360)黒騎士との戦い
王城前広場に転移して姿を現した黒騎士。その姿を見た瞬間、ティアは頭が沸騰して激情に身を任せ抜刀し、黒騎士に斬り掛かる。
クマリと戦い合っていた時は剣では無く素手で戦ったが、フワンがアリザベート達に説明した通り、それは互いに本気では無かった。
しかし、眼前に現れた、この黒騎士は手加減など通じる甘い相手では無いとティアは直感する。
2mを超える巨躯を、マリアベルが纏う鎧に酷似した漆黒の鎧に身を包む黒騎士。しかし、その鎧はマリアベルのそれと似てはいるが、その存在感は別物だ。
王都を白き龍で満たし、ギナル皇国を一日の内に落した異常な存在。
ティアは現れた黒騎士を見て、その異常さに黒き龍レギオンと相対した以上の脅威を感じ……思うより速く剣を構えて襲い掛かったのだ。
「おおお!!」
ティアは雄叫びを上げて飛び上がり、上空から黒騎士に斬り掛かる。
アクラスの秘石の力も発動させ、全力全開の力を込めて上段切りを放った。しかし……。
“ガイン!!”
ティアが放った上段切りは、人間どころか大岩すら簡単に両断出来そうな威力だ。
実際に秘石の力を発動させた彼女の力なら、誇張でも無く綺麗に斬って見せただろう。
にも拘らず、ティアの上段切りは……黒騎士が鬱陶しそうに上げた左手一本に、楽々止められる。
「く!? うおおお!!」
“キイイイン!!”
上空からの落下の威力と秘石の力を合したにも関わらず、黒騎士はティアの攻撃を受けて微動だにしない。
ティアはその事に驚きながらも、着地して地に足を付け更にアクラスの秘石の力を発動して剣に力を入れる。
アクラスの秘石を発動したティアの膂力は、如何な大男が束になっても力負けする事など無かったのだが、目の前の黒騎士はたった一人にも関わらず全く揺るがなかった。
その黒騎士が、ティアに斬り付けられている状況の中……小さく呟く。
「……軽いな……」
(この声……レナンでは……ない……。しかも体格も全然違う……。それじゃ、黒騎士は誰なの……?)
黒騎士の声を初めて聞いたティアは、その声がレナンとは全く違う事を認めた。
それに眼前の黒騎士は体格も、ティアの知るレナンのものとは違う。
黒騎士を一目見て、その纏うオーラより異質で危険と感じたティアは、激情に任せて斬り掛かったが……黒騎士の声と体格を見てレナンとは別人だと思い知った。
もっともティアは知る由も無かったが……今のレナンは強制強化の影響で、若い少年の肉体は筋骨隆々とした大人の身体へと変わり、声も鎧の機能で低く凄みのある声に変えている。
その上、素顔は凶悪な鎧により隠されている為、誰であろうと黒騎士の正体がレナンとは分らないだろう。
黒騎士がレナンでは無いと確信してしまったティアは……密かに抱いていた、淡い期待がガラガラと崩れ去るのを感じた。
黒騎士がレナンでは無い事に絶望し、そして酷く裏切られた様に思ったティアは……黒騎士に剣を押し付けながら、強い怒りを込めて叫ぶ。
「お前は! 一体何者だ!?」
「……俺は黒騎士……ただ、それだけの存在……」
そう呟いた黒騎士は、ティアに剣を押し付けられているにも拘らず、意に介せず軽々と左手を振り払う。
“ブオン!”
全ての力を持って黒騎士に斬り掛かっていたティアは、軽く払った黒騎士の左手に押し飛ばされ、背後の城壁にぶつかる。
「うぐぅ! く、くそ!」
城壁にぶつけられたティアは悪態を付きながらも何とか身を起こし、もう一度剣を構えた。
しかし……。
「……え?」
身を起こしたティアは驚いた。何故なら、自分を振り払った黒騎士が姿を消していたからだ。
黒騎士は寸前まで、目の前に居た筈だ。動こうにも、あの巨体で目立つ鎧ならすぐにでも目に付く。
一体何処に……とティアが戸惑っている中、すぐ横より低い声が響く。
「どこを見ている……」
「く!?」
一瞬で間合いに入り込んだ黒騎士に、ティアは驚きの声を上げながらも体制を整え、剣を突き出した。
しかし黒騎士は突き出された剣を左手で掴み、難なく握り潰す。
「け、剣が!? ならば、右手で!!」
剣を握り潰されたティアは一瞬戸惑ったがすぐさま気を取り直し、秘石を発動させ殴り掛かった。
対する黒騎士はティアの右手を避けようともせず、そのまま身に受ける。
“ガイイン!!”
秘石の力を発動させたティアの右手による打撃は、繰り出せば地面に大穴を抉る程だ。
にも関わらず、黒騎士は剣で斬り掛かった時と同様に、全く揺るがず何のダメージも受けていない。
そして黒騎士は、打撃を放ったティアの右手に光る秘石を見て呟く。
「……これは……確か、アクラスの秘石……。ベルゥがゼペド等に造らせていたと言う……」
黒騎士レナンは、AIオニルから受けた圧縮学習で得た知識より、ティアの秘石について把握した。
対するティアは黒騎士が、アクラスの秘石について知っていた事に驚きながら叫ぶ。
「な、何故!? お前がこの秘石について知ってる!?」
「……お前に教える義理は無い……だが、その石は危険だ……」
ティアの問いに黒騎士は答えようともせず、低く凄みのある声で呟きながら……すっと手をティアに向け差し出すと黒騎士の手甲に設けられた半透明の宝石が淡い光を放つ。
するとティアに宿るアクラスの秘石から白いモヤの様な光が立ち上り、そのまま黒騎士の差し出した手甲の半透明の宝石に吸い込まれる。
「うぅ……!?」
黒騎士の鎧による機能で、体内のエーテルを奪われたティアは苦しそうな声を上げて、地面にへたり込む。
体内に保有しているエーテルが奪われた事で、ティアは倦怠感で動けなくなったのだ。
もっともレナンは、ティアに向けたエーテル吸収をかなり加減して行った。
彼が“その石は危険”と呟いたのは、レナン自身ではなくティアに対しての意味だ。
アクラスの秘石が宿主の生命力を消費して、力を発動させる事を圧縮学習で得た知識でレナンは理解していたのだ。
だからこそ黒騎士レナンは、ティアにこれ以上アクラスの秘石の力を発動させる前に、エーテルを吸収して行動不能にした。
ティアと黒騎士レナンとの戦いは、ティアの怒りも空しく呆気なくレナンが制した。
アクラスの秘石の力を使うティアは、マリアベルやクマリと比肩する程の強者だ。
だが……ヴリト王族の証である角持ちの力を覚醒させ、この星最強の存在となった黒騎士レナンには全く届かなかった……。
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