42)真実
痛みと真実を知る恐怖で震えながらソーニャに詰問するティア。
対してソーニャは花の様に微笑んで真実を語る。
「……私としては複雑な想いだったのです……愛しいお姉さまの婚姻など……されど王命であり……何よりマリアベルお姉さま自身がレナンとの婚姻にとても前向きでして……そんな訳で妹として動かざるを得なかったのです。
お姉さまとレナンの婚姻には、ティア……貴女とレナンの婚約破棄が必要だったんですが……まさか、驚きました! 貴女の方からレナンとの婚約破棄をして下さるとは!
しかも……令嬢に対する連続強姦容疑に掛けられていたフェルディに、自ら近付き……我々騎士隊の囮捜査にも協力頂くなんて!
お蔭で……こうして証拠映像の確保と共に、現行犯として捕縛する事が出来ました!
これで、息子の罪を隠蔽し続けたルハルト公爵も逆らえないでしょう……ルハルト公爵家には莫大な賠償金が発生するでしょうし……反国王派の中心派閥として裏で何やら画策していた公爵も、これで終わりでしょう!
いやぁ、全てはティア、貴女のお蔭です! こうして王国の平和は守られたのです。メデタシ、メデタシ!」
「「「「…………」」」」
ソーニャはにこやかに笑いながら語る真実にそこに居た全員が言葉を失っていたが……。
「ハハハハ! な、何だよ!? それ! こ、この僕が……唯の駒扱いだなんて!? まさか……娼館で会ったあの男すら……演出だったとでも言うのか!?
ば、馬鹿にしやがって! 僕が誰だか分っているのか!? ルハルト公爵家のフェルディ フォン ルハルトだぞ!? お、お前達、全員不敬罪でし、死罪にしてやる!!」
バルドに制裁され蹲っていたフェルディがソーニャの話を聞いて憤慨し、突如立ち上がって叫びだした。
どうやら彼自身が駒として利用された事に漸く気が付いた様だ。
怒り狂うフェルディに対してソーニャは冷めた目で静かに語る。
「ハイハイ……クズは黙っていなさい……。さっきの私の話聞いていましたか? 我々は王命を受けて動いていると言った筈……不敬は貴方ですよ、お猿さん?」
「な、何だと! コイツ、女の癖に!!」
完全に小馬鹿にした物言いで煽るソーニャに対し、フェルディは激高し飛び掛かった。
彼は今まで、散々弄び軽視してきた“女”という存在から、この様に面と向かって罵倒された事は無かった為、ソーニャの態度は許容出来なかった。
この態度すら、ソーニャの策とは愚かなフェルディは気付かなかった。
拳を握り締め飛び掛かろうとしたフェルディに対し、ソーニャは薄く笑い小さく呟いた。
「……やれやれ……これは正当防衛ですね、べリンダ。おやりなさい」
「はい」
ソーニャがワザとらしく呟くと、べリンダと呼ばれたオレンジ色のショートヘアの騎士が抜刀した。
彼女は先程、使用人の男を切って捨てた騎士だった。
剣を構えたべリンダは目にも止まらぬ速さで、フェルディの顔面目掛けて突きを繰り出した。
“ズシュ!!”
「アギャアアア!」
白騎士べリンダの突きで、フェルディの頬は切り裂かれ、あろう事か右耳を貫かれた。
「ヒギイイイ!!」
右耳を失ったフェルディは血だらけの傷口を押さえながら痛みで転げまわる。
対してべリンダは容赦なくフェルディの顔面を蹴り付けた。
“ドガア!”
「ギヒイ!!」
蹴られて大人しくなったフェルディをべリンダは髪を掴んで引き上げる。
端正だったその顔はバルドに殴られ、べリンダにボロボロにされて腫れあがり醜く歪んでいた。
べリンダは剣を片手に持ち、そして低い声で呟く。
「……お前はこうやって女達を弄んだ様だが……お前自身はどうだろうな……? 右耳は無くなったみたいだし……今度は……左耳落としてみよう……」
そう言ってべリンダは剣を左耳に沿えて切り落とそうとした。するとフェルディは……。
「ひぃいいいい!」
大きな悲鳴を上げ、失禁した。そして尋常では無い怯え方で部屋に蹲り、ガタガタ震えている。
その様子を見たソーニャは下らなそうに彼を見下げて呟いた。
「アラアラ……随分、素直なお猿さんになりましたね……べリンダ、そのクズ男の尋問は貴女が適任でしょう。目障りです、さっさと連れて行きなさい」
「はい、ソーニャ様」
ソーニャに促されたべリンダはフェルディの髪を掴んで引き摺った。
「イギャア! 嫌だ! た、助けてくれ!」
「黙れ」
“ボグゥ!”
「アギャア!!」
フェルディは泣き喚きながら暴れるが、べリンダに顔を殴られ直ぐに大人しくなった。
べリンダは部屋を出る際に、チラリとティアを見遣ったが何も言わずフェルディを引き摺って出て行った。
フェルディが居なくなった後、何とも言えない重苦しい空気となりそうだったが、ソーニャが明るい声で皆に別れを切り出した。
「さて、皆さん! 任務に協力頂き有難う御座います! お蔭で王国の平和がまた一つ守られました! それではお疲れ様です!」
そうやって部屋を出て行こうとするソーニャに対し、ティアが叫んで呼び止めた。
「ソーニャ! 待ちなさい!!」
ティアに呼び止められたソーニャは、ティアの方へ振り返る。
ティアはボロボロの姿だがその瞳は厳しく涙を湛えていた。
「……良くも……騙して……くれたわね……親友だと……ウグ……ぐす……思って、いたのに……うぅ……」
泣きながらソーニャを責めるティア。対してソーニャは軽く答える。
「……先程も言いましたが、私は貴女を騙した覚えはありません……私はただ、囁いただけ……その結果、貴女が選んで……この顛末となったのです」
「おのれぇ!!」
淡々と話すソーニャに対し、ティアは……我慢が出来なかった。
制止するミミリ達の手を払いのけ、獣の様にソーニャに突進する。白騎士の一人がティアを止めようとしたが、逆にソーニャ自身がそれを制した。
ティアはソーニャに殴り掛かろうとしたが、対するソーニャはティアの振り降ろした右手を掴み、体を捻って簡単にティアを転がし、鳩尾に掌底を喰らわした。
“ドス!”
「あぐう!」
転がされた挙句、急所に一撃を喰らったティアは痛みで蹲った。
「お前!?」
「ティア、大丈夫か!?」
その様子を見たバルドやリナ達が殺気立ちソーニャに掴み掛かろうとするが、騎士達が一斉に剣を構える。
ジョゼの従姉であるリースも同じだった。ジョゼはその姿を見て呟く。
「……リース姉様……」
殺気立ったこの場を諌めた(いさめた)のは、ソーニャだった。彼女は大声を張り上げ制止する。
「無用な争いはお止めなさい!」
その声を聞いたティアは痛みで苦しみながらソーニャに恨み言を言った。
「……絶対……許さない……」
その言葉を聞いたソーニャはティアを見下ろし本音を語った。
「本当に馬鹿ね、貴女は……。はっきり言ってあげましょう。
ティア、今の貴女にレナンは釣り合わない。……外見だけの下らぬ男に有頂天になり、私の囁き如きにあっさりと彼を手放す……そんな浮ついた馬鹿な女にはね……」
「お、お前に何が分る!?」
ソーニャに罵倒されたティアは悔しげに反論する。対してソーニャは静かに話す。
「良く分りますわ……ティア……私は貴女が捨てたレナンより、貴女を守る様に頼まれたのよ?
そればかりじゃないわ、彼は王命に叛いた貴女の父と、アルテリアの全てを守る為……自ら進んで我らに従属を誓ったの」
「う、嘘よ! そんなの!?」
ソーニャの言葉を信じようとしないティアを見て、ソーニャは、先程見せた映像を記録する魔法具を取り出し、呪文を小さく唱えて映像を再生して見せる。
それは……王都に連れ去られる際にレナンがマリアベルへの従属を改めて誓った時の映像だった。
ソーニャとレナンとのやり取りが魔法具に映し出される。
“……ティアとアルテリアの皆を守ると約束するならば、そう誓おう”
「「「「…………」」」」
レナンの誓いの言葉で終わった映像に、そこに居る誰もが沈黙した。対してソーニャが静かに話す。
「……王命に反し、偽装工作を行った貴女の父、トルスティン卿の罪は余りにも重い。本来ならトルスティン卿は死罪か、投獄。そしてアルテリア伯爵家は御家断絶と為る筈でした。
そうなると領民達の暮らしも唯では済まない……それを理解していた彼は、迷わず私達への従属を選んだのです……そして馬鹿な貴女も守る様に頼みながら……。
さぁ、ここで質問です。ティア……こんな大事な時……貴女は一体何を考え、どこに居ましたか? ……もう分るでしょう? 今の馬鹿な貴女には……彼は全く吊り合わない」
「「「「…………」」」」
ソーニャの痛烈な批判にティアは壊れた機械の様に全く反応しない。
ティアだけでは無い、そこに居る誰もが掛ける言葉が見つからず、静かに佇むしかなかったのだった……。
いつも読んで頂き有難う御座います!
次話は「43)それからの二人」で明日投稿予定です。宜しくお願いします!
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追)一部見直しました!