問う。
「全身真っ黒……。貴方は黒騎士殿の親戚か何かですか?」
「フフフ……“彼女”とは長い付き合いでね……。だけど、別にこの格好とは関係ないよ」
レナンの問いに不敵に答える黒ローブの冒険者。対してレナンは彼の者が、マリアベルが女性である事を知っている事に強い危機感を抱いた。
「……貴方は何者ですか……?」
「オッと! 誤解しないで! 私は“彼女”の熱烈なファンでね……。私の事は彼女も良く知っている筈だよ? それに……白き勇者君……私はね……今は君に会いに来たんだ……最近彼女が夢中な“白き勇者”殿の御尊顔を見せて貰おうと思って」
「…………」
「フフフ……こうして会ってみると……彼女、いや、マリちゃんが夢中になるのが分るよ……。だけど、楽しみは今度に取って置こう……。それじゃレナン君……、今後とも宜しく……」
不信感を抱いたレナンに対し、黒ローブの冒険者は明るい調子で答え……、スッと闇に消え去った。
残されたレナンは気味悪さを憶えながら獲物を持って野営場所に戻るのだった……。
◇ ◇ ◇
野営場所まで戻ってきたレナンはマリアベル達が休憩する漆黒の巨大な馬車の元へ向かう。
馬車は敢えて野営場所の奥に停車されている。この馬車は黒騎士マリアベルの為に用意された特別性で一般の馬車より巨大な内部では簡易ながらダイニングセットが設置されていた。
大きな馬車を曳く馬も普通では無く、強力な馬力を得る為、魔獣と掛け合わせた馬だった。
馬車の周りではオリビアを始めとする白騎士達が護衛している。彼女達は姫殿下でも有るマリアベルを守護しているのだ。
そんな白騎士達にレナンは手を挙げ答えた。そしてレナンは馬車の中に居るマリアベルとソーニャに顔出ししてから夕飯の準備に取り掛かった。
レナンが作ろうとしたのは森で狩ってきた魔鳥によるトマト煮だ。トマトは魔鳥の肉と相性が良く甘みが有りマリアベル達女性騎士の口に合うだろうと考えた上で選択だった。
レナンは魔鳥の肉を適当な大きさにカットし、火炎魔法を使ってフライパンに火を掛け、持って来た野菜と共に炒める。
最後に潰して液状にしたトマトと酒やソース等と一緒に絡めて煮込めば完成だ。
慣れた手つきでトマト煮を作り終えたレナンは、馬車の前に設置したダイニングテーブルに配膳し、マリアベル達を夕飯に誘った。
野外テーブルにマリアベルやソーニャ達白騎士が集まり、ささやかなディナーが始まった。
周囲に人が居ない事を確認したマリアベルは黒い鎧を纏ったまま、兜を外して素顔を見せていた。
レナンはマリアベルやソーニャ達に作ったトマト煮を配りながら、彼女達に料理の味を聞いた。
「……どうかな? 時間が無かったから手抜き料理だけど?」
「いや! 肉は柔らかく煮込めているし、野菜もトロトロで本当に美味い!!」
「トマトソースが良い香りで食が進みます」
「レナン君、凄く美味しいわ!」
「お前……強いだけじゃ無く料理も出来んだな……自信無くすわ……」
「……全くだ」
レナンに料理の感想を求められた彼女達はマリアベルを筆頭に皆が称賛し、レニータとべリンダが何故か複雑な顔をしていた。
楽しい雰囲気で始まった夕餉の一時……。
マリアベル達はレナンが作ったトマト煮を突きながら軽くワインを楽しんでいる。
対してレナンは夕飯を皆が喜んでくれた事を安堵していたが、森で出会った冒険者の事を思い出しマリアベルに問うてみた。
「……マリアベル……森で黒ローブ姿の冒険者? に会ったよ。君の事を知っている様子だったけど……?」
「「「「!!……」」」」
レナンが何気に黒ローブ姿の冒険者の事を聞いた途端、楽しそうに談笑していたマリアベル達は絶句して固まった……。
一部見直しました。