351)安置室にて
「……うぅん……」
トルスティンにより気絶させられたティアは……自室で目を覚ました。
安置室でレナンの死体を見せられたティア。
しかし彼女はレナンの死を受け止められず……死体を燃やそうとして父トルスティンに気絶させられたのだ。
「そうか……あの時、私……」
目が覚めたティアは安置室で何が有ったかを思い出した。
(……あそこで横たわっていた遺体は……レナンの顏をしていた……。でも、私は……)
ティアは安置室でガラスケースに入れられた遺体の事を、冷静に思い返していた。
致命傷が刻まれた、あの遺体は……間違いなくレナンそのものだった。しかし、ティアには、どうしてもレナンの死を認めたくなかったのだ。
「……もう……夜ね……」
ティアは自室を見回して、周りは暗く日が暮れた様子を見て呟く。
そんな中、目覚めたティアに気付き、部屋に飛び込んで来る者が居た。
「御目覚めになりましたか、お嬢様……!」
部屋に駆け込んで来たのは、メイド長のエバンヌだ。長らくティアを母親の如く面倒見て来た彼女は、涙を浮かべて彼女を心配している。
「……エバンヌ……また、心配掛けたね……」
「何をおっしゃいますか! ティアお嬢様! お、お嬢様こそ……! レナン様の事で辛い想いを!!」
母親代わりのエバンヌに優しく声を掛けたティアに、エバンヌは感極まって叫ぶ。
レナンを亡くし誰より辛い筈のティアが、メイドの自分を案じてくれているのが我慢出来なかったのだ。
「……ねぇ、エバンヌ……。私、もう一度……レナンに会いたい」
「!? で、でも……!」
「もう一度……自分の目で確認したいの。どうか……お願い……」
「……分りました、ティアお嬢様……。ならば、約束して下さいませ。レナン様の御身体を……これ以上傷付けないと……ぅぅ……!」
「ええ、約束するわ、エバンヌ。……私が、どんなに受け止められ無い事でも……貴女が言う通り、絶対暴れたりしないって」
安置室に横たわるレナンに会わして欲しい、と言うティアに……エバンヌは泣きながら懇願する。
エバンヌに取って息子の様に大切にして来たレナンが、遺体であっても傷付けられるのは我慢ならないのだろう。
母代わりのエバンヌに、そう言われてしまえばティアも彼女の意に従うしかない。
もっとも、ティア自身も……もう、安置室に横たわるレナンを見ても、冷静に受け止める覚悟だった。
「だから……一緒に来てくれる? エバンヌ……。一人では、耐えられそうにないの……」
「も、勿論です、ティアお嬢様……!」
消え入りそうな声で安置室への同伴を頼んだティアに、エバンヌは涙ながらに強く答えた後……彼女を抱き締めるのであった。
◇◇◇
「……着いて、しまったわね……」
断頭台へ向かう時の様に……重い足取りでエバンヌと共に、再びレナンが横たわる安置室に到着したティアは、思わず呟く。
「ティアお嬢様……」
「ええ、大丈夫……。大丈夫よ、エバンヌ」
そんなティアに向かい、共に来たメイド長のエバンヌは心配そうに声を掛けると……ティアは自分に言い聞かせる様に答えた。
安置室は暗いが、常に絶えない様に灯りが点されている。
暗い安置室の真ん中にガラスケースに入れられたレナンは……深い傷を負っているものの、美しく穏やかな表情を浮かべていた。
トルスティンとエミルと共に……この安置室で横たわるレナンを見せられた時、ティアは現実を受け止めたく無くて、激しく動揺し暴れた。
だが、眠った所為か、それともエバンヌに泣かれた所為か……今は冷静な気持ちを取り戻した。
ティアは覚悟を決めて、レナンが眠るガラスケースに近付く。
その中に横たわるのは……美しい銀髪を前髪長めのツーブロックにした、白い肌で端正な顔つきのレナン本人だった。
どこからどうみても、そのガラスケースの中に居たのは……レナンだ。
そう感じてしまったティアは、心の中で何かが崩れ去る音を確かに聞いた。
ティアは震える手で、美しく穏やかな顔で眠るレナンの体に触れると……その体は冷たく柔らかさが無かった。
“認めたくない……だけど目の前に居るのは、確かにレナンだ”そう矛盾した想いがグルグルと脳裏で駆け廻り、ティアは思わず呟く。
「……嘘よ……こんなのは、嘘よ……」
「ティア、お嬢様……」
認めたくない現実を、改めて突き付けられたティアは呆然と呟くと、傍に居たエバンヌが不安そうな顔で彼女の肩を抱いて声を掛ける。
しかし、それが切っ掛けで……ティアは抑えていた感情を爆発させた。
「うう……! うあああああああああああああ!!!」
ティアはガラスケースにしがみ付き、錯乱状態で泣き叫ぶ。
長らくティアと共に居たエバンヌも、こんなに取り乱して狂った様に泣くティアの姿は初めてだった。
「ティアお嬢様……!! う、うう!」
「うわあああああああー!!!」
傍に居るエバンヌもティアに抱き着き滂沱の涙を流すと、ティアもより一層泣き叫んだ。
安置室で泣き叫ぶティアの姿を、実は陰ながら見守る者達が居る。それは、彼女の父トルスティンと、兄エミル、そしてその妻メリエだった。
ティアに同行を頼まれたエバンヌから、連絡を受けたトルスティン達は陰ながら見守っていたのだ。
見守っていた彼等だったが……錯乱し泣き叫ぶティアを見て、涙を流していたメリエが思わず彼女に駆け寄ろうとしたが、エミルに制される。
メリエがエミルを振りかえ見れば、彼も滂沱の涙を流している。近くに居たトルスティンも同じく目を真っ赤にしていた。
ティアにはレナンと向き合う時間が必要だ、とエミルとトルスティンは考えていたのだろう。
メリエ達は、ティアの傍で支えるエバンヌに目配せして、後を頼み安置室を離れた。
ティアは、その後もレナンに寄り縋って泣き叫び続ける。彼女の泣き叫ぶ声は、アルテリア領主館のどこに居ても聞こえた。
結局、ティアは精根尽き果てて気を失うまで、泣き続けたのだった。
いつも読んで頂き有難う御座います。次話は6/19(日)投稿予定です、宜しくお願いします!