47)慟哭(どうこく)
ケビンはレナンの方に駆け寄るが背後に、ムクリと立ち上がったギナル兵に気付かない。
その様子を離れた位置に居た白騎士のリースが見つけ、大声で叫んだ。
「あ、危ない!」
リースに叫び声を聞いたケビンは立ち止まって振り返ると……。
「死にやがれぇぇ!!」
呪詛の言葉を叫びながら大柄なギナル兵がブロードソードを頭上に構え、ケビンに襲い掛かって来る所だった。
ケビンは距離が近すぎて回避できない。何より殺される恐怖に、訓練していた事等全部忘れ彼は腰を抜かし座り込んでしまった。
「う、うわああぁ!!」
ケビンは手を交差して頭を抱えて叫んだ。絶体絶命の危機だったが……。
“ザシュ!!”
何かが切り裂かれる音がして、ケビンは恐る恐る顔を上げた。
すると其処には……白き勇者が剣を手に大柄なギナル兵の胸を薙いだ所だった。
胸を深く切り裂かれたギナル兵は剣を落としながらも、血走った目で白き勇者レナンの肩を掴もうとして……そのまま白目を向いて絶命した。
絶体絶命のケビンを救って、ギナル兵を切り捨てたレナンだったが、様子がおかしい。
彼は呼吸荒く、自分が殺したギナル兵を見つめる。
死んだギナル兵は白目を向いて口から大量に吐血し、苦悶の表情を浮かべ絶命している。
(……殺し……た……。明確に……自分の手で……父上から賜った……この宝剣で……)
レナンは新兵のケビンを守る為、咄嗟に体が動きギナル兵を切り捨てた。
しかし、先程のロックリノを放り投げて敵兵を偶然に殺した場合と、明確な意志を持って切り捨てた、たった今では事情が全く違う。
ギナル兵を切り捨てた宝剣マフティルには真っ赤な血が……レナンは途端に気分が悪くなり、目の前がグルグル廻る気がして蹲った。
その様子を見たマリアベルや、ソーニャ達が慌てて駆け寄りレナンに声を掛ける。
「レ、レナン!! しっかりしろ!」
マリアベルは大声でレナンに呼び掛ける。
「……ティ……ティア……ち、父上……」
対してレナンは遠くなる意識の中で故郷の大切な少女の笑顔や、寡黙な父の横顔を想い描きながら呟いて……そのまま意識を失った。
◇ ◇ ◇
ジェスタ砦近傍の国境防衛戦はレナンの活躍により圧倒的な勝利で終了した。
その知らせに大いに気を良くした国王カリウスは国内に白き勇者降臨の御触れを出した。
カリウスは今回のギナル皇国侵略を彗星の如く現れた白き勇者が大勝利の上、未然に防いだと知らしめたのだ。そうする事で国内諸侯の結束を高める狙いがあった。
こうして国境防衛戦から10日程過ぎた――
「……と言う訳でレナンお兄様のご活躍で王国に迫った危機は回避出来たのでした。メデタシメデタシ」
アルテリア伯爵領の中央都市アルトにある領主館にて涼やかが響き渡る。ソーニャだ。
マリアベルの妹である彼女は、マリアベルの配下である白騎士達を伴ってアルトにてトルスティンとエミルの前でレナンの活躍を説明した。彼女は説明を続ける。
「なお、数多くの貴族子女を食い物にしたフェルディ フォン ルハルトは王都にて投獄され、沙汰を待って居る次第ですわ……。
この家に居るティア嬢も捜査に協力頂きましたが随分と酷い目に遭われて……。やがて十分な慰謝料がルハルト元公爵家から支払われるでしょう……。
それにしてもティア嬢の純潔が守られたのは不幸中の幸いでしたね?」
にこやかに話すソーニャに対し、じっと聞いていたエミルが遂に我慢出来なくなり声を荒げた。
「き、君は! 一体どの口で言う!? 君達が、ティアと! レナンを! 嵌めたんじゃないか!?」
「……止せ……エミル……」
激高したエミルをトルスティンが抑えた。その様子を面白そうに見ていたソーニャが静かに答える。
「……流石は、元御当主様ですわね? ご自分達の立場がお分かりになられている……。
今の貴方達は、王都で勇者として活躍中のレナンお兄様のご尽力で、陛下から赦免されたお立場という事を努々(ゆめゆめ)お忘れ無きように……」
「ぐっ!」
「…………」
ソーニャの言葉にエミルは悔しそうな呻き声を上げ、トルスティンは無言を貫いた。
対してソーニャは何かを思い出した様に話しを続けた。
「……あー、そうそう赦免と言えば……。逆の立場の方々が居られましたね!
先ほど申し上げたフェルディの実家であるルハルト公爵家ですが……フェルディの件より調査しました所、裏でギナル皇国と繋がりが有った事が分りまして。
流石にこれには陛下も激しくお怒りになり、ルハルト公爵家は御家取潰しと相成り、公爵自身も投獄されました。同じくルハルト公爵家と関連の有った諸侯も同じ道を辿るでしょう……。
そんな訳で王国には現在、空位が沢山御座います。
このままレナンお兄様がご活躍を続ければ、このアルトリア伯爵家は陞爵される事は間違い無いでしょう。良かったですね!」
楽しそうに語るソーニャの言葉を受け、沈黙する事が多かったトルスティンが自嘲気味に笑いながら呟いた。
「ククク……成程……ルハルト公爵家の牙を折る事……それが真の狙いか……そのついでにティアとレナンを嵌めたな?」
「いえいえ……それは誤解です! レナンお兄様の件は王命ですので最優先事項でしたわ。その為、その件に合わして舞台を配置しただけ……結果的に全て此方の思惑通りに転びましたけど」
トルスティンの問いに、ソーニャは可愛らしい仕草で首を振って否定した。対してトルスティンは気分を害した様で吐き捨てる様に呟いた。
「どちらにしても同じ事だ。お蔭でティアは深く傷つき、レナンは貴殿らに奪われた……。今後当家に貴殿らからの連絡は不要だ。レナンの事は王城に居る伝手から確認する。さぁ、帰ってくれ」
きっぱりと関係を拒絶されたにも関わらず、ソーニャはニコニコしながら鈴の様な声で話を続けた。
「お気遣い有難う御座います! ですが……こちらも任務で伺っている為、遠慮は不要です。そもそも、貴方達への連絡は唯の序でして……寧ろ此れからが本命なのです」
「……どういう、事だ?」
ニコニコと話すソーニャに、エミルが怪訝な顔で尋ねる。
其れもそうだろう、今まで話して来たレナンやフェルディの事が唯の序と言われたのだから。
「それでは、単刀直入に申し上げます。ティア嬢は何処に居ますか?」
エミルの問いに、ソーニャは可愛いく首を傾げてトルスティン達に問うのであった……。
◇ ◇ ◇
ティアに会わせる様、トルスティン達に要求したソーニャ。
彼女は連れて来た白騎士達を居間で待機させ、ティアに会いに彼女の自室に案内して貰った。
「……この部屋だが……その、本当に良いのか? ティアの状態は……今……」
エミルはソーニャをティアの自室に連れて来た。エミルの横には彼の妻であるメリエが心配そうな表情を見せていた。
ティアはアルテリアに戻った後、自室に引き篭もり食事もまともに取らなくなった。
心配したエミルやメリエそしてメイド長のエバンヌが声を掛けたり、体に受付易いスープを勧めたりと甲斐甲斐しくティアの面倒を見ていたが、いつもの天真爛漫なティアとは違い塞ぎこんで部屋から出ずにベットに横たわり、か細い返事をするばかりであった。
エミルからティアの現状を説明されたソーニャは遠慮なく要求した。
「構いません。どうしてもティアには元気になって貰わないと此方としても困るので……。彼女を呼んで下さい」
ソーニャの言葉に、エミルの妻メリエが戸惑いながらドア越しでティアに呼び掛ける。
「……ティアちゃん……調子はどう?」
「…………」
メリエの言葉に暫く沈黙が続いたが消え入りそうな声でティアが返事をする。
「……メリエ姉様……ありがとう……私は……大丈夫だから……今は……一人にしておいて……」
「……ティアちゃん……」
ティアの拒絶の声を聞いたメリエはソーニャに向かって首を横に振る。其れを見た彼女は静かに言った。
「……状況は良く分りました。後は私がやりますので御二人は居間でゆっくりと為さって下さい」
そう言ってソーニャはティア自室のドアを開けようとするが鍵が掛かって開けられない。
「……ふむ……面倒臭いですね……ドアを壊した費用は経費で賄いますので……遠慮なく。 “原初の炎よ 集いて 我が敵を打ち砕け!” 火砕!」
“バガン!”
ソーニャはそう前置きして、遠慮なく下級火炎魔法で、ティア自室のドアを破壊したのであった……。
いつも読んで頂き有難う御座います!
次話は「48)残念令嬢再起動」で明日投稿予定です。宜しくお願いします!
なお、度々書かして頂いている通り5/6の投稿以降、原稿ストックが尽きますので、3日毎の投稿となります。何卒ご理解の程よろしくお願いします!
読者の皆様から頂く感想やブクマと評価が更新と継続のモチベーションに繋がりますのでもし読んで面白いと思って頂いたのなら、何卒宜しくお願い申し上げます! 精一杯頑張りますので今後とも宜しくお願いします!
追)一部見直しました!
追)一部見直しました!