54)マリアベルとの生活
訓練場からソーニャに呼び出されてマリアベルの部屋に行ったレナン。
そこでは、白騎士ルディナが自分の婚約者レナンを慰めた事が面白く無いマリアベルが、盛大に拗ねて窓の外を見つめ憮然としていた。
対してレナンは小さな溜息を付いて、彼女を宥めに掛かる。
彼にとって拗ねた女の子を宥めるのは慣れていた。
ここには居ない大切な少女……、ティアに対して散々対応してきたから。
レナンはマリアベルの拗ねた態度に既視感と懐かしさと……そして悲しさを感じながら、大人げない黒騎士殿の処理に掛かった。
「……どうした? マリアベル?」
「!……どうもこうも無い! お、お前は私の婚約者なのだ! だ、だったら節度ある行動を……」
レナンは静かにマリアベルの前に座り、彼女の目を見ながら優しく静かに尋ねた。
対してマリアベルはレナンが前に座った事が嬉しくて堪らない様で、盛大に特徴的な耳を動かす。
しかし表情には出さず、表面的には憮然とした態度を貫いている。レナンはそんな彼女の様子に苦笑しながら、宥め作業を続ける。
「“首輪”を通じて見てたんだろ? 少し落ち込んだ僕をルディナさんが慰めてくれただけだよ?」
「……そ、それは分ってる……。でも……何か、上手く伝えられないけど……その役は……私がしたいのだ……。でも……お前を連れ去ったのは……私だから……」
レナンの言葉にマリアベルは耳を忙しく動かして答えた。
しかし話している内に自分が彼に仕出かした事を思い出し、落ち込んで声も同時に小さくなっていた。
その気持ちを表すが如く、彼女の特徴的な耳は折れそうなほど下を向いていた。
そんな彼女の様子にレナンは思わず微笑み優しく彼女に話した。
「……もう……その事は良いよ……いや……良くは無いけど……君一人が悪い訳じゃ無いし……」
「そ、そうか!? ゆ、許してくれるのか!?」
レナンの言葉に顔を輝かせて喜ぶマリアベル。当然彼女の耳も喜びを表し忙しく動く。対してレナンは冷静に答えた。
「……許すとか……そう言う事じゃ無く……ただ……悲しいだけだ……」
「あ……」
レナンは思い出す様に呟いて俯く。
その様子を見たマリアベルは小さく声を漏らし大声で叱られた犬の様に落ち込み、その耳も一層下を向いて彼女の落胆ぶりを示していた。
二人の様子を見ていたソーニャが姉の激しい落ち込みを見てすかさず咳払いしてレナンに知らせる。
「あー……コホン」
「ハッ」
ソーニャの咳払いを受けてレナンはマリアベルの事を思い出し、慌てて彼女を宥めに掛かる。
「そ、そんな事より……一緒にケーキを食べない? 厨房から沢山貰って来たんだ!」
「!!……ば、馬鹿にするな! わ、私は食い物なんかに踊らされん」
レナンの提案に対しマリアベルは憮然として呟いたが、彼女の態度に反してその耳は忙しく動き喜びを表していた。
そんな彼女を見たレナンは安心してマリアベルに話す。
「まぁ、そんな事言わず一緒に食べよう? ソーニャの分も有るんだ」
「そうですわ! お姉さま、一緒に食べましょう!」
レナンの言葉を受けてソーニャが間髪入れず相槌を打った。マリアベルはレナンに次いで妹のソーニャに言われれば従うしかなかった。
「ソ、ソーニャに頼まれれば……う、うむ……、仕方あるまい。な、ならば……頂こうか? 私は、そのイチゴの大きい奴が良いな」
マリアベルは大人の態度を取った心算だがその耳は激しく動き喜びを表しており、しかもしっかり自分が欲しいケーキを指定した。
そんなマリアベルの態度にレナンは思わず笑ってしまった。
マリアベルの様子を見ていると責める気や悲しい気持ちが薄らいで来たのは事実だ。
しかし始めは割り切れず、マリアベルやソーニャに対し怒りや憎しみを憶えていた。
だが同時にマリアベル達に怒りをぶつけるのは筋違いだとレナンは分っている。
彼女達はカリウス国王の命に従っただけであり罪に問うべきはカリウスだと言う事も聡明なレナンは分っていたのだ。
そのカリウスは息子のアルフレドを溺愛しており、彼と彼が暮らすこの王国を何とか守りたいと思うが故に自分と言う存在をアルテリアから強奪したと、王城で暮らす内に理解した。
かと言って全てに納得できる筈も無く、ティアと別れさせられた悲しさと人を殺してしまった後悔……。
そういった悶々とした感情は消える事は無かった。
そんな不安定な心を抱えていたがティアと学校で会える、と言う事をマリアベル本人から聞いてレナンは漸く落ち着きを取り戻したのだ。
並びに、レナンに対するマリアベルの過剰な愛情表現やヘタレな態度を見る内に氷が徐々に解ける様に彼にも笑顔が戻ってきた。
ケーキを見て喜ぶマリアベルを見たレナンは彼女達に話し掛ける。
「……喜んでくれたみたいだね。それじゃ僕はお茶を用意するから、二人は座っていて」
そうしてレナンお茶の用意をした。アルテリアでもティアの為にこうしてお菓子やお茶の用意をしていたレナンは慣れた手つきだった。
マリアベルとソーニャの前に甘いお茶と各々が選んだケーキが並べられる。
「さぁ、食べようか?」
「あぁ」
「えぇ」
レナン達3人は穏やかなティータイムを過ごした。大人の女性を気取って静かにマリアベルはケーキとお茶を楽しんでいるが、落ち着き払ったその態度と裏腹に彼女の耳は忙しく動き喜びを表していた。
そんな様子をレナンとソーニャは笑い合って気付かない振りをしながらお茶を楽しむ。
穏やかな午後の時間が過ぎて行き、何事も無く今日も終わるかと思ったが……。
「し、失礼します! マリアベル様!」
そんな慌てふためいた声を出しながら、マリアベルの部屋に飛び込んで来たのは、白騎士オリビアだった。
「どうした? オリビア?」
「休暇中、申し訳ありません、マリアベル様! ギナル皇国との国境に近い街、フリントで甚大な魔獣被害です!
魔獣の種別は判明出来ておりませんが、巨大な2本足の魔獣です。何でも目は複数有り、凶悪な牙を生やし人や馬などの家畜を長く太い腕で手掴みで喰らうとか……。
怪しげな光を放って街を焼いた後、王都に向かっているそうです!」
オリビアの報告に穏やかな午後のお茶会は唐突に中止になりそうだ。
報告を受けたマリアベルはさっき迄の雰囲気から一変し、完全に騎士の顔となってオリビアに問う。
「フリントの被害は? それと冒険者ギルドからの討伐は出ていないのか?」
「……詳細は未だ不明ですが確認されただけで数十名程が即死した模様です。当然、フリントの冒険者や駐留する騎士隊で討伐せんと向かった様ですが、魔獣には効果なくあっと言う間に蹴散らされた様です……」
オリビアの話をマリアベルの横で静かに聞いていたレナンは、今の話に腐肉の龍との共通点を感じていた。
“その魔獣は危険だ”そう判断したレナンはマリアベルに話し掛ける。
「……マリアベル……僕が行くよ」
そう言ったレナンに対し、マリアベルは微笑を湛えて彼の肩を叩き、力強く応えた。
「お前一人に行かせられん。当然私と……我が白騎士隊が行く! 白き勇者と共にな! 魔獣如きにこの王国を好きにさせぬ!!」
マリアベルはそう言い放ってスッと立ち上がった。するとソーニャも当然の如く彼女の横に立ち、騎士の顔になった。
レナンはそんな彼女達に内心敬意を払いながら自分も戦う覚悟を決めたのだった。
一部直しました。




