353)託す彼女
レナンの葬儀の後、生きる気力を無くして意識を失ったティアは、真白い空間でマリアベルと再会する。
マリアベルは、生きる気力を無くしたティアに向け、自らが“感じた”事を信じる様に諭したのだった。
「……奪い去った本人から、そんな事言われたくないわ」
「だからこそ、お前は私を追った。そして、最後にはレナンを取り戻すのだろう?」
諭したマリアベルに、ティアは皮肉を込めて返答する。もうティアの言葉に弱々しさは無かった。
ティアの皮肉を聞いたマリアベルも、ニヤリと笑みを浮かべて言い返す。
そんなマリアベルに、ティアはどうしても聞きたい事が有った。それは……彼女自身の事だ。
「……マ、マリアベル……貴女は死んだって……」
「かもな。だが、私とお前の間では、それは大した問題では無い筈だ。言っておくが、今のレナンは私に心底惚れているぞ? お前がノンビリしていれば、奴はあの世まで私を追って来るだろう。ティア、お前はそれで良いのか?」
「……そ、そんなの、良い筈無いでしょう! 本当、とんでもない泥棒猫だわ! し、死んでまで、私のレナンにちょっかい出すなんて!」
ティアの問いに、マリアベルはどうでも良い様に答えながら、悪戯っぽく笑いながら挑発した。
そんなマリアベルに、ティアは顔を真っ赤にして反論した。しかし、ティアは言い返しながらも涙が溢れ出る。
何故なら、彼女の憎らしい言葉に腹が立ちながら……どうしようもなく悲しくて仕方なかったからだ。
ティアは、マリアベルが死んでしまった事を、揺るぎない程に確信してしまう。
「ふん、ようやく何時もの調子を取り戻したか……。ソーニャだけで無く、死んだ私まで気を使わせるとは、呆れた奴だ」
「……マリ、アベル……アンタ……」
ティアが元気を取り戻したのを見て、マリアベルは笑いながら言うが……対するティアはまともに返答できない。
泣けて泣けて仕方が無かったからだ。
大切なレナンを奪い去った敵の黒騎士マリアベル……だが、その騎士としての姿は、正しくティアが目指した強く美しい理想の女性だった。
ティアは国王との謁見の後、マリアベル達との関わりを断絶してしまう。
その後、レナンよりも強くなると決めたティアは修行に明け暮れ……マリアベルと会う事は無かった。
だが……超えるべき相手として、ティアは彼女の事を忘れた事は無い。
レナンを取り戻す為には、必ずマリアベルはティアの前に立ち塞がると思っていたからだ。
最強の敵にして、目標だったマリアベル。
敵だった筈のマリアベルだが、ティアは幾度も彼女から助けて貰った。
ダイオウヤイト掃討戦後では、彼女から依頼を受け何回も共闘する。彼女と共に闘えば気が合い、安心して背中を預ける事が出来た。
武術大会では決勝戦で引き分けとなり再戦を誓い合った。
そんな彼女と会う事が出来ない……そう思うと勝手に涙が溢れて止まらない。
マリアベルは、涙を溢すティアを見て……困った顔を浮かべて、そっと彼女の頭を撫でる。
「ソーニャが泣いた時も……こうして頭を撫でてやったのだ」
「……な、何をするのよ、私と……貴女は……て、敵……」
「そう思っていたのは、お前だけだ。……まぁ、そう思われるだけの事はしたか?」
「そ、そうよ! こ、国王に言われて、レナンを奪い去って!」
「確かに、そうであったな。だがな、ティア……お蔭で、レナンと出会い、お前とも出会えた……!」
「ど、泥棒猫の癖に、あ、厚かましい……!」
「ハハハ、違いない! だが、お蔭で最後は己が道を貫いて死ねたぞ!!」
「うぅぅ……! マリアベル……あ、貴女は……!」
「派手にやられたからな……。でも、最後はレナンが格好良く決めた。お前も知ってるだろう? だから、まぁ……仕方ないさ」
「マリアベル……マリアベル……」
自らの最後を笑い飛ばして語るマリアベルは……憎らしいが、本当に格好良かった。ティアはそんな彼女を前にして涙が止まらない。
「良き、人生だった。それはソーニャ達や……レナンとお前のお蔭だった。本当に出会ってくれて感謝する」
「…………」
「だからこそ……ティア、お前に託すぞ? レナンを守れるのはお前だけだ。彼を救ってほしい」
「……で、でも……貴女と一緒に、レナンは……死んでしまった……」
「さぁ、それはどうかな? 確かにそうかも知れん。だが……お前の本心は違う、と叫んでいる筈だ」
「…………」
レナンは死んだと言うティアに、マリアベルは彼女の本当の気持ちを言い当てる。
マリアベルに本心を見抜かれたティアは、何も反論できず下を向いて黙った。
そんなティアに、マリアベルは首を傾げて悪戯っぽく笑いながら、問い掛ける。
「私とお前との、ここでの会話は……もしかして夢、幻かも? 死んだ私と会っているのだからな。それとも、お前が描いた都合の良い妄想かな?」
「……それは違う。何故だか分るの。貴女との、この再会は夢や幻なんかじゃ無い……!」
「そう“感じる”のなら、それはお前にとっての真実だ。だったら、レナンの事は……どうするべきか、もう分るだろう?」
「うん」
“夢か幻か?”と首を傾げて問うマリアベルに、ティアは確信を持って否定した。
そんな彼女に向け、マリアベルは静かに問うとティアも迷いなく答える。
「……ティア、お前は己を信じろ。そうすれば、必ずお前が望む答えに届く筈……」
そう話すマリアベルは、徐々に輪郭がぼやけ、姿が消え始めた。
「ま、待って!! マリアベル……!」
「望む道への標は、案外……お前の傍に有る……。ティアよ、忘れるな……」
消え去ろうとするマリアベルに、ティアは泣きながら大声で呼び止めるが……彼女の姿は完全に消え声だけが響く。
マリアベルの姿が消えたのと同じくして、真白い空間も徐々に虚ろになり……ティアは意識を失ったのだった……。
◇◇◇
「……はっ!?」
衰弱し、意識を失っていたティアは目を覚ます。彼女は目を覚ますと同時に、自分が涙を流していた事に気が付いた。
(……今……マリアベルの夢を見ていた……。彼女からレナンを託された夢を……)
ティアは意識を失っていた最中……マリアベルと会っていた夢を思い出す。
死んだと聞かされたマリアベル。そんな死人の彼女と会って話をする等在り得ない。
先程までの事は、意識を失っていたティアが見た夢なのだろうと……万人が聞けばそう思うだろう。
だが、ティアには唯の夢には思えなかった。何故か、迷いなくティアには確信できたのだ。
(……マリアベルは言っていた。私自身を信じろと……。それと、こうも言っていた。“望む道への標は、私の傍に有る”って……。それってどう言う事?)
ティアは、マリアベルとの夢の中で……彼女が言っていた事を思い返す。
そんな時……彼女が居る自室の外から、使用人達の声が響いた。
「いやー、見た目はおっかねぇけど……助かるよ、お前!」
「そうだね! 良く働くし、気が利くし……有り難いわ!」
外は天気が良く、風通しの為にメイドが部屋の窓を開けていた為、外からの会話が良く聞こえた。
ティアは、何気に使用人達の話し声に耳を傾ける。
「少し前、王都からコイツを連れて来た兵士が言うには、崩壊した王都もコイツ等のお蔭で大分復興が進んでるらしい」
“王都”その言葉が聞こえた時点で、ティアは弱った体を引き擦り……窓の外を見る。
ティアが自室の窓から見たのは……使用人達に囲まれた鎧を纏った一体の白い龍だった。
その龍を見た瞬間……ティアは全身が沸騰する様な激情に駆られ叫ぶ。
「な、何で!? 何で、お前が其処に居るのよ!? 破滅の龍!!」
激情に駆られたティアは、そう叫んだと同時に、窓から飛び出したのだった。
いつも読んで頂き有難う御座います、次話は6/26(日)投稿予定です、宜しくお願いします!