46)白き勇者
部隊長の先輩兵士がロックリノの岩石の様な足に切り掛かるが、何の痛痒も与えられず、魔獣の背に跨るギナル兵の矢で倒れた。
その光景を呆然と眺めるケイン。目の前の戦場は、ロックリノに埋め尽くされている。
ロックリノの右足首には揺らめく光を放つ不思議な銀色のリングが巻かれていた。
数百体は居るロックリノに対して砦に居た王国軍は100人にも及ばず、戦力差は圧倒的だった。
ケインは今年の春から辺境の村より王都に来て兵士となった。貧しい村の家族に仕送りを送る為、過酷な訓練にもめげず頑張ってきた。
それがまさかこんな事になるなんて……。
胴の太さ程あるロックリノの足がケインに迫り、彼は死を覚悟した。
目の前に迫る死の間際で、脳裏に浮かんだのは村に残して来た両親と妹の顔だった。
(……父さん、母さん……そしてネア……ゴメン……俺はここまでの様だ……)
ケインが覚悟を決めた時、突如彼の前に白い姿の少年が躍り出た。チラリと見えた赤い首輪がやけに目立つ。
その少年は魔法の影響か、全身を白く輝かせながらケインを踏み潰そうとしたロックリノの前足を受け止めている。
よく見れば、異形の右腕を持っていた。
少年が叫ぶ。
「疾風豪腕!!」
すると、その声と共に彼の全身が更に輝き、巨大なロックリノの前足を押し返した。そして……。
「オオオ!!」
少年の掛け声と共に、何と岩の塊の様なロックリノを投げ飛ばした。
“ズズズン!!”
投げ飛ばされたロックリノ。その巨獣の背に跨っていたギナル兵は押し潰されて絶命した。
その様子を白い姿の少年は戸惑いながら眺める。
ケビンは白い姿の少年が巨大なロックリノを投げ飛ばした事が衝撃的過ぎて、言葉を失っていた。
とにかく自分は助けられたようだ、そう思い出したケビンは目の前の少年に話し掛けようとした時、背後から声が掛かる。
「……良くやったレナン……私達もお前に負ける訳にはいかないな……行くぞ、ソーニャ! 騎士の矜持を見せてやれ!」
「はい、マリアベルお姉さま!」
ケビンの背後から現れたのは、漆黒の鎧を纏った恐ろしげな騎士だ。
肩当や肘当てに鋭利な刃状の突起が付けられた凶悪な姿をした黒騎士がケビンに話し掛ける。
「……国境線の防衛任務、ご苦労。良くぞ踏ん張ってくれた。後は我々と……白き勇者が敵を叩き潰す」
黒騎士の言葉にケビンは怪訝な顔をして問い返す。耳慣れない言葉を聞いたからだ。
「……白き……勇者?」
「ああ、君は運がいい……生き残った上に彼の者の伝説の始まりを知るのだから……」
そう言って黒騎士はロックリノを投げ飛ばした白い少年の方を見る。一目見て黒騎士は大剣を高く掲げて巨大なロックリノに恐れず向かっていた。
黒騎士に続いていた美しい少女の騎士達や彼女達に後続していた沢山の騎士達も果敢にロックリノに戦いを仕掛けている。
ケビンは黒騎士に“白き勇者”と呼ばれていた不思議な少年を一心に見つめた。これから何が起きるのか見極めようとして……。
「天の光降立ち 閃光となりて 敵を打ち砕け 雷衝!!」
“ガガガガ!!”
涼やかなソーニャの声が響き渡り、中級雷撃魔法がロックリノに炸裂する。
しかし岩の様な皮膚を持つその巨獣には効果が弱い様で、電撃を受けて怯んだものの倒れるまでは行かない。
もっとも巨獣の背に乗っていたギナル兵はソーニャの電撃で絶命し、白い煙を上げながら物言わぬ躯に成り果てていた。
「うーん……効き目が弱いですね……このまま敵兵だけを撃ち落とすのも、効率が悪いですし……」
呟きながら次の術式を準備するソーニャの横で、白騎士や他の騎士達が果敢にロックリノに切り掛かるが、頑強な巨獣の体に対し効果は弱い様だ。
対して黒騎士マリアベルは手にした大剣でロックリノを切り捨てる。
岩の様な皮膚もマリアベルの膂力で振るわれる大剣の前では無事では済まずロックリノは崩れ落ちる。
しかし余りに数が多く、このままではじり貧だ。
鬼降ろしはここぞという時の秘策であり、消耗戦が強いられるこの場では不適と判断したマリアベルはあの技を封印していた。
戦いが長期戦になり、マリアベル達が不利だと認識したレナンは大技で敵を一掃する事を決めた。
右手の力を使うのだ。
レナンは龍を思わせる異形の右手を高く上げ、大きな声で叫んだ。
「光よ! 集いて敵を貫け! 穿光!!」
レナンが叫んだと同時に異形の右腕に有る宝石の様な器官が眩く輝いた。
レナンは掲げた右腕を光らせ、未知の魔法を発現させる。
彼の右腕によりこの世界に満ちるエーテルを組み換え、自分がイメージした魔法を全く新たに作り出した。
レナンが生み出した魔法は光の矢で対象を貫く魔法だった。
叫んだレナンの前方に居る30体程のロックリノの頭上に光の輪が形成された。
輪が見る間に収束して光の球となりそして……。
“キュド!!”
ロックリノの頭上から生成され放たれた光の矢は巨獣の頭蓋を貫き一度に30体程のロックリノを絶命させた。
“ドズズン!!”
頭蓋を貫かれたロックリノは姿勢を保てず一斉に地響きを立てて崩れ落ちた。
レナンの生み出した新しい魔法を見てソーニャが信じられ無い面持ちで呟く。
「……な、何なの!? あの魔法!? この世界を支配する5大要素に当て嵌まらない魔法なんて……!」
ソーニャが驚くのは無理も無かった。
この世界の魔法は5大要素の”火・水・風・土・空“を基準とした魔法しか無いからだ。叉はそれらの要素を兼ね合わせた魔法を用いるしかない。
しかしレナンが放った魔法はソーニャが知る5大属性魔法に当て嵌まらない魔法だった為に驚いたのだ。
そんな事とは露知らず、レナンは自分が思い描いた事を右手の力で具現化し、全く新しい系統の魔法を放ち30体程のロックリノを倒した。
その光の矢は頑強な巨獣の頭蓋に水を掬うが如く簡単に貫くのであった。
ロックリノの背に乗っていたギナル兵達は投げ出され地上に転がり、その衝撃と痛みでもがいていた。その様子を見たマリアベルが叫ぶ。
「いくぞ、敵兵を討ち取れ!!」
大剣を掲げてギナル兵の残党狩りを行った。
マリアベルに続き白騎士や他の騎士達も一斉にギナル兵に飛び掛かる。
対してレナンは、彼等に伴わず光の魔法でロックリノの殲滅に当たる。
レナンが腐肉の龍を滅ぼした“あの技”を使えば、恐らく一瞬で戦闘は終了するだろう。
しかし、レナンはこの場で“あの技”を使う事は適当では無いと判断していた。
“あの技”は確実に全てを滅ぼす。ロックリノも……そして人間も……。
レナンは戦争とは言え人を殺したくなかった。だからこそ態々(わざわざ)、効率の悪い魔法を用いた。
内心“人を殺したくない”そう思っていたレナンの思いは、新兵を助けた際に脆くも崩れ去った。
レナンは動揺を隠しながら、右手を掲げ一帯を埋め尽くす数百体のロックリノに次々光の矢を放つのであった……。
「……し、信じられねぇ……!」
ケビンは眼前の出来事に驚愕した。
つい先程まで、自分はロックリノに踏み潰される覚悟をしていた筈なのに……3分も待たずに戦場は静寂が支配していた。
眼前に広がるは、巨獣の死体、死体、死体……数百体のロックリノが、レナンが放った光りの矢で頭蓋を貫かれ絶命し転がっている。
残るギナル兵達は物言わぬ躯となっているか、白騎士達が率いてきた騎士により捕縛されていた。
幸いにして友軍も助かった者も数多く居た様だ。
ケビンは圧倒的に不利な状況から、一方的な結果で勝利したこの戦場を信じられ無い様子で呆けて見ていたが、巨獣が転がる戦場の中に一人佇む白い少年を見つけた。
(! そうだ! 礼を言わねぇと!)
ケビンは彼に救われた事を思い出し、せめて礼を言おうと駆け寄ろうとした。
しかし、彼は知らなかった。
地面に転がるギナル兵の中に、死んだ振りを装い一矢報わんとする者が居た事を……。
いつも読んで頂き有難う御座います・
この話ではレナンが初めて戦争に参加する事になりましたが、いつもの通り圧倒的な力で勝利します。しかし彼は、その能力とは別に心は清い少年なのです。その為、レナンは戦場では当たりに起こる罪により心を乱され慟哭する事になります。その為、次話は「47)慟哭」と言うサブタイトルです。
次話投稿日は明日予定です。宜しくお願いします。
なお、何度かご連絡させている通り、2章が終わった時点で原稿ストックが無くなる為、毎日投稿が困難になります。丁度偶然にGW中で2章と人物紹介が終わりますので、そこまでは毎日投稿しますが5/6のGW以降は大変申し訳ありませんが仕事の関係も有り、暫くは3日毎投稿とさせて頂きます。恐れ入りますが何卒よろしくお願いします。
読者の皆様から頂く感想やブクマと評価が更新と継続のモチベーションに繋がりますのでもし読んで面白いと思って頂いたのなら、何卒宜しくお願い申し上げます! 精一杯頑張りますので今後とも宜しくお願いします!
追)一部見直しました!