53)面倒臭いマリアベル
白騎士ルディナとレナンの気遣いで共闘する事となったレニータと護衛騎士デューイ。
訓練場の中央で各々が木剣を手にしてレナンに相対する。
そんな二人だったが、無表情のデューイと対照的にレニータは何処と無く嬉しそうだった。そんな二人を見てレナンが声を掛ける。
「……御二人共、準備は宜しいですか?」
「問題無い、レナン殿」
「ああ! 私の方も良いぞ!」
レナンとデューイ達が試合をすると聞いて王太子アルフレドは嬉しくて堪らないと言った様子で3人を見つめ、白騎士ルディナはそんな彼に付き添っていた。
先手を切ったのは護衛騎士デューイの方だった。彼は素早くレナンに駆け寄り木剣を水平に振り抜き、彼の胴を薙ぎに行った。
対してレナンはデューイの行動を冷静に読み、手にした木剣でデューイの木剣を受ける。
“ガイン!”
「今だ! レニータ!」
「ああ! 分っている!」
レナンがデューイの木剣を抑えている隙に白騎士レニータはレナンの横から迫り、彼の頭上に上段切りを見舞おうとした。
しかし、レナンは……。
あろう事か、自身が持っていた木剣を迷いなく手放して素早く後ろに下がり、尚且つクルリと身を捩って横から迫るレニータの背を軽く押した。
押されたレニータは勢いが付いてデューイの前に出るしか無くなった。
「うわ!?」
「お、おい、レニータ!?」
そうする事でレナンが居た立ち位置にレニータが入れ替わり……彼女とデューイはぶつかった。
“ダアン!”
レナンの動きが余りに素早く、タイミングが絶妙だった為にレニータとデューイは盛大にぶつかり、二人して転んだ。
図らずもデューイの前に出る形になったレニータはデューイに乗られる格好になり、盛大に喚いてデューイを責め立てた。
「お、おい! この馬鹿! さっさと降りろ!」
「す、すまん! ワザとじゃ……」
デューイを責めるレニータの顔は真っ赤で怒ってはいるが本気では無さそうだ。対してデューイは本心で謝っていた。
予想外の出来事にオタオタする二人の頭上から穏やかなレナンの声がする。
「……先ずは一本で宜しいですか?」
そう言ったレナンの手には二人がぶつかった際に転げ落ちたレニータの木剣が握られ、デューイの首筋にそっと当てられていた。
「ま、参りました……」
「ぐぬぬ……、このままでは終われない! も、もう一回だ! お、おい! いつまで乗ってる心算よ!?」
レナンの声にデューイは素直に負けを認め、対してレニータは納得が出来ず再戦を申し出る。
その後……レニータとデューイは何度もレナンに挑むが、結果として唯の一度も勝てなかった……。
「はぁ、はぁ……な、何という、恐るべき強さ……こ、これが白き勇者……」
「ふぅ、ふぅ……、まさか、こ、此処までとは……」
二人はそんな事を云いながら、床で転がっていた。
何度も繰り返しレナンに戦いを挑んだ結果、一度も勝てず戦い続ける内に疲労困憊で動けなくなってしまった。
そんな二人を余所に王太子のアルフレドが感嘆の声を上げる。
「レナン様、本当に凄いです!! デューイは護衛騎士の中では一番強いのに……それも二人掛かりで手も足も出ないなんて……」
床に転がる二人を横目にアルフレドがキラキラした目をレナンに向けながら称賛する。
そんな中、レニータは息も絶え絶えに立ち上がりレナンに叫ぶ。
「わ、私は、まだ……戦える……!」
そう言ったレニータだったが、疲労の為かふらつき倒れそうになった所を、後ろに居たデューイが支える。
「……しっかりしろ……」
「あ、ありがとう……」
いい雰囲気になった二人の様子を見たレナンがレニータ達に声を掛ける。
「お二人共お疲れ様でした。大分汗も掻かれた様子……お二人で顔を洗われてはどうですか?」
「そうさせて貰います、行くぞレニータ殿」
「あ、ああ」
そう言い合って出ていく二人を見送ったレナン達。王太子アルフレドは先程までのレナンの戦いを思い出し、一人練習を始めた。
その様子をレナンとルディナは見つめていたが、不意にルディナから話し掛けられる。
「……有難う、レナン君……レニータの事……色々気を遣ってくれたみたいで……」
ルディナが言ったのはデューイを密かに慕っている様子のレニータをレナンが気を遣って二人を一緒に共闘させたりと応援した事だ。
対してレナンは落ち付いて答える。
「いいえ、ルディナさん。僕はただ、レニータさんの健気さを応援したくなっただけです」
「……それにしても……良く分ったわね? レニータの気持ち……。あの娘はデューイ殿が好きな癖に……会えば悪態しか付かないのに……」
レニータの隠された気持ちを見抜いたレナンに対してルディナは尋ねた。対してレナンは寂しそうな顔をして呟く。
「……レニータさんの気持ちは、良く分ります……。何故なら僕も、ずっと見ているだけだったから……」
そんな風に下を向いて呟くレナンを見て、ルディナは彼が故郷に残して来たティアの事を言っているのだと気が付いた。
寂しそうなレナンの顔と、レナンとティアを引き裂いた白騎士としての罪悪感から、ルディナは堪らず彼を抱き締めた。
「……あ……」
「御免なさい……謝っても許される事じゃないけど……せめて今だけはこうさせてね……」
ルディナに抱き締められたレナンは思わず目が熱くなり涙が零れそうになっていたが、彼女に抱き締められるままで居た。
そんな中、レナンの赤い首輪が一瞬白く光り、首輪から突如声が響いた。
“ルディナ……それ以上はダメですよ! さっきからマリアベルお姉さまが挙動不審です!“
従属の首輪から響くソーニャの声。
この首輪には魔法による術式が編み込まれ、レナンの位置把握や、彼の声や周囲の状況を受け側に伝える事が出来た。また、逆に首輪を通じて声を届ける事も可能だった。
ソーニャの声を聴いたルディナは、レナンにウインクして囁いた。
「あら、残念……。やきもち焼きのお嫁さんを持つと、貴方も大変よね?」
そんなルディナの囁きを余所に、従属の首輪から更にソーニャの声が響く。
“レナンお兄様! 緊急事態です! 5分以内にマリアベルお姉さまの自室に来て下さい! さっきからお姉さまの落ち込みが制御不能です! 大至急此方に来て下さい!
ああ、此方に来る際に厨房に寄ってタルトかケーキを適当に掻き集めて下さい!“
言うだけ言ったソーニャの魔法による通信は唐突に切れたその様子にレナンはルディナに対し肩を竦めて見せた。対してルディナはレナンに対して苦笑いを送るのであった……。
◇ ◇ ◇
ソーニャに言われた通り、ケーキ等のお菓子を持って、マリアベルの自室に向かったレナンだったが……。
そこではマリアベルがテーブルに肘を付き窓の方を向いて100匹位苦虫を噛み潰した様な渋い表情を浮かべていた。
その背後で妹のソーニャが困った様子でマリアベルの方をこっそり指差し“何とかして”アピールをしている。
レナンはそんなマリアベルの様子に苦笑を浮かべ、静かに彼女に話し掛ける。
「……今、戻ったよ? マリアベル」
レナンに声を掛けられたマリアベルは嬉しいみたいで彼女の特徴的な耳が忙しく動き出した。
しかしそんな内心を隠す様に憮然と彼女は答えた。
「……遅い……、いや、それは良いんだが……ルディナと何していた……?」
レナンと視線を合わせず、先程ルディナに抱き締められたレナンを問い詰める。
王国最強の黒騎士マリアベルは生涯初めての恋に浮かれる余り、超面倒臭い女に成り果てていたのだった……。
いつも読んでいただきありがとうございます。
追)一部見直しました!