355)黒騎士の噂
王都から派遣された白き龍リベリオンの存在に、激高したティアは現領主の兄エミルと父トルスティンを問い詰めるが……。
トルスティンから、白き龍リベリオンを使役している、と言う“新たな黒騎士”の存在を聞かされ、驚愕する。
「あ、新たな黒騎士……!? それは、マリアベルでは無いのですか……!?」
「お前の言いたい事も分る……。だが、黒騎士だったマリアベル姫殿下は、レナンを庇って逝去された。
マリアベル姫殿下の葬儀はカリウス前国王陛下と共に行われたが、これには私が参列させて頂いた。非常事態の最中、と言う事でとても簡素な国葬だったが……。
その際、マリアベル姫殿下の御遺体とも拝謁させて頂いた。故に今、王都に現れた “新たな黒騎士”はマリアベル姫殿下とは全くの別人だ」
黒騎士と聞いて、ティアはマリアベルの名を出したが……トルスティンは彼女が明確に死んだと告げる。
「……そう、ですか……。やはり……マリアベルは……」
改めてトルスティンからマリアベルの死を聞かされてティアは、悲しみに肩を振るわして呟く。
悲しみの中、ティアはどうしても気になる事があった。それは新たな黒騎士の正体だ。
「……マリアベルでは無いのなら……その黒騎士は、どんな奴なのです……?」
「顔も正体も不明だ。しかし……突如現れた“新たな黒騎士”をアレフレド新国王は全面的に支持しておられる」
「……もしかして、白い龍は“新たな黒騎士”が……」
「ああ、王都に居るライラ達からの報告では……新たな黒騎士が使役する沢山の白い龍が、休みなく飛び回って働き、王都の復興は恐ろしい勢いで進んでいる様だ。
しかも、王都の中心には……黒い卵状の巨大な建造物が建ち、王都の復興資材や救援物質を生み出しているらしい」
「まさか!? 黒い卵状の建造物……アルテリアの森で見たものと同じでしょうか……?」
「お前の予想通り……その黒い建造物には、ライラ達も見覚えが有り……初めて見た時は驚いたそうだ。そして……それも黒騎士が生み出した、との噂だ」
「…………」
問いに答えたトルスティンの言葉に、ティアは衝撃を受ける。そして一刻も早く王都に行かなくてはならないと強く感じた。
マリアベルでは無い、新たな黒騎士が突如現れ……白い龍を使役し、アルテリアの森で見た謎の建造物も呼び出したと言う。
新たな黒騎士が“只者では無い”と理解すると同時に、とある確信が稲妻の様にティアに閃く。
(……これが……マリアベルの言っていた標なのか……。だとすれば……その黒騎士は……!)
ティアは、トルスティンやエミルの話より“こうしてはいられない”と理解した。
「……お父様、エミル兄様……。私、今すぐ王都へ向かうわ。そこで何が起っているのか、そして……新しい黒騎士は何者なのか……確認する必要が有ります……! だから……今すぐに……うっ……」
そう言ってティアは横になっていたベットから出て立ち上がろうとしたが、途端にふらつき傍に居たエミルに抱えられた。
「だ、駄目だ! ティア、君は今の今まで寝込んでいたじゃないか! 満足に動ける筈が無い!」
「今すぐ医者を呼べ、エミル。それからティア、お前は二度と……このアルテリアから離れる事は許さん……!」
ふらついて倒れそうになったティアに、エミルは叱りつけながら彼女をベットに戻す。
そしてティアは、父トルスティンから、アルテリアより出る事を厳しく禁じられてしまう。
レナンを喪い、ティアも死に掛けると言った事態に……トルスティンは激しく動揺しているのか、穏やかな彼とは思えない程に、厳しい態度だった。
「で、でも……お父様……」
「……今度ばかりは駄目だ。レナンに続き、お前に何か有れば……私はマリナに会わす顏が無い」
「…………」
今すぐ、黒騎士の正体を確かめたいティアは反論しようとするが、トルスティンは断固として認めない。
ティアは、亡き母マリナの名を出した父トルスティンに、今は黙るしか無かった。
◇◇◇
気力を取り戻したティアは、医者の治療を受けて体力の回復に積極的に取り組んだ。
王都の異常な状態を聞かされて、引き篭もっている場合では無いと分ったからだ。
そう理解したティアは医者の治療を受けながら体力の回復に努める。
今のティアの原動力は……王都を影ながら支配している、と言う黒騎士の存在だ。
ティアは気力を取り戻してから、エミル達を通じて黒騎士の情報を集める。
その情報は、王都に留まり復興作業を続けているライラ達から得たものだったが……知れば知るほど黒騎士の存在は異常だった。
数百の白い龍を操り、アルテリアで見た黒い卵状の建造物を呼び出したと言う黒騎士。
この黒騎士は……先代黒騎士マリアベルの魂と、白き勇者レナンの心臓を喰らって生まれた、と噂されている。
実際、ライラ達の情報では黒騎士の纏う鎧はマリアベルの鎧と酷似している様だ。
黒騎士は数百メートルを超える白い空飛ぶ船に乗り、敵国であるギナル皇国を一夜の内に征服したらしい。
数百年以上の永い間、ロデリア王国を脅かす強大国として存在していたギナル皇国が、たった一日で征服されたとは、ティアには信じがたい話だったが……。
その事実を裏付ける様に、黒騎士は魔法か何かで巨大な自分の映像を王都に映し出し、ギナル皇国皇帝ユリオネスの生首を掲げて見せる。
ティア自身は臥せってアルテリアに居た事も有り……その映像は見ていないが、ライラ達の情報では、その凄惨な映像を見た王都民の混乱は酷いものだったらしい。
この生首を掲げた黒騎士の映像より、黒騎士がギナル皇国をただ一人で侵攻し陥落させたと、各国より恐れられる事となる。
そして……ギナル皇国の皇女エリザベートを白い空飛ぶ船に乗せ連れて、ロデリア王国に対し謝罪と賠償と共に不可侵条約を結ばせた。
不可侵条約を結ばせた場にも、黒騎士は立ち合い……ギナルの皇女エリザベートとアルフレド新国王の仲立ちを務めた、との事だ。
ロデリアのアルフレド新国王だけでなく、ギナル皇国の皇女すら支配下に置く黒騎士。
その黒騎士には、ソーニャ達白騎士隊すら付き従うとの情報だ。
この情報にはティアも耳を疑った。
マリアベルの魂とレナンの心臓を喰らったと言う“新たな黒騎士”にマリアベルを愛した白騎士達が従う訳が無いとティアは思っていたからだ。
そして……黒騎士はギナル皇国を征服した後、ロデリア王国周辺を次々に侵略した。
ライラ達の情報では、強大な軍事国家だったギナル皇国を一日の内に陥落させた黒騎士に、ロデリア周辺諸国は成す術もなく簡単に落とされてしまった様だ。
ロデリア周辺諸国を侵略した黒騎士は、ロデリア王国やギナル皇国と同じ様に、その国の首都に黒い卵状の建造物を配置させ、白き龍を守りに就かせているらしい。
配置された黒い卵状の建造物と、白き龍の力により侵略された各国は反旗する事も出来ず……黒騎士の前に屈服したとの事だ。
ティアがアルテリアで療養している間に……ロデリア王国だけでなく世界情勢までが、黒騎士一人に変えられてしまった。
ライラ達から知らされた“新たな黒騎士”は、現実的とは思えない程、異質で強大な存在だ。
俄かには信じ難い“新たな黒騎士”……。ティアは夢で聞いたマリアベルの言葉と、ライラ達から聞いた情報より、何としても“新たな黒騎士”を自分の目で確認したかった。
この“新たな黒騎士”には、会わなければらない”何か”がある。
レナンに繋がる“何か”が……。ティアには、どうしても、そう思えて仕方が無かったのだった。
いつも読んで頂き有難う御座います! 次話は7/3日 投稿予定です、宜しくお願いします!