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350)受け止められない喪失


 傷が癒えるまで眠らされていたティアは、安置室で亡くなり遺体となったレナンと再会する。



 ティアは冷たく動かなくなったレナンを前に、ただ絶句していた。



 目の前の……“レナンの死”と言う現実が受け止められないのだ。




 そんな彼女を余所に、父トルスティンが重い口を開く。



 「レナンは……王都を守る為……果敢に戦った様だ。そして――」




 トルスティンはポツポツと絞り出すように、レナンの最後について語り出す。


 彼は、レナンが襲撃して来たギナルの白い偽神と戦った事。王都を焼き尽くした黒き龍を殲滅した事。


 最後に、空に浮かんでいた異形の船に激突して……死を迎えた事を伝えた。



 「レナンの奴は……最期まで……王都を、王国を守り抜いた……。悔しいが……予言通り、奴は真の勇者だったんだ……。私が、あんな真似をしなければレナンは、連れ去られず……こんな最期を迎えずに済んだかもな……」



 トルスティンは肩を振るわせながら呟く。彼は、レナンを守る為に偽装工作をした事を悔やんでいる様だった。




 トルスティンが後悔と悲しみに耐えながら、話す中……ティアは――。




 (……何を言っているの……? レナンが死んだ? そんな事、有る訳無い!! レナンが、アイツが! 死ぬ訳無い! そう言えば……マリアベルがあの時……!)



 ティアは、父トルスティンが語るレナンの死が、どうしても信じられ無かった。



 脳裏で、トルスティンの言葉を全力で否定する中……目覚める前に見た、マリアベルから声を掛けられた夢の事を思い出す。



 「……マ、マリアベルは……?」


 「マリアベル……姫殿下は……レナンを守る為に、盾となって逝去された……。逝去されたのはマリアベル姫殿下だけでは無い……。カリウス国王陛下も同じく……。

 来襲してきたギナルの白い神によって、王都では数十万の命が失われたらしい。そして、レナンも……」



 マリアベルの事を問うたティアに、トルスティンは彼女が死んだ事を伝える。



 (マリアベルが死んだ……? あの憎い程強くしぶとい女が……!? お父様は何を馬鹿な事を言っているの!? マリアベルもレナンも……死ぬ筈なんて無いわ! でも……レナンが死んで無いなら……目の前の“コレ”は何なの……?)



 ティアはレナンに続き“マリアベルが死んだ”と言うトルスティンの話が、信じられなかった。



 ティアの中では、レナンもマリアベルも敵の襲撃位で、こんな事で、死ぬ筈が無いと信じ切っているからだ。



 彼女は、悲しそうに語るトルスティンの言葉がどうしても受け止められなかった。




 だからこそ……ティアの眼前に横たわる、ガラスケースの中の“コレ”は何なのか……理解出来ない。



 レナンの姿に酷似した……この死体が何かが許容できないのだ。



 不思議なガラスケースに入れられた“コレ”は、ガラスケースによる保存魔法が常時掛かっている、との事で生々しい傷痕を残したまま、横たわっている。



 右足は太ももより下が切断されて無く、胸にも大きな穴が開いている。成程……この傷なら“死んだ”と言われても不思議では無い。



 その死体の顔は、綺麗なままだった。どこから、どう見てもレナンの顔だったが……ティアには、どうしても別人にしか思えない。



 レナンの姿をした別人の死体が転がっている。いや、死体どころか人形の様な無機物……ティアにはそう思えて仕方無かった。



 だからティアは、震える声で誰に問うでも無く、尋ねた。



 「……コレは……?」



 ガラスケースに入れられた“コレ”がティアからすれば、人の死体にすら感じられない為に“コレ”と問うたが……、横に居たエミルには伝わらなかった様で辛そうに答える。



 「……ここに居るレナンは……ソーニャ殿が運んでくれたんだ……。彼女も姉のマリアベルを亡くして……辛いだろうに……うぅ……」

 


 涙を流しながら答えたエミルの言葉に……ティアはもう、我慢出来なくなった。



 「そ、そんな事……!! 有る訳無い! レ、レナンが死んだ!? そんな馬鹿な事を……どうしてお父様もエミル兄様も信じられるの!? レナンが死ぬ筈無いでしょう!? あ、あのレナンなのよ! 例え、大地が砕けようともレナンは死なないわ!! エミル兄様、ふざけた事を言わないで!!」


 「ティ、ティア……」



 ティアはそう叫んで、エミルに掴み掛かるが……彼は力なく答えるだけだった。



 「……落ち着け、ティア……。エミルも、レナンを喪い……深く傷付いているのだ……」


 「お父様まで、そんな事を!! レナンが死ぬ訳無いでしょう! あのマリアベルだって同じよ! レナンとマリアベルが揃って死ぬなんて絶対有り得ない!! お父様も、エミル兄様も一体どうしてしまったの!?」


 「「…………」」



 エミルに掴み掛かったティアに、父トルスティンが悲しそうな顔で諭す。



 しかし、それが余計にティアは我慢ならず、今度はトルスティンに詰め寄るが……二人は、ただ押し黙り深い哀しみに耐えているだけだった。



 「……こんな偽物が有るから……お父様もエミル兄様も……おかしな事を言いだすんだわ……。だったら、こんな物……!!」



 押し黙って何も言わないトルスティンとエミルに、ティアは耐え切れず……ガラスケースに横たわる“レナンらしい”死体に向け右手を振り上げた。



 「よ、よすんだ!! ティア!!」


 「離して、エミル兄様!! こ、こんなレナンの偽物が有るから!! お兄様もお父様も! 騙されるのよ!! この私が、こんなモノ! 焼き払ってやる!!」



 レナンの死体に向けて右手を振り上げるティアに、エミルは必死で制止する。しかしティアは止らず叫ぶと……アクラスの秘石を宿した彼女の右手が輝き出す。


 秘石の力を使えば、ティアの宣言通りレナンの遺体は、簡単に焼き尽くす事が出来るだろう。



 「や、止めろ!! 止めるんだ、ティア!!」


 「離して下さい、エミル兄様!! 今すぐ、偽物を……!」



 必死に制止するエミルに構わず、ティアは叫びながら力を発動させた右手を振り降ろそうする。そんな中……トルスティンが動いた。



 “ガッ!!”


 「うぅ……」



 トルスティンは暴れようとするティアの首筋を、強く打ち……彼女を一撃で気絶させる。


 剣の腕も立つトルスティンに取って、冷静さを欠いた病み上がりのティアを気絶させる事など簡単な事だった。



 父に気絶させられ崩れ落ちるティアを、エミルは優しく抱える。



 「……ティア……」


 「まだ、ティアはレナンに会わせるべきでは無かった……」


 「その様ですね……。この子が現実を受け止める迄には、時間が掛かるのでしょう……。まずは、ティアを休ませます」


 「ああ、そうしてくれ……」



 ティアを抱えたまま、悲しそうに答えるエミルに、トルスティンも力無く返答する。



 エミルは黙って父に向かい頷き、安置室から出て行った。



 安置室に一人残ったトルスティンは……ガラスケースに横たわるレナンの遺体に向け、小さく呟く。


 「……お前が、生きてくれていれば……私は良かったのだ……。勇者などに、ならなくとも……。お前を守れなかった愚かな父を……どうか許してくれ、レナン……」



 物言わず横たわるレナンに、トルスティンは呟いた後……静かに一人泣くのであった。


いつも読んで頂き有難う御座います! 次話は6/15(水)投稿予定です、宜しくお願いします!

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