34)暗転
様子のおかしいジョゼにリナは肩を揺らして声を掛ける。
「オイ! しっかりしろ、ジョゼ!」
「ハッ!? ご、ごめん、あ、余りの事に混乱しちゃって……」
「……まぁ、無理も無いけどな……私でさえ驚いてるよ……王命って事だから国王が黒幕って話だよな……そして黒騎士って言えば……国王直属の騎士だった筈だ……。
さっきのソーニャの話じゃ、フェルディの奴も乗せられてるって事だよな……」
「……そうだね……でも、ティアちゃんが酷い目に遭うかもって話だよね!? リナちゃん! どうしよう!?」
リナ達は互いに聞いた話を整理している内に、ジョゼがティアの危機に気付いて騒ぐ。
「落ち着け! さっきの話が本当なら、ティアが危なくなる前に何とかするって話だ。流石に国王直属の騎士なら、ティアは大丈夫だろうけど……放って置く訳に行かないな。
それに、ティアの弟の方がヤバそうな感じだったぞ……国王相手じゃ騎士や学校側も頼りにならない……今のティアじゃ私達に会ってもくれないだろうし、何か手は無いか……」
「……そう、だ……ミミリ! ティアちゃんが良く話してた、冒険者の友達ミミリって人なら、ティアちゃんと弟君の力になってくれるかも!」
「そうか! 冒険者ギルドなら中立の立場の筈! そのミミリって子の話ならティアも聞くかも知れないな……よし、王都のギルドで連絡取れないか聞いてみるか!」
「うん!」
そう頷き合ったリナとジョゼは王都の冒険者ギルドに向かい、アルテリアに居る筈のミミリに至急連絡を取る様依頼を出した。
しかし幸か不幸か、当のミミリは恋人のバルドと共に王都へ向かっている所であった。
◇ ◇ ◇
所変わってアルテリア伯爵領の中央都市アルトにある伯爵家において……。
「……やられた……」
隠居したトルスティンは魔鳥により届けられた王家発行の書簡を握り締め呟いた。
「どうしましたか、父上?」
その様子を見た息子で新当主のエミルがトルスティンに問う。対してトルスティンは黙って書簡をエミルに手渡した。
「?……拝見します……!? こ、これは! 一体どういう事です!?」
エミルが驚くのも無理はない。たった今、魔鳥により届けられた書簡には……。
「ティアとレナンが婚約破棄!? な、何故、こんな勝手な真似を!? 性質の悪い悪戯では!?」
エミルは驚いて叫ぶが、トルスティンは苦虫を潰した様な顔をしながら静かに答える。
「……いいや、この証書を見ろ……魔法で複写された物だが、ロデリア王国印が押された正式な物で、ティアの直筆と血印による本人証明がなされている。
もはや婚約破棄は覆せないな……この手際の良さ……私の悪足掻きなど、既に見抜かれていた様だ」
「まさか、ティアは脅されて書いたのでしょうか!?」
トルスティンの呟きを聞いてエミルは懸念した事を大声で問うが、トルスティンは落ち着いて否定する。
「いや、お前がレナンに請われて学園の伝手で聞いたティアの様子からすると……どうやら好きな男が出来た様だ。恐らくその男に何か言われたのだろう。
この証書の手際からすればその男も怪しい。婚約破棄させて公的な証書を書かせる事こそ目的だった筈……」
「そ、そんな……ティア……何て事を……」
「……してしまった事は……今更どうしようも無い……極めて口惜しいが……。それより……エミル、彼らは此処へレナンを奪いに来るだろう。そして目的を達成した事で用済みとなったティアの身も心配だ」
「……ティアの件についてはレナンが独自で例の冒険者に様子見を依頼した様です。しかし……レナンを奪いに来るとは? それに……彼らとは一体!?」
驚くエミルに対し、落ち着くよう促すトルスティン。
「落ち着けエミル……ティアの件は私も冒険者ギルドに急ぎ連絡しよう。……そして……お前が問う“彼ら”だが……、証書に添付されていた書簡の差出人を見ろ」
「は、はい……マリアベル フォーセル? 文官の名でしょうか?」
「……彼の者は有名な通り名を持つ……“黒騎士マリアベル”と言う名だ」
「!! ……国王直属の英雄騎士!?」
「そうだ……この証書も、ティアの件も……全ては黒騎士に寄るモノだろう……。
そして……今の今迄忘れていたが……春前にレテ市近郊でレナンを強襲したという異様な騎士……そやつが黒騎士だったのかも知れん……。
聞いた当時は良く有る魔獣素材の奪い合いと、私自身気にもしていなかったが……。
エミル……ここでお前に最後の指示を出す。このアルテリアの為に聞いてくれ……。お前はメリエと共に一旦レテ市に戻って欲しい」
「な、何を言われるのですか!? 僕も当然、父上と此処に残り黒騎士と戦います!」
「お前の妻メリエを危機に晒してもか?」
「し、しかし!」
父が出した突然の命令に反発するエミルにトルスティンはエミルの妻の名をだして問う。
尚も納得しないエミルに父は静かに諭した。
「良く聞け、エミル……ここに現当主のお前が居るのは拙い。全てはこの私が一人で決めた事……。この件にアルテリアを巻き込む訳にいかん。頼むから聞いてくれ」
「父上……!」
トルスティンは黒騎士マリアベルが、直接レナンを奪いに来る事を予感した。
戦いになる事を予感したトルスティンはアルテリアを守る為、現当主のエミルとその妻メリエをレテ市に避難させた。
エミルは激しく反発したが父に説得され泣く泣く従った。出立するエミル達にトルスティンは館に居た護衛騎士全員と、メイドや使用人達等伯爵家に居た、ほぼ全員の人間もレテ市に同行させた。
そして護衛騎士を束ねるライラに、危険が迫ったら迷わず全員をリノス子爵領に避難させる様指示したのであった。
なお、今この館にレナンはいない。婚約撤回証明書を見たトルスティンがレナンの身を案じ、アルト市より200km程離れた海沿いのイザレ市に急ぎ出立させたのだ。
レナンにはイザレの代行領主に、特別な書簡を渡す様に指示してあった。
その特別な書簡にはイザレの代行領主に対し、何が有ってもレナンを匿う様に記されていた。
そんな事態とは露知らず、レナンは書簡を持ってすぐに出立したのであった。
そして広い伯爵家の館に残ったのはトルスティンと執事のセルドの二人だけだった。
「……お前もレテに行く様に、私は指示した筈だが?」
いつもの様にトルスティンに紅茶を給仕するセルドは笑みを崩さず静かに答える。
「大事なお客様がお見えになる御様子……。主に給仕頂く訳に参りませんので」
「望まぬ客でもか?」
「だからこそ、誠心誠意を持ってお仕えさせて頂きます」
「……確かに……私も誠意を持ってお相手しよう……セルド、宝物庫から先王より賜れた宝剣マフティルを持て」
「……はい……どうか御武運を……」
執事セルドは主トルスティンの覚悟に恭しく頭を下げ応えるのであった。
◇ ◇ ◇
一方、父トルスティンより遠方のイザレ市へ急な出立を命ぜられたレナンは馬に水をやりながら、父に感じた違和感を思い返して、頭の中で整理していた。
(…やっぱり変だ……この書簡……どうして父上は、魔鳥を使わず……僕に持って行かせた? 魔鳥の方が何倍も早いのに……それと今考えれば……父上も慌てている様に思えた。一体何があった?)
ここでレナンは父より預かった書簡を見つめる。達筆な父の字が急いでいた為か乱れている。それを見てレナンは一人呟く。
「本当に書簡を早く届けたいなら魔鳥を使うべき……でもそうしなかった……しかし、この慌てよう……そうか……“僕”をイザレに送りたかったのか……? 何の為に?」
自分をイザレ市に行かせる事が目的と気が付いたレナンは迷う事無く書簡の封を切り、読んでみた。其処には……。
「!! な、なんだこれは!? ティアの婚約破棄!? それに黒騎士だって!?」
そこに書かれていたのは、イザレ市の代行領主に宛てで、ティアの婚約破棄についてと、レナンを奪う為に黒騎士が来襲する旨が走り書きされ、最後に何が有ってもレナンをイザレ市から出さない様に厳命する事が書かれていた。
レナンは読み終えた書簡を握り締め、立ち上がった。
「こうしちゃ居られない! 父上、どうか御無事で! そしてティア、直ぐに行く!」
そうしてレナンは父の居るアルトへ向け、馬を走らせるのであった。
いつも読んで頂き有難う御座います!
この話ではティアの父、トルスティンの様子が描かれています。彼の姿は理想の父です。寡黙で奢らずただ家族の為に戦う……。そんな父を表現したかったのです。次話は「35)父」で明日投稿予定です。宜しくお願いします!
所で……いよいよストックが無くなってきました。GWに書き溜める所存ですが……ストックが無くなると「隻眼」の様に毎日投稿が出来なくなると思います。大変恐縮ですが何卒ご理解の程、お願い申し上げます。
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追)一部見直しました!