35)父
アルテリア伯爵家に迫る漆黒の巨大な馬車と馬に跨る10名程の騎士達。彼らは黒騎士マリアベルが率いる騎士達だ。
漆黒の馬車の中には、黒騎士マリアベルと白騎士のオリビアそしてレニータが乗る。
マリアベルは相変わらず恐ろしげな漆黒の鎧を纏っており、美しいその素顔は晒していない。
一行はアルテリアの領主館に到着し、白騎士のオリビアが荒々しくドアをノックし声を掛ける。
「たのもう! 我等は王都より参った者! トルスティン伯爵は何処か!?」
するとゆっくりとドアが開かれ、老執事のセルドが柔らかい表情を浮かべ出迎えた。
「遠方からようこそお越しくださいました。どうぞ中にお入り下さい」
館の中に招かれたマリアベル達は、直ぐに異変に気が付いた。この領主館には人の気配が全く無い。
マリアベルは苛立ちを憶えながら案内するセルドに問う。
「……そなたの主は何処に居る?」
「旦那様は裏庭でお待ちして居ります。ですが長旅でお疲れでしょう。先ずはお茶でも如何ですかな?」
「お気遣い感謝する。だが、我等は王命を賜った身故に先を急ぐ。主の元へ案内頼む」
「……分りました……どうぞ此方へ……」
老執事セルドはマリアベルの言葉にやむなくトルスティンの元へ案内するしかなかった。
裏庭に案内されたマリアベル達。目的のトルスティンはマリナの遺した“箱庭”にて、何をするでも無く佇んでいた。
マリアベルは彼に声を掛ける。
「……お初にお目に掛かる。私はロデリア王国の騎士、マリアベル フォーセルだ。貴殿がトルスティン卿だな? 時が惜しい為、単刀直入に聞こう。レナンは何処だ?」
「……如何にも、私がトルスティン フォン アルテリアだ。貴殿が高名な英雄騎士殿か……貴殿が問う彼奴は使いに遣った。もはや此処には戻らない」
マリアベルの問いに“箱庭”から出ながらゆっくりと答えるトルスティン。その右手には宝剣マフティルを携える。
「……そこまで息子を守りたいか……天晴な気概だ。だが、貴殿には王命に背いた謀反の嫌疑が掛かっている……分っているだろう?」
「そうだ……全ては私一人がやった事。罪に問うなら私一人を裁くがいい」
「……レナンを何処にやった? ……貴殿は良く分っていた筈だ。彼がどれ程の器か! このロデリア王国は西のギナル皇国から度々侵略行為を受けている。この国難の最中に在って、レナンは王国を救う存在だ! さぁ、彼の居場所を吐け!」
「断る!! 息子を使い捨ての剣などにはさせん!」
レナンの居場所を迫るマリアベルに対し、潔く断るトルスティン。そして彼は宝剣マフティルを構える。
その彼を見た騎士達が一斉に抜刀し剣を構えた。
マリアベルはトルスティンが持つ宝剣を見て嬉しそうに呟く。
「……ほう……それは宝剣マフティルか? 異界から落ちて来たという曰く付きの剣……持ち主の生命を吸い、力と切れ味が増すと言う。周り巡って貴殿の元に流れ着いていたか。面白い! お前達、手出しは無用だ!」
「いざ、参る!!」
マリアベルの言葉には答えず、トルスティンは宝剣で切り付ける。
“キン! キキン! カキン!”
トルスティンはマリアベルに斬撃を繰り出す。激しい剣戟が続くが、マリアベルは大剣でトルスティンの宝剣を軽くいなして躱す。
オリビア達、他の騎士達はマリアベルの指示を受け、剣を構えたまま事の成り行きを見守っていた。
トルスティンは宝剣を振り上げて叫ぶ。
「宝剣マフティルよ! 我が命を吸い己が力を示せ!!」
トルスティンの叫びに従うかのように、宝剣は一瞬白く輝き、刃の表面に不思議な文字を写し出した。
トルスティンは剣の変化に構わず宝剣を振り降ろす。
“ギギキン!!”
「うお!?」
不思議な紋様を示した宝剣は異常な力を示した。
トルスティンの振り降ろした斬撃を大剣で受け止めたマリアベルだったが、何と力負けし、振り降ろされたトルスティンの剣をいなして躱すのが精一杯だった。
「続けていくぞ!」
“ギン! ガキン! キン! キキン!”
叫んだトルスティンは斬撃を休まず繰り出す。その一撃が素早くそして力強い。
マリアベルは手にする大剣で彼の斬撃を受け流すが余裕は無かった。
「ウオオオ!」
“ギギン!!”
トルスティンは一際大きな雄叫びを上げて、上段から切り掛かる。
マリアベルは手にした大剣で此れを防ぐが、受けている大剣の刃先に僅かに切れ目が入った事に驚き呟く。
「なんと! 打ち直したばかりの、この剣に傷を!」
戦鬼として人外の膂力を持つマリアベルの大剣を打ち負かす事自体が不可能だったが、トルスティンの宝剣は恐るべき力と切れ味を示した。
トルスティンとの剣戟にマリアベルは満足そうに呟く。
「……フフフ……これが宝剣か……私が力負けしたのは……レナン以外では貴殿が初めてだ……だが、もう息も絶え絶えではないか? 命を吸う剣……伝承通りだな」
マリアベルの指摘通り、宝剣を手にしたトルスティンは荒く息をして、剣を持つのも辛そうだ。
実はこの宝剣マフティルは宿主から生命力では無くエーテルを激しく吸い上げていた。
そして宝剣に仕組まれた機構で変換し、剣自身の切れ味と宿主に強力な力を与えるが宿主はあっと言う間に体内のエーテル切れを起こす。
その結果、宿主は極度の倦怠感の上に遂には行動不能となる。故にこの宝剣は持ち主を選び手にした大半の者達にとって実戦には使えない代物だった。
その為、献上品や褒賞品として巡り続け、最後に戦で功績を挙げたトルスティンの祖が先王より賜った剣だった。
「……今度は此方から行くぞ!」
そう叫んだマリアベルは本気を出し、激しい斬撃を恐るべき速さで繰り出す。
”ギン! キン! ガキン!”
「ぐう!」
対するトルスティンは何とか剣で受けて剣戟を凌いだが、極度の疲労で宝剣を構えきれずに、膝を付いてしまう。
そればかりかマリアベルの斬撃を凌ぎ切れず、掠った大剣によりトルスティンの体には傷が幾つも刻まれ、血が滴れていた。
「……もはや勝負は付いた……これが最後だ……レナンはどこだ?」
「し、死んでも話さん!」
大剣を向け、レナンの居場所を問うマリアベルに対し、強く拒絶するトルスティン。
戦いはまだ続くかと思われたが、渦中の彼の者が飛び込んで来た。レナンだ。
「父上!!」
「馬鹿者!! 何故ここに来た!? 今すぐ戻れ!!」
レナンの姿を見たトルスティンは傷だらけの体を震わして激昂した。
裏庭に駆けて来たレナンは父の体が傷だらけなのを見て、先ずは回復魔法でトルスティンを癒しながら、静かに語る。
「……父上は此処でお待ちを……僕が彼等を諌めましょう」
そう言ったレナンは右腕を白く輝かせ、異形の龍を型取った腕を現出する。
溢れる強大な力を感じてか後ずさりする騎士達。若い騎士等は座り込む者も居る。
対して傷を癒して貰ったトルスティンはレナンを押し退け前に出る。
彼の傷は癒えたが体内のエーテルを全て吸い上げられ、立つのもやっとの様子だ。その彼がマリアベルに叫ぶ。
「黒騎士殿! レナンは何も知らん! 全ての罪は私に有る! 裁くなら私を裁け! だが、息子はお前達にやらん!!」
トルスティンはそう叫んで宝剣を震える両手で構えるのであった。
いつも読んで頂き有難う御座います! 次話は「36)別れの時」で、明日投稿予定です! よろしくお願いします!
追)一部見直しました!
追) 人物名誤字直しました