370)乙女達の決意
ふわふわとした口調で、容赦なくソーニャを責めるフワン。彼女の言葉に打ちのめされたソーニャは蹲り嘔吐する。
ソーニャに取って、自分を暗黒の絶望から救ってくれたマリアベルは、暗闇を照らす希望の光りそのものだった。
だからこそ、彼女の為に成る事なら何でもしたし、汚れ仕事も進んで行った。
ティアの親友を演じて彼女を騙し、裏では犯罪者のフェルディを操ってティアとレナンの婚約破棄へ至らしたり……。
そんな事など、過去のソーニャにとっては日常業務だった。マリアベルの為に生きる事は、どんな事でも正しい事だった。
レナンを陥れて従属の首輪を巻かせた事も、何でも無い任務の一つだ。
レナンの力を知った際、後から彼を恐怖したが、レナンを愛するマリアベルを見れば、そんな恐れなどすぐに忘れてしまう。
しかし、レナンに首輪を巻かせた事が、結果的にギナルの白き偽神の怒りを買い……マリアベルを死なせてしまう。
自分の傲慢さと愚かさで、何より大切な姉を死なせてしまった。
その事をフワンに糾弾され、思い出したくも無い恐ろしい己が罪をソーニャは改めて思い知らされたのだ。
己の罪深さを自覚し、蹲って嘔吐したソーニャ。
そんなソーニャの前にレナンが現れ、彼女を抱きかかえたのだ。
対するフワンは、笑顔を崩さず静かな声でレナンに問う。その口調は、いつもの間延びした彼女の口調とは異なっていた。
「黒ちゃん、貴方に聞きたいんだけど……仮にも貴方は“ヴリト”と言う種族の王子様なんでしょう? 下賤の……しかも、自分に害した者達なんて抱えてて……強大な敵と戦えると思ってるの?
そもそも……何で貴方は、別な世界の他種族の為に戦うのかしら? そんな義理も必要も無い筈でしょう? さっさとそんな連中を見捨てて、遠くから高みの見物を決めた方が良いに決まってるわ。それこそが……王としての血を死守すべき貴方の義務では?」
「フワン……貴女、何を言って……?」
「……それに関しては、AIの私としても完全に同意します」
別人の様な口調で黒騎士レナンに問うたフワンに、皇女エリザベートは戸惑い……部屋の隅に居たAIのオニルは、同意の声を上げた。
「……フワン殿、貴女や他の誰に言われようとも……俺のやる事は変わらない。俺は、黒騎士として奴らと戦う……」
「……甘過ぎる王子様ね……。だからこそ……か。まぁ今の所は、何言っても仕方ないかな~? でも、ソーちゃんは……そのままで良いと思ってんの?」
問われたレナンは迷いなく言い切る。彼の言葉を聞いたフワンは呆れながらレナンに抱きかかえられたままのソーニャに声を掛けた。
「……あ……貴女の言った事は……な、何一つ……間違っていません……。だ、だから……だからこそ、私は……守られてるだけには……!」
「あ、そう~? どうでも良いけど~これ以上、王子様の足引張る事だけは止めてね~」
ソーニャは抱えられていたレナンの腕から離れてヨロヨロと立ち上り、フワンに向け言い放つ。
対するフワンはつまらなそうに答えた後、踵を返し手を振ってリビングルームから立ち去った。
「ちょ、ちょっと待ってフワン! ああ、もう……! ソーニャ様、あの子が酷い事を言ってしまって申し訳ありません! 代わりにお詫びします……!」
後に残された皆の内、エリザベートは慌ててフワンを呼び止めた後、ソーニャに深く侘びる。
「……い、いいえ……。厳しい言葉でしたが……フワンさんが言う事はもっともですから……」
「あの子と出会って長いですが……あんなキツイ事を言う子じゃ無かったのに……。一体どうしたのかしら……」
エリザベートに謝られたソーニャは、目を伏せて呟く。対するエリザベートは能天気で明るいフワンの態度とは思えない、先程の出来事に関して首を傾げた。
「それ程までに、私が行なった事が我慢出来なかったでしょう……。万人が聞いても、私が仕出かした事は、許される事では有りませんから……」
「ソーニャ……お前の罪は俺が背負う。だから、お前は一切気にするな」
エリザべーとが伝えた、いつもと違うと言うフワンの態度に、ソーニャは申し訳無さそうに目を伏して呟く。
ソーニャは本気で過去の自分の行動を悔やんでいる様だった。姉のマリアベルの為なら何をしても良いと言う生き方を。
そんなソーニャに、レナンは肩に手を置き、力強く声を掛けた。
「……有難う、レナン……。いつもいつも……守ってくれて……。そして……本当に、今更だけど……改めて、お礼を言わせて。亡くなったマリアベルお姉様を何より愛してくれて……」
「本当に……今更だな……」
自分を慰めてくれたレナンに、ソーニャは感謝し……マリアベルの為に生きようとする彼に改めて礼を言う。
そんな風にレナンに礼を言った事はソーニャは一度も無かった。ソーニャの改まった礼にレナンは笑いながら答えた。
「改めて今こそ、誓うわ。マリアベルお姉様の為に戦う貴方に……この私も誠心誠意尽くす事を……」
「……ソーニャ、お前は……そんな事をする必要は無い。……俺とマリアベルが願うのは、ただ……ソーニャ自身が幸せになる事だけだ」
「マリアベルお姉様と共に生きる貴方なら、そう言うでしょう。だからこそ……貴方は一人で戦おうとして、ティアや私を遠ざけようとする。でもね、私は信じた道を……あ……。アハハ……」
誓いを立てるソーニャを制止するレナンに、彼女は答えながら自分の言っている言葉が……とある少女と同じだった事に気付き、思い出し笑う。
「ソーニャ様?」
「アハハ、失礼しました。……私が自分で言った事が、あの子と一緒だった事を思い出して……。フフ、ようやく分りました。何であの子と私が衝突ばかりするのか……何故、あの子の事が気になるのか……。成程、私とあの子……ティアとは結局、根っこは同じだった様です」
思い出し笑ったソーニャに、近くに居たエリザベートが驚き声を掛けると……彼女は清々しい顔を浮かべて素直に自分の気持ちを告白する。
ソーニャが告白した素直な気持ちとは……出会った時から気が合わなかったティアとソーニャは、同族嫌悪だった事に今頃気が付いたのだ。
「……ソーニャ……」
「レナン……いくら貴方が私を案じて遠ざけようとも、私は止まりません。私は自分の意志で望んで生きる。貴方やお姉様……そしてティアの様に」
「!……わ、私も同じです! ギナル皇国が受けた大恩を、皇女として少しでもお返して行きます……!」
「私も皇女殿下と共に頑張ります!!」
「……勝手にしろ……」
ソーニャの力強い宣言に、エリザベートや女性騎士のネビルが次々同調すると、黒騎士レナンは、そっぽを向いて小さな声で呟くのだった。
◇◇◇
一方、その頃……フワンはリビングルームを出た後、一人でラダ・マリー艦内をぶらついていたが……。
彼女の前にAIのオニルが人型の投影映像の姿で現れる。
「……フワン……残念ながら当初の思惑と違い、マスターの戦線離脱は誘導出来ませんでしたが……下等種族の駒をマスターの傍に配置する事が出来ました。マスターは自分以外の人間は寄せ付けようとしませんでしたので」
「オニルちゃんの願いはマスターである黒ちゃんに遠くで高みの見物して欲しいだろうけど~黒ちゃんはガタイは大きい癖に、心は少年のままなんで融通利かないから無理だね~。でも甘々なんで隙が多いの~。だからこそ、誰かが傍に居てあげないと~」
「ええ、マスター以外の人間など戦闘力は皆無ですが、雑用係は必要ですし……強い忠誠心を持つ者ならば、盾にもなりましょう」
「うんうん、そうだよね~。黒ちゃん王子様だもんね~」
現れたAIのオニルはリビングルームの映像をフワンに見せながら説明すると、フワンはニコニコ笑いながら答える。
どうやらリビングルームでのフワンが見せた態度は、レナンや皆を誘導する為の芝居だった様だ。
「……アストア原住民の、しかも冒険者である貴女から提案を受けた時は、全く期待はしておりませんでしたが……それなりの成果を上げる事が分りましたので、これからも宜しくお願いします」
「うん、私は冒険者なんで~。依頼されて報酬くれれば何でもするよ~。上手く使って頂戴ね~」
言うだけ言ったAIのオニルは、その場から姿を消した。一人残されたフワンはと言うと……。
「フフ……さて、使われてるのはどちらでしょうか? まぁ、私はやるべき仕事をやるだけど……。あ~あ、下っ端は辛いわね~。早く愛しのキース君と再会して癒されたいよ~!」
フワンは一瞬悪い笑顔を浮かべて呟いた後、異国の地に居る恋人の顔を思って悶えるのだった。
いつも読んで頂き有難う御座います! 次話は9/18(日)投稿予定です、宜しくお願いします!