361)思わぬ援軍
ロデリア王城前広場にて、黒騎士と出会ったティアは……激情に駆られ戦いを挑んだ。
その戦いの中、黒騎士がレナンでは無いと確信してしまったティアは、淡い期待を打ち砕かれ絶望する。
そんなティアの気持ちなど一切介さず、当の黒騎士レナンはティアをあっさりと下し、ティアとの戦いを終わらせたのだった。
「……うぐ……」
「…………」
黒騎士によって体内エーテルを奪われたティアは、地面に両手に手を付いて苦しそうな声を上げる。
対する黒騎士は、そんな彼女に手を差し伸べるでもなく周囲を見渡し、有る存在に気が付く。それはギガントホークだ。
ティアを乗せて来たギガントホークのホークは、王城前広場の隅で大人しくしているが……黒騎士となり絶対的な力を持つレナンの存在に酷く怯えている様子だった。
「……こんな所に魔獣が居るとは……。目障りだ……」
レナンはそう呟いて右手をギガントホークのホークに向ける。
かつては一瞬、ホークの主だったレナンだが情など無く始末する気だ。
それを見たティアは弱った体に鞭打ち、ホークに向け右手を差し出す黒騎士レナンの前に立ち塞がる。
「う、うぅ……や、やめなさい……」
「……王都に魔獣は不要……どけ……」
「お断りよ……!」
低い声で恫喝する黒騎士レナンに対して、ホークを守ろうとするティアは怯まない。
「…………」
怯まず立ち塞がるティアに黒騎士は沈黙の後……。
“ヒュン!”
一瞬の内にティアの眼前に移動して、軽く指で彼女の額をトンと押す。
その動きは丁度、ノックを鳴らす様な仕草だったが、それだけでティアはその場で崩れおち、黒騎士の足元に転がる。
「うぐ……」
地面に転がったティアは辛そうな声を漏らすが、黒騎士は一切構わずギガントホークに歩を進める。
黒騎士は、あくまでギガントホークを始末する心算なのだろう。
対してティアは這い蹲りながらも黒騎士の足に縋り付き、ホークを助けようとする。
そんな中……。
「……黒騎士様、どうかお待ち下さい……」
皇女エリザベートが静かな声を放ち、黒騎士の前に歩み出た。
「エリザベート皇女殿下……他国の事情に口を出さないで頂きたい」
「黒騎士様、単身でギナル皇国へ乗り込んできた貴方様が、それを言うのですか?」
低く凄みのある声で皇女エリザベートに言い放つ黒騎士に、エリザベートは微笑を沿えて答える。
恐ろしい力を持つ黒騎士に笑顔で言い返す皇女エリザベート。そんな彼女にラザレやネビルが大慌てて駆け寄り制止しようとする。
対してクマリ達白騎士隊は、黒騎士の足元に縋り付いたままの苦しそうなティアを引き離す。
クマリ達がそうしたのは、黒騎士として変わってしまったレナンの容赦ない態度に……これ以上ティアが辛い思いをさせない為だった。
白騎士達に起こされて連れて行かれるティアを横目に見た後……傍に寄って来たラザレ達に構わずエリザベートは黒騎士に向かって言葉を続ける。
「……黒騎士様、どうか怒りを治めて下さいませ。聞けば、あの少女はロデリア王都では有名な冒険者とか。そんな御方が手綱をさばく魔獣なのです……危険は無いでしょう。
ましてや、此処には白い龍達やオニル様達が居られます。万が一の事など在り得ない筈ですわ。そこまで、その魔獣に構う必要は無いと思います」
「……その魔獣は、かつて行なわれた建国祭の折……ロデリア王都を襲った生き残り……。生かしておけば、王都民の動揺にもなろう。だから始末する必要が有る……」
「ならば、その魔獣を王都の外に控えさせれば良いだけでしょう? 人の役に立つ魔獣を従えさせる事は珍しい事では有りません。もしも魔獣が何か起こせば、私達の方で対処します。問題ありませんよね、ラザレ将軍?」
「……皇女殿下の御命令で有れば……」
態度を変えない黒騎士に、エリザベートも穏やかに言いながら、傍に居るラザレに振ると、突然無茶振りされた彼は引きつった顔で渋々従う。
「そう言う訳ですので、あの魔獣の事は私達にお任せ下さい。……ここはどうか黒騎士様、寛大な沙汰をお願い申し上げます」
「こ、皇女殿下!? その様に軽々と頭を……」
「私からもお願いします! 黒騎士様!」
黒騎士レナンに向けて満面の笑みを浮かべ答えた後、エリザベートは深く頭を下げて頼んだ。
そんな皇女にラザレは慌てて制止しようとするが、傍に居た女性騎士ネビルが彼を押し退けエリザベート同様に黒騎士に頭を下げる。
「…………」
黒騎士に向け頭を下げて頼むエリザベートとネビル。そうなると流石の黒騎士も何も言えず黙った。
「……出立まで時間が無い……俺は先に船にて準備をしておく」
そう言って黒騎士はエリザベートから背を向けた。どうやらギガントホークを始末する気は無くなった様だ。
「願いを聞き届けて頂き感謝致します、黒騎士様。所で旅立つ前に、あの少女にお話を伺いたいのですが、宜しいですか?」
「……何故……?」
「フワンから聞きましたが、彼女は我がギナル皇国の所為で随分迷惑を被った様ですので、皇女としてお詫びしたいのです」
「……皇女殿下……分っておられると思うが……」
ティアと話すと言うエリザベートに、黒騎士レナンは警戒心を露わにする。
レナンとしてはエリザベートの口から、真実がティアに知られるのを恐れたのだ。
対するエリザベートは、彼の不安を払拭する様にキッパリと言い切った。
「ご安心下さい、黒騎士様から受けた大恩を、無下にする様な事は決して致しません」
「……あまりは待てません……お急ぎを……」
エリザベートの言葉を聞いた黒騎士レナンは、短く返事した後……連れのAIオニルと共に、転移して姿を消した。上空に浮かぶ戦艦ラダ・マリーへ向かったのだろう。
黒騎士が去った後の王城前広場……。極度の緊張感が抜けて思わず女性騎士ネビルが溜息を付く。
「はぁ~! こ、怖かった……! 黒騎士様、怖すぎて洒落にならないわ!! エリザベート様、無茶し過ぎです!」
「あはは、ご免なさい。でも黙ってられなくて……」
「笑い事では有りませんぞ! 皇女殿下にはもう少し自重頂かないと!」
本気で怖がるネビルに、皇女エリザベートは笑いながら侘びると横に居たラザレが苦言を言う。
ラザレから苦言を言われて、頭を掻いていたエリザベートだったが……白騎士達に王城広場端の方へ運ばれて行った赤毛の少女ティアを見て呟く。
「……黒騎士様より与えられた時間はあまり有りません。その間に、彼女と話さないと……!」 「ですね! このまま放っては置けません!」
決意を込めて呟く皇女エリザベートに、女性騎士ネビルも力強く答える。
どうやら彼女達は、同じ女性のティアの行動に共感している様だ。
そんな自重する気の無いエリザベート達を見て、ラザレは深い溜息を付くのだった。
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