52)その頃の彼
一方のレナンは王城に設けられた訓練場に来ていた。そこは王城内の屋内に設けられ、剣術や魔法を訓練する場所であった。其処でレナンは有る少年の剣術指南をしていた。
その少年とは……。
「い、行きます! ハァ!!」
その少年、アルフレド王太子が大声を上げながら木剣を振り上げレナンに果敢に迫る。
対してレナンは彼の上段切りをあっさりと躱した。
レナンに渾身の上段切りを躱されたアルフレドはバランスを崩し前のめり気味になったが、体勢を立て直す前に首筋にヒヤリとした木剣を当てられる。レナンの木剣だ。
彼は大振りのアルフレドの上段切りを見切り素早く横に避けてアルフレドの首筋に木剣を当てたのだ。
「勝負あり!」
審判役の白騎士レニータが大声で試合終了を叫ぶ。負けたアルフレド王太子は清々しい笑顔を浮かべ、レナンに駆け寄って興奮しながら話し掛ける。
「レナン様! す、凄いです!! 全然動きとか見えなくて気が付けば終わっていました! 流石、白き勇者様です!」
対してレナンは苦笑しながらアルフレドに模擬戦で気が付いた点を優しく諭した。
「アルフレド殿下、気持ちの良い上段切りでした。ですが、腕力のみに頼られているご様子……。
打ち下ろす時は御力を抜いて体全体を使われれば鋭さが増すかと思います。修練の際、その辺りを意識して素振りされればもっと自然体に為ると思います」
「は、はい! 分りました!」
レナンに諭されたアルフレドは大声で返答し、早速レナンの言われた通りに素振りをしながら反芻練習している。
王太子のアルフレドは白き勇者と言われるレナンに心底憧れている様子だ。そんなアルフレドの様子を少し離れた場所にてレナンが微笑みながら見つめていると、彼に話し掛ける者が居た。
アルフレドの護衛騎士であるデューイだ。
「……レナン殿……アルフレド殿下に対する丁寧な指南、感謝する。殿下は貴殿に深く敬愛し、今日の貴殿からの指南を心待ちにしておられた……」
そう頷きながら話すデューイは長身で逞しい体付きと黒髪に彫の深い端正な顔つきを持った男性騎士だ。そして彼は生真面目で忠義高い男だった。
彼に礼を言われたレナンは穏やかに返答する。
「礼を言われる様な事はしておりません……デューイ殿。アルフレド殿下はその御心を現すが如く剣も真っ直ぐで、元より筋が良い。僕としても一緒に学ばせて頂いています」
「……なら、私も学ばせて貰えないか?」
デューイと話していたレナンにまた、声が掛かる。今度話し掛けて来たのは、緩いウエーブ掛かったパープルアッシュの髪を持つ気の強そうな美人である白騎士レニータだ。
彼女は不遇なレナンを何かと気に掛けている関係よりレナンはレニータとは割に早く打ち解けた。
なお、この訓練場にはアルフレド達とレナン以外に白騎士のレニータと同じく白騎士のルディナが居た。
彼女はブラウンの髪をミディアムカールに纏めた美人で、スタイルにも自信が有る大人の女性といった容姿の女性騎士だ。
彼女達がレナンに付き添う形で来ていたのだ。彼に声を掛けたレニータは、レナンの強さを直で体験したいと考えており手合せを依頼した様だ。対して横に居たデューイがレニータに注意する。
「……レニータ殿……レナン殿はたった今、アルフレド殿下に対する指南を終えたばかり……。場を改めよ」
「フン……貴殿に言われる覚えは無い……。私はレナンに聞いている。王城に籠り切りの貴殿の剣では少々物足りんからな?」
デューイの注意を受けたレニータは嘲りを浮かべた笑みで彼を挑発する。
白騎士隊はマリアベルの苦労を知っている為か、男性には基本厳しい隊員が多かった。
レニータの挑発を受けたデューイも当然黙っていない。
「……今何と言った……? 取り消して貰おう……」
レニータの挑発に怒りを露わにしたデューイは彼女に強く迫る。そんな二人の様子を見たレナンは、拙いと思いレニータの提案を受ける事にした。
「……御二人共、王太子殿下の御前ですよ? ふぅ……分りました。レニータさん、僕で良ければお相手させて頂きます」
「流石はレナン……どこかのデカいだけ朴念仁とは全然違うな。それではお手合わせ願おう」
「何だと! もう一度言ってみろ!」
レナンの返答に気を良くしたレニータは真横に居るデューイに盛大に皮肉る。対してデューイは又も激昂するが……。
「……いい加減にはしゃぐのはお止めなさい、レニータ。とても嬉しい気持ちは分りますが……。デューイ殿、同僚がご迷惑をお掛けしました、この通り謝罪します」
二人が言い争う姿を見て、白騎士のルディナが割って入り素直にデューイに謝罪した。
ルディナは白騎士の中でも男性に対し中立的な態度を取る隊員の一人だった。
優しく穏やかで有りながら美しく女性らしいプロポーション。その為、密かに王城の中では嫁にしたい女性騎士、序列第一位の存在だった。
そんなルディナに諭されたと有っては、生真面目なデューイも子猫の様に大人しくなった。
「こ、これはルディナ殿! 貴女が謝罪される事は有りません。私も大人げ無かった様に感じます!」
デューイは嬉しそうな顔でルディナに答えた。対してレニータは明らかに機嫌が悪くなりデューイの足を蹴飛ばした。
“ドガ!”
「痛い! 何をする!」
「ルディナ見て、浮かれるな!」
デューイの足を蹴飛ばしたレニータは真っ赤な顔をして怒っている。その様子を見たルディナがレナンとデューイに話し掛ける。
「……全く子供なんだから……レナン君、君の強さを見越してお願いが有るの。私がアルフレド殿下をお守りするから、その間に此処に居るレニータと……デューイ殿の二人を相手に戦ってくれないかしら?」
ルディナの提案に感じるモノがあったレナンは即答した。
「はい、ルディナさん。僕は問題ありません。白騎士のレニータさんと護衛騎士デューイ殿との連携が必要な状況も有るかと存じます。そう言う建前でレニータさんの為に戦いましょう」
「ばばば馬鹿な事を言うな! わ、私は純粋に強いお前と……べ、別にデューイは関係無いぞ!?」
此処までのやり取りでレニータのデューイに対する気持ちが何となく分ったレナンは冷静に答えると、レニータが真っ赤な顔をしながら大慌てで弁解する。
対してデューイは空気が読めない発言をする。
「そうか、私は関係無いなら、殿下の御傍に参る……」
「ちょ、ちょっと待……」
離れた場所で練習を続ける王太子アルフレドが気になるデューイは彼の元へ行こうとするが、レニータはデューイと共闘したい様で慌てて制止する。
その様子を見たレナンが仕方なく助け舟を出した。
「……ディーイ殿……。戦場では不測の事態も考えられます。白騎士と護衛騎士の共闘も余儀なく行う必要もあるでしょう。また、デューイ殿の戦いを殿下にお見せする事も、学びの一つかと思います。
ここはルディナさんに協力頂きレニータさんと共闘しませんか」
レナンの提案にデューイは“ふむ”と頷いて口を開いたが……。
「レナン殿がそう言うのなら……。でも白騎士との共闘なら、私とルディナ殿でも……」
「オラ! さっさとやるぞ、デューイ!」
又しても空気の読めないデューイの発言に遂にレニータがキレて彼の腕を掴んで訓練場の中央に連れて行った……。
いつも読んでいただきありがとうございます!
追)一部見直しました!