43)それからの二人
沈黙が支配する別荘の一室。ソーニャは小さく溜息を付いてティアに声を掛ける。
「……ティア……貴女が私を恨みたければ恨むと良い。この私の全ては実の親に売られた私を救って下さったマリアベルお姉さまの為にある。この身も心も……。
だから、マリアベルお姉さまが望む事なら何でもするわ。幾らでも謗られ泥に塗れて見せましょう。
そして、そのマリアベルお姉さまご自身も、王国の平和の為に自らを犠牲にして戦い続けている。
……この私を救って下さった時の様に。
ここに居る白騎士達も、そんなマリアベルお姉さまに何らかの恩義を受けているからこそ、共に剣を持ち戦うの」
そう言ってソーニャは誇らしげに白騎士達を見回す。彼女達は無言だが強く頷いて見せる。ジョゼの従姉であるリースも同じだった。
対してティア達は何の言葉も出なかった。ソーニャは更に続ける。
「そして……それは貴女の弟、レナンも同じ……。
彼自身は何の非も無いのに関わらず、他ならぬ貴女と……父であるトルスティン卿並びに、アルテリアの全てを守る為に自らを犠牲にして私達への従属を誓った。
フフフ、彼自身が本気になれば王国なんか簡単に滅んじゃうかもしれないのに……。でも彼はそうしなかった……。
幾らお馬鹿な貴女でも、その理由は嫌でも分るでしょう?」
ソーニャに問われたティアは、じっと聞いていたが震える声で呟いた。
「……私達の……為なのね……」
ティアの答えにソーニャは頷き話を続ける。
「そうよ、ティア。彼は生まれながらの真の騎士……弱きを守る為、自らを犠牲にして前に立つ者……。そんな彼の横に並ぶ事が出来る者は……どう考えても貴女では無く私達だわ。
でも安心して? レナンは私達が守って見せる。もう二度と捨てられない様にね……」
ソーニャは自分が仕出かした事を棚に上げ、ティアを痛烈に非難した。
対するティアは俯き、言葉に窮し黙ってしまった。そんな彼女の様子を見たソーニャは薄く笑いながら、皆に挨拶を行った。
「それでは、私はマリアベルお姉さまと婚約し、新しい家族となったレナンお兄様を王城に案内せねばなりませんのでここでお別れさせて頂きます。
それではティア、リナさん、ジョゼさん……休み明けにまた、学校で会いましょう!」
ソーニャはあれだけの事を仕出かしておきながらティア達に快活に別れの挨拶をして出て行った。
白騎士達も最初に無力化された使用人達を連れ出してソーニャに続いた。
対してティアは暫く動けなかった。
ソーニャが言った事は、どこまでも自分勝手で横暴である事は、頭の中で理解は出来ていた。
だが、何も言い返せなかった。
何故なら、ソーニャに踊らされたとしても、フェルディとの恋に浮つき大切な者を心の中から追い出し、捨ててしまった事は、どんな理由を付けても紛れもない事実だからだ。
自分が犯した罪を今になって漸く理解したティアは、暫く動けなかった。
ソーニャが去った後、残されたリナやミミリ達はティアの様子を気遣っていたが、動けないティアが痛々しくて見ていられない。
痺れを切らしたリナがティアに声を掛けた。
「……お、おい……ティア……」
対してティアはノロノロとゆっくり立ち上がり小さな声で呟いた。
「……ごめん……アルテリアに……戻らないと……レナンと約束していたの……夏に一緒に……過ごすって……」
そう言いながらティアはフラフラと立ち上がり、何処かに歩き出そうとする。余りの出来事に現実を受けとめられない様子だった。
そんなティアを見て、思わずミミリが彼女に抱き着き泣きながら呟く。
「ティアちゃん……! 分った、分ったよ……、一緒に、帰ろう? アルテリアに……」
ミミリの問いにティアは返事をせず、只々涙を静かに溢すのみだった。
その後、一言も発せずバルド達が手配した馬車に乗ってアルテリアに帰って行った。
その際、リナやジョゼ達に涙ながらに抱き締められ優しい言葉を掛けて貰ったが、ティアは涙を流して頷くだけだった。
出発した馬車はひたすらにアルテリアに向かう。
馬車の中でティアは自分宛で届けられ無かった手紙を読んでいる。その手紙の多くがレナンからティア宛てに出された物だ。
ティアは一言も発せず、ただ泣きながら静かに手紙を読んでいた。
そんなティアを気遣ってバルドもミミリも言葉を話さなかった。馬車の中は静かで悲しい空気に満たされ、一路アルテリアに向かうのだった……。
◇ ◇ ◇
一方、ロデリア王国の王城に連れ去られたレナン。彼が初めて見る王城は、建国後長い歴史を感じさせる荘厳で美しい城だった。
広大で澄んだ人工池の中央に建てられた白亜の城は青い水面に良く映え、まるで絵の様だ。
城の正門へ続く橋を渡る黒い馬車。中に乗るレナンは美しい城を眺めながら、その心は憂鬱だった。
王城に入った後、レナンはマリアベルとオリビエ達白騎士達に連れられて玉座へ向かう。
謁見を行う玉座の間の前にソーニャと4人の白騎士達がマリアベル達の到着を待って居た。レナンを見たソーニャが静かに歩み出て、マリアベルと彼に挨拶した。
「……マリアベルお姉さま、遠方での任務ご苦労様でした」
「うむ、ソーニャもフェルディの件、無事取り押さえたと聞いている。相変わらず見事な手腕……ご苦労だった」
マリアベルに褒められたソーニャは照れて動揺したが、それを誤魔化すかのようにレナンに挨拶した。
「た、大した事はしておりませんわ……所で……改めまして、レナンお兄様……こうして直接お会いするのは初めてですね」
「……ああ、そうだね……そんな事より、ティアは守ってくれただろうな?」
「ええ、そこは間違いなく。今頃彼女はアルテリアに戻っている所ですわ!」
「そうか……本当に良かった……取敢えず礼を言うよ……ティアを助けてくれて有難う」
「べ、別に礼を言われる様な事では、有りませんわ! と、とにかくこれ以上陛下をお待たす訳にはいけません、さぁ玉座の間に入りましょう」
レナンに礼を言われたソーニャは、罵倒されると思っていただけに、大いに戸惑い動揺した。それを見せない様に彼女はレナンを玉座の間へと誘う。
白を基調とした広く豪勢な玉座の間の奥には踏段を備えた高台の上に勢を尽くした黄金色の玉座が設置されていた。
玉座の間の壁には臣下用の椅子が用意され、側近であろう臣下が座していた。
玉座にはグレーの髪を持つ知的だが、細身の鋭く気難しそうな男が座っている。豪奢な衣装を身に纏っている事より国王だとレナンは予想した。
国王の横には利発そうな愛くるしい少年が座っている。恐らく王子だろうが見た所10歳には満たない様だ。何故か王太子はキラキラとした眼差しをレナンに向けていた。
国王と王子の前には彼等を守る様にフルプレートの鎧を纏った重装備の騎士が立ち並んでいた。その数は14名で、彼らは長大なハルバードを手にしている。
レナンはマリアベルやソーニャ達と共に、玉座の間に進み、臣下の礼を取り国王の前に跪いた。対して玉座に座した国王は静かに声を放つ。
「……面を上げよ、そなたが白き勇者か……漸く目にする事が出来た……待ち侘びたぞ」
「は! 私の名はレナン フォン アルテリアと申します。陛下の御尊顔を拝し、恐悦至極に存じます」
レナンは国王に対し当たり障りの無い式礼を行った。ヘタな事を言って父トルスティンの罪に飛び火させたくなかったからだ。対して国王は特に気にせず話を続けた。
「うむ……構わぬ……楽にせよ。余の名はカリウス フォン ロデリア……知っておろうがこのロデリアの王である。そして余の横に居るのは王太子のアルフレドだ」
国王カリウスは自らの横に座る少年を差して紹介した。その少年は緊張しながらレナンに名乗った。
「は、初めまして! ぼ、僕はアルフレド フォン ロデリアと言います! 白き勇者様にはずっとお会いしたいと考えておりました! この度はお会い出来て嬉しいです!」
「……お初にお目に掛かり光栄です、アルフレド王太子殿下。今後とも何卒よろしくお願い申し上げます」
「は、はい!」
レナンから挨拶されたアルフレド王子は嬉しくて堪らないと言った様子で返答した。どうやらアルフレド王子の中では白き勇者のレナンは憧れの存在の様だ。
国王カリウスはレナンに改めて問い掛ける。
「……してレナンとやら……その方は、そこに居る黒騎士……マリアベルを打ち負かした、と聞き及んでいるが真か?」
「……それでは……恐れながら申し上げます。半年ほど前にアルテリアの街道で、一度お相手させて頂いた次第です。勝負は時の運……その際は偶然にも気運が私の方に向いただけに御座います」
「「「「おお……」」」」
レナンの言葉にアルフレド王子は一層目を輝かせ、脇に控える臣下からは驚きの声が上がる。
レナンは自分が手加減した上に圧勝したとは言わなかった。国王直属の騎士を手玉に取ったと言えば、無礼に当たると考えた為だ。
対して国王カリウスは満足そうな顔をして呟いた。
「……良い、謙遜するな……マリアベルを負かす者など、この国に現れるとは思わなんだ……そればかりか報告では、その方……アルテリアに現れた暴虐の龍を大地ごと滅ぼしたと有る……。
俄かに信じられん状況だ……故に余は自らの目を信じたい。レナン、その方の力、真の物か……ここに居る近衛騎士相手に、余に示して見せよ!」
そう叫んだ途端、重厚な鎧を纏った騎士達が一斉にハルバードを構えるのであった……。
いつも読んで頂き有難う御座います!
次話は「44)黒騎士との婚約」で明日投稿予定です! よろしくお願いします!
読者の皆様から頂く感想やブクマと評価が更新と継続のモチベーションに繋がりますのでもし読んで面白いと思って頂いたのなら、何卒宜しくお願い申し上げます! 精一杯頑張りますので今後とも宜しくお願いします!
追)一部見直しました!
追2)一部見直しました!