348)白騎士クマリと彼女の目覚め
クマリが空中戦艦ラダ・マリーに侵入した日から2日が経過した。
ロデリア王城にて……全く予想外の姿となったクマリを見て、白騎士隊のレニータが驚愕の声を上げる。
「……まさか……こうなるとは……! 良いのか、クマリ?」
「これで良い。ここでしか出来ない戦いが有るんだ」
仮面を外し白い鎧に身を包んだクマリに、同じ鎧を纏ったレニータが問う。対してAIオニルから作って貰った白騎士隊の鎧を纏ったクマリは、迷いなく答えた。
深夜に侵入したラダ・マリーの中で、レナンから真実を聞かされた特級冒険者クマリがAIオニルに頼んだのは、この件だった。
クマリは、レナンを支える為に白騎士隊への入隊をAIオニルに依頼したのだ。
クマリの要望に、オニルは素早く検証した結果……彼女が白騎士隊でレナンの為に活動する事は、主であるレナンに利は有っても害が無いと判断した。
クマリの要望を認めたオニルは、直ちにレナンに状況を説明する。
オニルから説明を受けたレナンは、その日の内にクマリの意志をアルフレド王子に伝えた。
王都崩壊時における尽力と、特級冒険者としての実力を持つクマリに、アルフレド王子は絶大な信頼を寄せている。
王都の兵力が壊滅的な損失を受けた事も有り、すぐさまクマリの要望通り白騎士隊へ入隊させる。
こうして瞬く間に、特級冒険者のクマリは白騎士隊の一員となったのだ。
「……まさか……貴女が私達の仲間に成るとは……。信じられ無い思いです」
「私もね、妹ちゃん。まぁ、どうしようもなく悲しい事ばっかり有ったけど……皆でレナン君、いや黒騎士殿を助けて行こう」
クマリの予想外の決意に、ソーニャが驚きながら呟くと……クマリは明るく答えた。
「……ティアの事は……どうするの?」
「……ティアが追いかけるアルテリアのレナンはもう居ない。だからこそ、師匠の私がアイツの戦いを止める。それは私しか出来ない事なんだ」
彼女の言い方に、どこかしら無理があると感じたソーニャは、肝心な事を問うた。問われたクマリは、強い覚悟を持って答える。
レナンを想い、自らの命すら軽んじて……彼を取り戻す為に足掻くティア。
しかし、そんなティアの想いに反して、レナンの心は完全にマリアベルのものとなってしまった。
黒騎士となった、今のレナンがティアの元に戻る事は在り得ないだろう。
その事実をティアは知らない。そしてレナンが生きている事を彼女に伝える事は出来ない。
真実を知る事が出来ないティアは、クマリと同様に……必ず黒騎士の前に立ち塞がる。レナンとマリアベルの影を色濃く示す黒騎士の前に。
ティアはレナンを取り戻す為に、絶対に諦めず戦い続ける。黒騎士の正体がレナンと感じ取れば……必ずティアは彼を止めようとする。だが、対するレナンはティアに振り向く事は無い……。
そんなティアの不毛な戦いに、師匠として立ち塞がり終わらせるとクマリは言うのだ。
クマリの悲しい覚悟を知ったソーニャ達白騎士隊は、言葉を無くす。
「クマリ……」「「「…………」」」
「そんな顏しなくて良いよ。ティアが目的でアンタらの仲間になったけど……黒騎士殿を支える気持ちは本当だよ。彼がマリちゃんの為に戦うって言うなら、散々二人に助けて貰った私が報いるのは当然だ。だから……よろしく頼む」
掛ける言葉が無く立ち尽くすソーニャ達に、新しい白騎士となったクマリは悲しく笑って答えるのだった。
◇◇◇
――此処で時を少し遡る。
レナンが育ったアルテリア伯爵領にて……とある少女が生死の境を彷徨っていた。
その少女、ティアはまどろむ意識の中……何かを引き摺る様な音を聞く。
“……ズリッ、ズリッ……ジャラ……ジャラ……”
(……何の音だろう……?)
意識がはっきりしてきたティアは、音がする方に目を凝らすと……。
そこには、薄暗く何も無い世界の中……筋骨隆々とした大男が棺桶を引き摺って歩く姿が見えた。
ティアの視点からは大男の後ろ姿しか見られないが、男が引き摺る棺桶は真っ黒で3m程も有る巨大なものだった。
棺桶には幾つもの鎖が伸びており、その鎖は男の身体に突き刺さっている銛から繋がっている。
鎖が繋がっている銛は……腕や足、背や脇腹など、男のいたる所に突き刺さっており、血が流れ続けていた。
突き刺さる銛だけで、大男は致命傷に至る筈だったが……彼は構わず巨大な棺桶を引き摺って歩を進める。
その際……鎖が擦れ合い棺桶が引き摺られる音が響くのだ。
棺桶を引き摺る大男。ティアは後ろ姿しか見えないのと体格が違う事で、最初は気が付かなかったが……この男がティアが追い求める彼で有る事に気付き、大声で叫ぶ。
「レナン!!!」
棺桶を引き摺る男、レナンに向かいティアは全力で叫ぶが……彼は一向に構う事無く歩き続ける。
「レナン!! 私よ! ティアよ!!」
ティアは続けて叫び、彼の元へ行こうと駆け出したが……何故か進まずレナンの元へ辿り着けない。
「レナン!! このままでは死んでしまうわ!! お願い、止まって!!」
ティアは大声を張り上げるが、血を流しながら歩むレナンには全く聞こえていない様だ。
彼は歩みを止めず、やがて遠ざかって行く。そんなレナンを見てティアは必死に追いかけるが距離は縮まらない。
遠ざかりながらレナンの姿は、霞の様にぼやけて虚ろになる。今にも消えてしまいそうな彼に、ティアは焦燥し追い掛けながら叫び続ける。
「レナン!! レナン!! 待って……!!」
ティアの叫びも空しくレナンの姿は消え、薄暗い空間にヒビが入り崩れ始めり……ティアが立つ場所も崩壊し、真黒な闇に堕ちてしまう。
「ああ! レナン! レナン!!」
真っ黒な空間を落下しながらティアは叫ぶ。そんな中……。
“ガシィ!”
“誰か”が落ちるティアを背後から抱きかかえた。ティアを抱き止めた“誰か”は耳元で囁く。
「……いつまで寝てる心算だ、ティア……?」
囁いた、その声にティアは聞き覚えが有った。その声の主こそ、他ならぬレナンを奪い去った彼女だ。
それは……敵にして憎い筈の、そして強く美して凛々しい理想の騎士。
倒すべき仇にして目指す目標である彼女の名をティアは呼ぶ。
「マリアベル……!!」
ティアは彼女の名を叫ぶ。すると途端に……落下する黒い闇は一瞬で晴れ、真白い空間に切り替わった。
真白い空間へ切り替わると同時に、ティア自身の身体が急速に消え始めた。……意識は明確だが声を発する事が出来ない。
今まさに、消えようとしているティアの脳裏に、またも彼女の声が響く。
“急げ、ティア……。アイツを……レナンを助けられるのはお前だけだぞ……”
(マリアベル……! レナンがどうしたって言うの!? ねぇ!?)
消えゆくティアは必死で問い掛けたが声が出なかった。そしてティアは消えると同時に意識を失ったのだった。
◇ ◇ ◇
「うぅ……レ、レナン……マリアベル……」
「ああ!! ティ、ティアお嬢様!? わ、私が分りますか!?」
「ティアお嬢様が御目覚めになったぞ! 今すぐトルスティン様とエミル様をお呼びしろ!」
意識を失っていたティアは、目覚めると同時にレナンとマリアベルの名を呟くが……途端に大声で叫ばれる。
「……こ、ここは……?」
目覚めたティアだったが……自分の身体中が酷く痛み、全く動かせない事に気が付く。
“さっきまで見ていたのは夢だったの……?”思いつつ、どうしようもない気だるさに意識が朦朧とする。自分の熱も高い様だ。
(……そう言えば……王都の手前で……龍と戦って……。何で私……自分の部屋に居るんだろう……。 あれから……どうなったんだっけ……)
朦朧とする中、ティアは王都に向かう途中に、龍と戦って死に掛けた事を、おぼろげに想い出すのだった。
いつも読んで頂き有難う御座います 次話は6/8(水)予定です。宜しくお願いします!