356)王都へ
トルスティン達の指示に従い、治療を受け回復したティア。動ける様になった彼女は、ある決意を胸に……朝早くから裏庭の温室に来ていた。
この温室はティアの母親であるマリナが薬草の栽培を行う為に建てられたもので……小さな小屋位の大きさしか無い事より“箱庭”と呼ばれている。
レナンと初めて出会ったのは……この“箱庭”での事だ。
そして、王都に連れ去られたレナンを取り戻すと誓ったのも、此処だった。
レナンを取り戻すと誓って、命を賭けて戦って来たティアだったが……傷だらけのレナンの遺体を見せられ、絶望に落とされる。
絶望の余り生きる事を放棄し、死に掛けて意識を失った際……夢の中でマリアベルと出会い、彼女からレナンを託されたのだ。
死んだマリアベルと出会った事は……夢か幻か、それともティアに取って都合の良い妄想かも分らない。
だが、ティアにはレナンを託したマリアベルの言葉が、真実に思えて仕方なかった。
そんな中……ティアが知らされた王都の“新たな黒騎士”。
彼の者が、死んだ筈のレナンと何らかの関係が有る様に、ティアは確信したのだ。
夢の中でマリアベルが言ってくれた“己を信じろ”と言う言葉に、奮い立たされたティアは、自らの確信を信じ王都へ向かう事を決めた。
王都に向かう事を、ティアは父トルスティンに伝えたが……今回ばかりは頑として認めてくれない。
余程、レナンを喪った事が堪えたのだろう。トルスティンは娘まで失う事を恐れてか……彼はティアの言葉に聞く耳を持たなかった。
だが、ティアは大人しくトルスティンに従う心算は無かった。黒騎士の正体を確かめる為には何としてでも王都に向かうと決めていたのだ。
だからこそ、旅立つ時は……この“箱庭”からだと決めていた。レナンとの想い出がたくさん詰まった、この場所から……。
そう心に決め、ティアは朝早くから……この箱庭に来ていた、と言う訳だ。
ティアは、王都に向かうに当たり……父トルスティンから絶縁される覚悟をしていた。
レナンを喪い、深く悲しむ父の気持ちを逆撫でする様に……彼の制止を振り切って王都に向かい、黒騎士の正体を突き止めようとしているのだ。
トルスティンより勘当されても仕方ない、とティアは思っていた。だが……それでもティアは王都に居る黒騎士の元へ行く心算だった。
箱庭と呼ばれる、この温室は広大な森が広がるアルテリア伯爵家の裏庭に建てられている。朝早くなら、人目を忍んで王都へ旅立つのは容易だろう。
その為にティアは……少し前から旅支度を始め、この温室の中に隠しておいた。此処より旅立つ為だ。
彼女の自室に、父トルスティン達に宛てた手紙を置いてきた。そして、箱庭に来る前に母とエンリの墓標にも挨拶を済まして来た。
旅支度された鞄を背負ったティアは……箱庭と呼ばれた小さな温室で、レナンとの出会いや過ごした日々を思い返していた最中……珍客が現れた事に気が付く。
その珍客は陰ながらティアを見守っている様で、箱庭の外に立ち並ぶ木陰からティアの様子を伺っていた。
しかし、隠れている筈の珍客は、大きな図体の為か木の陰から丸見えだ。最近ティアは、この珍客に付け回されている。
ティアは小さな溜息を付いて、鞄を背負ったまま箱庭の外に出る。そのその珍客と話す為だ。
「……何してるの……?」
「……アギャ……」
ティアが温室から出て、木陰に隠れている珍客に声を掛けると……その珍客である白き龍リベリオンは、バツが悪そうに木陰から出てきて小さく鳴いた。
「最近……ずっと私を付け回してるでしょう? どうして?」
「ア、アギャ~……」
ティアはリベリオンに問うと、彼は“べ、別に~”と言った感じで答える。
自分の事をリベリオンが、付け回している事をティアは気が付いていた。
例えば彼女が自室に居る時も、窓の外から遠目に様子を伺っていたり、旅立つ準備の為に温室に来る際もリベリオンは、今回の様にこっそり付いて来ていたりと……。
ティアは問われたリベリオンが、人間の様に誤魔化したりする姿を見て、緊張感が解け何だか可笑しくなって話し掛ける。
「……お前には、私の言葉が分るのね……」
「アギャ!」
ティアの言葉に……リベリオンは、後ろめたい事が無い為だろうか、今度は自信満々で答えた。
「話が分かるのなら、都合が良いわ。どうして私を監視する? 自室に居た私を、遠くから見ていた様だし……一体どう言うつもり? まさか、黒騎士の正体を探ろうとする私を監視しようと? それとも……都合の悪い私を始末する目的で?」
「アギャ!? ア、アギャ! アギャギャ!!」
ティアは自分を付け回して来るリベリオンに問うと、今度は必死に大慌てで否定する。
「……違うと言うの? それじゃ、何の為にずっと私を見てた? ……もしかして……私を守る為……?」
「アギャ!」
ティアは必死で否定するリベリオンを見て、思い付いた事を呟くと……彼は、そうだとばかり力強く鳴いた。
確かに、このリベリオンは監視目的にしては目立ち過ぎるし、危害を加える気も無い様だ。
何故なら、この人通りがほとんど無い、この温室にティアが居ても……じっと見てるだけで、何の行動も起こさなかったからだ。
そう思い返すと、リベリオンは害を加える事より見守ろうとする目的だったのだろう、とティアは考えた。
「……どうして、お前は私を見守っていた? お前がそうするって事は、お前の主である黒騎士の命令よね? お前の主はどんな奴?」
「アギャ~……」
ティアがリベリオンに迫ると、彼は“それは~”とばかりに困った様子で鳴く。
「まぁ良いわ、今から直接会いに行くから。……守ろうとしてくれて有難う。一応、お礼だけ言っておくね。それじゃ!」
「ア、アギャ!?」
困った様子のリベリオンを見かねて、ティアは明るく声を掛け、駆け出して箱庭を後にする。
残されたリベリオンは“ま、待って!?”とばかりに驚き鳴いた。
箱庭と呼ばれた温室を出たティアは……秘石の力を発動させ、凄まじい速度で駆ける。
このまま、王都へと向かう心算だったからだ。王都へ行く手段の“足”は既に準備している。
実際には……“足”となる者が長く待っていた、という方が正確だろう。
その“足”となる者とは、ギガントホークだ。
この魔獣は龍との戦いの際、地上に叩き落とされ重傷を負ってしまったが……ティアがアルテリアに運ばれた時に、どうやら後から付いて来た様で、傷が癒えた後もアルテリア伯爵領の森に居たらしい。
何故なら……ティアが秘石の力を使って、このギガントホークを呼ぶと、彼はずっと待っていたとばかりに嬉しそうに彼女の元に、すぐさま舞い降りたのだ。
ティアは、命の危機に晒されても自分を慕う、このギガントホークに深く感謝し名前を授ける。
名を与えたのは、ティアの中でギガントホークとの関係が……単なる主従の関係から、信頼出来る親友へと変化した証でもあった。
しばらく裏庭の森を駆けたティアは、木々が少ない開けた場所で足を止める。
そして、彼女は右手を上げて高らかに叫んだ。信の置ける友となった空飛ぶ魔獣の名を。
「おいで! ホーク!!」
“キュアア!!”
ティアの呼ぶ声がしたと同時に“待っていた”とばかり鳴き声が響き、空から大きな魔獣であるギガントホークが舞い降りたのだった。
いつも読んで頂き有難う御座います! 次話は7/6(水)投稿予定です、宜しくお願いします!