55)巨獣討伐-1(果たせぬ再会)
未知の魔獣に襲われた国境近傍の街フリント。その報を受けたレナンとマリアベル達は魔獣討伐に乗り出す。
まずマリアベルは国王カリウスに指示を仰いだ上、王城で騎士を中心とした討伐隊を結成した。
それから王都の冒険者ギルドに要請を行い馬に乗れる2級以上の冒険者を集い、討伐隊を増強した。
今回の魔獣は全く未知の危険な存在であり、機動力と戦力を即座に準備出来る上級の冒険者を募ったのだ。
大至急で結成された騎士と上級冒険者による混成討伐隊は王城の正門前に集められ、黒き鎧を纏った黒騎士マリアベルが討伐隊全員に向け大声で指示を出す。
「勇猛なる戦士達よ! 良くぞ集ってくれた! 知っての通り、フリントを襲撃した魔獣は王都へと向かっている! 我々は彼奴の血の一滴まで討ち滅ぼし! これ以上の侵攻を許してはならない! 諸君らの検討を期待する!
なお、この作戦には先日ギナル皇国による侵攻を未然に防いだ白き勇者が参戦する! 寄って我らの敗北は有り得ない! 白き勇者レナンよ! 皆に鬨を上げよ!」
マリアベルは討伐隊全員に叫んだ後、レナンに士気を鼓舞するよう求めた。
こんな風にレナンは度々大衆の前に晒され、その存在を皆に示させられたが、その目的は国王カリウスの示威の為に国内外に白き勇者の存在をアピールする事だった。
レナンはもはや何度目か分らない“宣伝活動”に辟易しながら、マリアベルに促されて討伐隊の前に立った。
すると……、討伐隊の皆は一斉にレナンを見つめた。
レナンに集まる多くの視線……。
今までなら視線の多くは期待や好奇といった目を向けられていたが、今回はそう言った視線とは別に“測る”、そして“挑む”様な目を向けられているとレナンは感じていた。
しかしレナンは他人の評価等気にする性分では無かった為、臆せず声を上げる。
「皆さん、初めまして! 黒騎士マリアベル殿より紹介されたレナン フォン アルテリアです! 今回の討伐戦では皆さんの足を引っ張らない様頑張りますので何卒お願いします!
皆で協力し魔獣を討伐したいと思いますので宜しくお願いします!」
士気を上げる鬨と言うより、歓迎会の挨拶の様なレナンの言葉に集まった討伐隊から小さな声が聞こえた。
「……あれが……白き勇者? 近くで見ると唯の子供じゃねェか? 本当に強いのか?」
「そんな事より! 噂通り、あの子スッゴク可愛いよ!」
「……あんなのが勇者だと? 笑わせるな」
皆から上がる小さな声に構わず、ニコニコしながらマリアベルの横に戻るレナン。
対してマリアベルは厳つい兜を被っている為、表情は見えないが実の所苦笑しながら、“夫”のフォローに回る。
「諸君! 彼の者の容姿に騙されぬ事だ! 彼は私を遥かに超える怪物! 此度の討伐戦では魔獣等歯牙にも掛けんだろう! 彼の者を超える働きをした者には褒賞を出そう! 各位の働きに期待する!」
マリアベルの叫びに討伐隊の皆はどよめき立つ。
王国最強の黒騎士がレナンの事を自分より強いと認めたのだ。それにレナンを超える働きをした者には褒賞を出すと言った言葉にも冒険者達を中心に喜びの声が上がった。
いずれにしてもレナンの“挨拶”の後、緩んだ場は、マリアベルの言葉に一瞬で引き締まった。
そんな様子にレナンは素直に感心していたが、背後に居たソーニャから“しっかりしなさい”と怒られていたのだった。
マリアベルの言葉の後、討伐隊一行は王都のメインストリートを抜け、王都正門へ向かう。王都を出てフリントの方面へ向けて出発する為だ。
王都のメインストリートは重厚な石造りで非常に長く全長数kmにも及び、道の両側には様々なアーケードが立ち並ぶ。
恐ろしい漆黒の鎧を纏う黒騎士マリアベルは討伐隊の先頭にて馬に跨り一行を率いる。
レナンはその横に控え、ソーニャ達白騎士隊はマリアベルの真後ろに続く。他の騎士隊や冒険者達はその後続についた。
正門に向け進む討伐隊一行を、メインストリート両側のアーケードから非常に沢山の王都の住民達が見送る。
この王都では黒騎士は代々王国を救う英雄として扱われていた。
黒騎士に付き従う白騎士隊も見た目の美しさと凛々(りり)しさも有り、黒騎士と白騎士隊は王都ではまるでアイドルの様に持て囃されていたのだ。
そんな中に突如現れた白き勇者レナン。
先日のギナル皇国侵攻を未然に防いだ事を大々的に宣伝されて以来、レナンは注目の的だった。
その彼が王国で英雄視されている黒騎士の横に居るだけで、討伐隊を見送る王都住民達は熱狂的に賛美しながら見送った。
見送る住民の中には彼の生まれ持った整った容姿のお蔭か、レナンを絶大に慕う女性達も非常に多く居る様で大声で彼の名を呼ばれる。
「レナン様ー!! 頑張ってー!!」
「キャー!! 本物よ!!」
「レナン様ー!! こっち向いてー!!」
そんな湧きあがる黄色い歓声にレナンはいつもの様に辟易しながら、作り笑いを浮かべてマリアベルと共に進む。
すると背後からソーニャが冷やかしの声を掛けて来た。
「……大変ですね? 白き勇者様?」
「……ホント良く言うよ、こうなる様に僕達を陥れた癖に!」
「私達は陛下に命ぜられた通りに動いただけです。文句が有るなら陛下に言って下さい」
「……そんな事言いながら、楽しんでやってただろ!?」
「其れは否定しません」
“レ……レナン……レ、レナン”
「ほら! 大体君は……うん!?」
冷やかして来たソーニャに対し、レナンは盛大に文句を言う。対してソーニャは、自分は命ぜられただけ、と開き直るがソーニャの本性をやっと理解したレナンは怯まない。
対してソーニャは悪戯っぽい笑顔を浮かべてあっさり認めた為、レナンは更に文句を言おうとして小さな声に気が付いた。
「……どうかしたのですか?」
「いや……ティアの声が……聞こえた気がした」
何かに気が付いた様子のレナンを訝しみ、ソーニャがレナンに問う。
対してレナンは周囲を見渡して何かを探しながら答えた。その様子を見たソーニャが彼に釘を刺す。
「……気の所為でしょう。彼女は未だアルテリアに居る筈……。これだけの人が居れば似たような声の者もおりますわ……。
レナンお兄様……故郷に思いを馳せるのも結構ですが、今は魔獣に集中して下さい」
「……分ってる……問題無いよ」
忠告してきたソーニャにレナンは静かに答えた。
◇ ◇ ◇
「レナン!! レナン!! 私は此処よ! レナン!!」
メインストリート両側のアーケードを埋め尽くす王都の住民達。そんな住民達の背後でティアはレナンに何度も張り裂けんばかりの大声を上げていた。
しかし沢山の黄色い歓声によりティアの声は打ち切され、近付こうにも余りに多くの人の壁に遮られ、ティアはレナンの元に駆け寄る事は出来なかった。
ティアがレナンの事を知ったのは王都の冒険者ギルドだ。
そこでティアに協力してくれる事になったリナとジョゼの冒険者登録を彼女らと行った際に、提示版に目立つ様に張られた魔獣討伐の募集要件を偶々見たティアは衝撃を受けた。
そこに記されていたのは討伐隊に“白き勇者”レナンの参加表明だった。
その事を知ったティアは大慌てで、その討伐隊への参加をギルドに申請したが、参加条件は2級以上の上級冒険者であり尚且つ定員オーバーの為、既に募集は打ち切られた事を知らされた。
しかも、討伐隊はもう直ぐ王城から出立する筈とギルド職員に聞かされたティアはリナやミミリ達と共に、討伐隊として出立したレナンを一目でも見る為に王都のメインストリートまで皆で走ったが……。
時は既に遅く、メインストリートはレナン達討伐隊を見送ろうと集まった、沢山の住民達で埋め尽くされていた。
そんな状況の中、ティアが居るアーケード横を通り過ぎるレナン達討伐隊を人垣の隙間から垣間見たティアは大声でレナンに向け何度も叫んだ。
だが、その声は虚しくも沢山の人達が放つ黄色い声援に掻き消され彼には届かなかったのだった……。
追)一部見直しました!