45)初陣
国王カリウスの前で己が力を示したレナンに対し、カリウスは黒騎士マリアベルとの婚姻を強制し、ましてや子を成すように厳命してきた。
カリウスはレナンに更に迫る。
「……マリアベルは勇ましいが紛れも無く女……そなたの言う疑念は晴れたであろう?
それと……何れ分る事故に敢えて明かすが……マリアベルは亡き弟マドニスの娘……つまりは我が姪に当たる。
忌まわしき亜人の血を引く故に庶子と言う立場だが、これでも王家の血を引く者であり、身分としては申し分ない……。どうだ、レナン? マリアベルとの婚儀、よもや断るまい?」
「…………」
静かに淡々と語る国王の言葉は、言いようのない圧力が有りレナンはどう在っても避けられない事情に、内心歯噛みしていた。
レナンにとってはマリアベルの身分など、驚きはしたがどうでも良く、彼が本当に望むのはティアとの婚姻だった。
しかし状況は、いかんともし難く頭の中で整理しながら話す言葉を慎重に選んだ。
(……まさか……オジサンどころか姫殿下とは……余計に逃げられなくなった……。
国王が望むのは国の安寧だろう……。だからこそ、戦鬼でも有る姪のマリアベルさんと……変な力を持つ僕との婚姻を強制させるんだ。
……その目的の為なら、国王は手段を選ばないだろう……。もし、僕がこの場で婚姻を渋れば……間違いなくアルテリアの皆は拙い状況になる……。
それだけは避けなければ……。ここは従いつつも、回避策を考えていくしか無いな……)
頭の中で整理した結果、マリアベルの婚姻が避けられそうに無いと判断したレナンは言葉を選んで無難な回答を行った。
「……恐れながら……私とマリアベル姫殿下では私等、見合いませぬが……ご期待の沿える様、精進する事を誓います」
レナンは考えた末、無難な回答で即答を避けた。しかし国王カリウスには謙遜した態度と判断された様で、満足そうに話す。
「うむ、殊勝な事よ……亜人の血が混ざると言うだけで避ける者共が多いと言うに……マリアベル、喜ぶがいい! その方にとってこれ以上無い相手であろう?」
「はい、陛下。我が夫に迎えるには、このレナンしか有り得ませぬ。ご厚情を賜り感謝致します」
カリウスは気を良くして、姪のマリアベルに振る。対して彼女もとても嬉しそうに返答した。
その様子にレナンは、マリアベルとの婚姻がどんどん外堀から埋められていく様に感じられ、内心焦るが今の所は国王カリウスの前で跪くしか無かった。
そんな時、玉座の間に慌ただしく入ってくる者が居た。
「し、失礼します!!」
突如、響き渡る大きな声に皆が声がした方を振り返る。玉座の間に飛び込んで来たのは一人の騎士だが、息を切らして大いに焦っている様子だ。
「無礼者! 陛下は謁見中であるぞ!」
重鎮の臣下が乱入してきた騎士を怒鳴りつけたが、尋常では無い様子を見た国王カリウスは、手を挙げて側近の臣下を制して、騎士に発言を許した。
「よい、何事か申して見よ」
カリウスの許可を得た騎士は跪き、息荒く状況を説明する。
「は、はい! 恐れながら、申し上げます! 実は……」
そう言って玉座の間に飛び込んで来た騎士はこの国に迫る危機について話しだした。
たった今、ギナル皇国との国境沿いにあるジェスタ砦から魔鳥による連絡が有り、国境付近で、ギナルの兵達が多数集結しているとの事だった。
そればかりか彼らは、巨大な魔獣を戦力として使役しているらしく、兵力は飛躍的に増大しているとの事だ。
対する国境の砦における兵力では、これを抑える事は困難であり、国境を越えられる事は火を見るより明らかな状況だった。
その後、彼等は王都へ向け進軍するだろう。既に国境付近では小規模な戦闘が始まっているとの事で、一刻の予断も許されない状況だった。
騎士の報告を受けて側近の臣下達が口々に意見を言い合う。
「……このままでは、国境の砦であるジェスタ砦は彼奴等に蹂躙されるでしょう。……急ぎ援軍を編成させるべきかと」
「しかし、前回の彼奴らとの小競り合いより我が軍はジェスタより南部にあるラリスに集結している。編制させるにも一時を有するぞ!?」
「それこそ彼奴等の狙いだったのでは?ラリスから攻め入ると見せかけ、ジェスタへと侵攻する。もしくはその逆も……彼奴等はラリス付近にも大軍を控えさせていると聞いております。ジェスタで煽り、我らが浮足立った所でラリスから大軍を持って侵攻する可能性も御座います故に」
側近の臣下達は迫った危機に対し、己が考えを互いに言い合った。
彼らが懸念するのはギナル皇国の不透明な動向だった。
ジェスタ砦より南部国境沿いになるラリス砦にて3か月前、ギミル皇国軍のとの小規模な戦闘行為が生じ、その後緊張状態が続いていた。
だがラリス付近の国境沿いでギミル皇国の大軍が控えているという確かな情報も有り、王国軍としては例え北部のジェスタ砦が危機だとしても、安易に南部のラリスから自軍を動かすにはリスクが高すぎたのだ。
玉座の間は飛び込んで来た不吉な知らせに騒然となった。
口々に意見を言い合う側近の言葉をじっと聞いていた国王カリウスはカッと目を見開き、大声を出す。
「者共、静まれ!!」
「「「「ハハッ!」」」」
カリウスの一声で静まった玉座の間。彼はずっと跪いたままのレナンに話し掛ける。
「……白き勇者レナンよ……聞いての通りだ……この王国に危機が迫っている。
このままでは、この国はギナルの狂信者共に喰い散らかされるであろう……。今こそ、その方の力を示す時。ジェスタに向かい、ギナルの痴れ者共を蹴散らして参れ」
「……御心のままに」
国王カリウスの下知に、レナンは従うしかなかった。これを放置すれば王国はギミル皇国に侵攻され、アルテリアも滅ぼされるだろう。
タイミングを見計らった様な舞い降りた危機に気持ち悪さを感じながら、レナンは覚悟を決めた。対してカリウスは静かに頷き、次いで黒騎士に命を下す。
「……マリアベル、白き勇者レナンを率い今すぐジェスタへ向かえ。編制はそなたに任せる」
「……御意」
国王の下知にマリアベルは即答し、立ち上がってレナンを戦場へ誘う。
「……行くぞ、レナン……お前の力、見せてやれ」
「見せびらかす心算は無い。だけど……さっさと終わらせる」
マリアベルの言葉に、レナンは静かに答えた。こうしてレナンは唐突に初陣に参加する事になった。
◇ ◇ ◇
一方、ジェスタ砦近くの国境にて――
まだ若い新兵のケインは、剣を構えながら震えていた。初めての戦い……この砦に自分が派遣された時点で、ギナル皇国との戦いは覚悟していた。
その為に訓練は欠かさず、例え初陣であっても勇んで臨む自信は有ったのだ……。
しかし目の前のアレは想定していない。ケインは人間相手の戦いなら負けない心算だった。でも目の前のアレは……一体何だ?
戦場に現れたアレは全高3m程の巨体を持つロックリノという4本足の魔獣だ。
サイの様な魔獣だが額から伸びる長大な角と、全身に凶悪な棘を生やしている。そして岩の様な皮膚を持つ恐ろしい怪物だった。
ギナル皇国の兵達はこの魔獣に跨り、上から魔法や矢を放って来る。
対して王国軍は剣や魔法で対抗するも、この巨大な魔獣の前では効果は薄く、王国軍は怪物の猛攻の前に蹴散らされていた。
既に王国軍の前線部隊は崩壊し、後詰めであるケインの部隊に迫るのであった……。
いつも読んで頂き有難う御座います!
次話は「46)白き勇者」で明日投稿予定です! よろしくお願いします!
読者の皆様から頂く感想やブクマと評価が更新と継続のモチベーションに繋がりますのでもし読んで面白いと思って頂いたのなら、何卒宜しくお願い申し上げます! 精一杯頑張りますので今後とも宜しくお願いします!
追)一部見直しました!
追)一部見直しました!