48)残念令嬢再起動
部屋に閉じこもっているティア。内鍵により閉められたそのドアをソーニャは下級火炎魔法で破壊した。その様子に驚くエミル。
「な、何をするんだ! 君は!?」
「何って? 見ての通りドアを破壊しましたが? ドア越しじゃ引き摺り出せないでしょう。邪魔ですわ」
そう言ってソーニャはティアの自室に踏む込む。
「入りますわよ? ティア?」
“ドガァ!”
一応入る前に声を掛けたソーニャに対し、椅子が投げられた。
対してソーニャは難なく躱し、椅子は壁にぶつかった。
「……お前……何しに来た!?」
壁に激突し足が折れた椅子を横目にソーニャは呟いた。
「随分とお元気そうね? ティア?」
「……今更……何の用よ!!」
軽やかに問うソーニャに対し、ティアは寝巻のまま、乱れた髪を気にもせず激高している。
その様子にソーニャは満面の笑顔で話す。
「貴女と私の間には、色々誤解が有るみたいですので……そこを解いて、以前の様に仲良くなりたいな、と思いまして」
「……何を! ふざけた事を!!」
ソーニャの言葉を聞いたティアは怒りで体を震わせていたが、我慢出来なくなり猛然とソーニャに飛び掛かった。
対してソーニャはあっさりと躱し、ティアは壁にぶつかった。
“ダァン!”
ぶつかった衝撃でティアは鼻血が出ていたが彼女は気にする事も無く、その辺りに置いてあった物を手当たり次第にソーニャに投付ける。
“ガシャン!”“バン!” “ガン!”
花瓶、本、手鏡……あらゆる物を投付けるがソーニャはあっさり躱す。
しかし、ふいに投付けられた可愛らしいぬいぐるみをつい、受け止めてしまい隙が出来てしまう。
その隙を付いてティアはソーニャに飛び掛かり取っ組み合いの大ゲンカになってしまう。
“ドスン! ガン! バタン!”
その大ゲンカの様子に慌てたエミルとメリエ。
メリエは口に手を当て呆然とオロオロしながら見つめていたが、横に居たエミルが大声で彼女達に叫んで制止する。
「お、お前達! 止めろ! 止めるんだ!」
エミルの制止も空しく大ゲンカは止まらない。
暫く取っ組み合いの大ゲンカを繰り広げた二人は体力の限界が訪れた様で、睨み合いながら彼女達は床にペタンと座り込んだ。
「ハーハー……」
「フーフー……」
肩で大きな息をしながら睨み合う二人。
「「…………」」
互いの髪はグシャグシャに乱れ、互いの可愛らしい顏には所々引っ掻き傷が出来ている。
服も乱れ、二人の様子は年頃の少女らしさは何処にも見られなかった。
そんな二人の様子をエミルとメリエは部屋の影から黙って見守っていた。
ソーニャに対する怒りが理由にしろ、ティアがベッドから立ち上がる事が出来た為だ。
二人は暫く睨み合っていたが、ソーニャの方からティアに話し掛ける。
「……ハァ……ハァ……引き篭もりの癖に……ハァ……ハァ……随分やりますわね……」
「ふー、ふー、さっさと帰れ! それとも……も、もう一回やるか!?」
「か、帰れませんわ……ハァ……ハァ……貴女にここを……出て貰うまでは……」
悪態を突き合っていた二人だが、ここでソーニャが本音を言う。
対してティアは激高し大声で叫ぶ。
「か、勝手な事を!! 誰の! 所為だ!」
大声で叫んだティアに対し、ソーニャはあっさりと返答する。
「概ね、私でしょうね。ですが今はそんな事どうでも良いのです。しかし、ティア……相変わらず貴女は本当に馬鹿ですね?」
「お、お前!!」
「黙って聞きなさい!」
ソーニャに面と向かって馬鹿にされたティアは立ち上って殴り掛かろうとしたが、その彼女に凛とした声で制止された。
「良く聞きなさい、ティア。貴女が自分の愚かしさでメソメソ泣いて引き篭もっている間に……貴女の大切な彼は何をしていたか考えた事が有りますか!?」
「!? レ、レナンが……どうか、したの!?」
ソーニャに“大切な彼”と言われたティアはレナンの事しか頭に浮かばなかった。
アルテリアに戻ってからティアはレナンの居ない故郷を生れて初めて体感し、如何にレナンが自分にとって大切な存在だったか改めて思い知らされた。
逆にフェルディの事はティアにとって、もはや嫌な思い出しかない、二度と思い出したくない悪夢となった。
ティアの瞳から浮ついた熱が消えている事を見たソーニャは静かに語る。
「ティア……貴女が落ち込んでいる間に、彼は……この王国を救いました。ギナル皇国からの侵攻をレナンお兄様は圧倒的なお力で未然に防がれたのです。そして国王陛下は彼を真の勇者として称えました。ですが……」
「……な、何が有ったの!?」
ソーニャが語る言葉に、ティアが彼女に掴み掛からん勢いで問い掛ける。
「レナンお兄様は……戦場で、王国軍の若い新兵の命を守る為……生まれて初めて人を殺しました……」
「!! ……レナン……」
ソーニャの語った内容に、ティアは絶句する。
あの穏やかで朗らかなレナンが……人を殺した……。
それが彼にとってどれ程の苦しみとなっているだろうか。そう考えるとティアは居ても立っても居られなくなった。
「そ、それでレナンは!?」
「……貴女の予想通りです、ティア。彼は表面上平静を装い、穏やかで柔和な顔を常に浮かべています。その心とは裏腹に……。
ギナル皇国の侵攻を食い止めた彼を、王都の皆は称えました。彼もその声に笑顔で応えていました。ですが……その心は沈み……苦しんでいます……此れを貴女に……」
ソーニャは懐からボロボロになった紙切れをティアにそっと渡した。
「こ、これは……?」
「それはレナンお兄様が、人知れず貴女に書いた手紙です。一度書かれた後、クシャクシャに丸めて捨てられていたのを、マリアベルお姉さまが見つけました。
その手紙を貴女の元に届ける様、私に指示したのは……他ならぬマリアベルお姉さまです……」
ソーニャの静かな声を聞いたティアは、震える手でボロボロとなった紙切れをそっと開いた。
そしてティアは周囲の目も憚らず、声に出して夢中に読んだ。
「……ティア……君は今、どうしているだろうか? もうアルテリアで元気に過ごしているだろうか……とても心配だ……。
僕は今、王都で勇者とか言われてるよ……笑うよね……でも、僕は戦場で許されない罪を犯してしまった。人を殺してしまったんだ。
僕が殺したあの人達だって……僕と同じで無理やり連れて来られて……戦っていたのかも……。そう考えると足元が崩れそうになるんだ……。
だけど……それでも僕は戦うよ……。アルテリアの皆や……ティア、君が幸せに暮らせるのなら……幾らでも、僕は戦おう……。
だけど……もう一度、ティア……君に……」
手紙は途中で終わっていた。ティアは目から滂沱の如く涙を流しながら、貪る様に読んでいた。
その手は震え、声を上げて子供の様に泣きながら何度も繰り返して……。
その様子を見たソーニャは立ち上り、ティアに話し掛けた。
「……私個人としては、その手紙を貴女の元に届けるは反対だった……だけどね……。レナンお兄様を心から愛するマリアベルお姉さまが、彼を想い貴女の元に届けさせたの。
それがお姉さまにとって……どれ程屈辱だった事でしょう……」
「…………」
ティアはソーニャの言葉を、泣きながら黙って聞いていた。対してソーニャはティアを見下ろし尊大に問い掛ける。
「レナンお兄さまの想い……そしてお姉さまの想い……その想いを知って、貴女は一体どうするの? また、この部屋でウジウジするのかしら?」
ソーニャに言われたティアは涙を流しながら呟く。
「……うぐ……マ、マリアベルとか言う奴の事なんか……ぐす……私は知らない……そいつは敵だ……。だけど、レナンは……レナンは! 今、助けを求めてる!
私は、大昔にアイツを、守るって誓ったんだ! だから……じっとなんてしてられないわ!」
ティアは涙を流しながら、力強く言い放って立ち上がったのだった。
いつも読んで頂き有難う御座います!
次話は「49)彼に会いに」で明日投稿予定です。宜しくお願いします。
(5/6以降は、大変申し訳ありませんが、3日毎投稿になります)
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追)一部見直しました!